Il morta consegna panini. 死者がサンドイッチを届けに
カルロとレオナルドが、少年とペットの隼として堂々と帰ったその夜。
牢の前にいる見張りの修道士たちが、小さくざわめいた。
コツ、コツ、コツ、と品良く石の廊下を歩くヒールの靴音がする。
「ひっ……」という感じに小さく息を呑むような声も聞こえた。
靴音はマルガリータの牢の前まで来ると、静かに止まった。
「ソレッラ・マルガリータ……お知り合いですか」
修道士が声を震わせながら問う。
廊下の蝋燭の灯りをたよりにマルガリータは扉に歩みよった。格子戸から廊下を覗く。
黒いレースのヴェールをかぶり、青銅色の仮面をつけた女性が扉の前に立っていた。
手には大きなバスケットを持っているようだ。
「えと……モナ・アンジェリカ」
暗くてあまり自信はなかったが、マルガリータはそう呼びかけた。
女性が開けてくれという風に見張りの修道士の方を振り向く。
彼女が死体だということに修道士たちは気づいていないだろうが、葬儀のような黒いヴェールと仮面、無言で淡々と歩くさまが不気味さを覚えるのだろうか。
修道士がアンジェリカの仮面を横からまじまじと眺める。
「え、えと。彼女は顔に火傷を負って、それで仮面を」
マルガリータはそう説明した。
ああ……という風に修道士たちがうなずく。
腫れ物に触るようにアンジェリカの様子を伺いながら扉の鍵を開けた。
「アンジェリカ、ありがとう」
レオナルドが親友だとかいう余計な設定をつけてくれたんだったわと思い出し、マルガリータは嬉しく出迎える芝居をした。
もちろん、あの怪物の兄弟が住む屋敷で唯一のまともな感覚の人として、ありがたいと感じた人物ではあったが。
廊下の蝋燭から漏れる灯りのみの薄暗い牢の中。
アンジェリカはバスケットを置くと、床に座った。
バスケットにかけた布を取り、中からポットを取り出す。
そういえばどうやってものを見ているんだろうとマルガリータは思った。
よく見ると、仮面の目の位置についた穴から上下する短い睫毛が見える。
マルガリータの前にカップを置くと、アンジェリカは紅茶のようなものを注いだ。
「えと……ベッドに座ってくださってもよろしいですけど」
マルガリータはそう声をかけたが、アンジェリカは首を小さく横にふった。
なんとなくマルガリータも床に座る。
どうぞ、という風にアンジェリカがカップに手を添える。
「あ……ありがとう、アンジェリカ」
マルガリータは会釈をして紅茶を口にした。
アンジェリカがバスケットからサンドイッチやハムや果物を出す。
なんかピクニックみたいとマルガリータは思った。
「あの……差し入れですか」
修道士たちが牢の入口でそう訪ねる。
「えと……いちおう」
マルガリータが答えると、アンジェリカはコクリとうなずいた。
「それならそうと説明すれば」
「あの……彼女は火傷を負ったさいの恐怖で、口がきけなくなっておりまして」
マルガリータはそう言い訳をした。
アンジェリカが再びうなずく。
「成程」
修道士たちがそうと呟いて扉を閉める。
コツ、コツとかすかな靴音を立て、マルガリータの牢から遠ざかった。
おもむろにアンジェリカがバスケットの底をさぐる。
二重底になっているとマルガリータは気づいた。アンジェリカが一通の書きつけを取り出し、マルガリータに差し出す。
カルロからのようだ。
廊下から漏れる灯りを頼りにどうにか読む。
修道院長に頼まれた調べ物はほぼ終わったとのことと、マルガリータをここから助けるさいの方法、先に修道院長を救出するむねが書き記されている。
マルガリータは、昼間のカルロの言葉に引っかかりを覚えたことを思い出した。
彼らには、マルガリータも修道院長もここから力づくで助けることは可能なのだろう。
だが、そのあとのことは。
自身も修道院長も、怪物と契約した悪魔の修道女だと公表されるだろう。
兄たちもその身内として肩身の狭い思いをする上に、買収された異端審問官たちから改めて狙われるかもしれない。
それが一時的なこととはいえ、いちど異端のレッテルを貼られた修道院長が、また聖カテリーナ修道院で生活し、兄たちが元通りのルートで商売をすることは可能だろうか。
五十年前にファウストとカルロに助けてもらったという修道院長は、御家すらも捨てるつもりだったからそれでも良かったのかもしれない。
でも今の自分の周囲は、捨てさせちゃいけないものを持った人ばかりだ。
マルガリータは、ワンピースの胸元にかけたロザリオを手にした。
「モナ・アンジェリカ、ファウストとカルロに伝えて欲しいことがあるんだけど」




