Benvenuto nella villa dei mostri. 怪物の屋敷へようこそ i
見た夢は最悪だった。
見目麗しい高貴な男性たちが怪物に化けて、美人の屍を嗾けるのだ。
必死でロザリオを掲げるが、屍が運んで来た世にも美しく美味しそうなケーキに堕落させられてしまう。
ぱちっと目が開いた。マルガリータの視界に、一転して華やかな内装の天井が飛び込む。
寝台で寝ていたようだ。
夢を見ていたのだと気付く。
ゆっくりと手を伸ばし、自身の栗色の前髪を手櫛で鋤いた。
なぜ修道服のまま寝ているのかしらと眉を顰める。
身体に掛けられた毛織りの毛布は、修道院のものよりもふんわりとして高価そうだ。
それにしても豪華な天井。
朱色地に金で繊細な装飾が施されている。
中央から吊されたシャンデリアは、一体何本の蝋燭が立ててあるのか。
全ての蝋燭を灯せば、飾りの宝石に反射してそれはもう綺麗だろう。
修道院にこんな豪華な部屋があったかしらと考える。
客室だろうかと思ったが、質素にすべき修道院でここまでの部屋があった覚えはない。
腕を動かすと、傍らに人肌の温もりを感じた。
隣に誰か寝ているようだ。
同じ女子修道院の修道女に決まっているが、誰だろうか。体温はやや高めだ。
一緒に寝かせられていた理由は分からないが、この部屋のことは聞けるだろうか。
「あの、起きていらっしゃいますか」
天井を見上げたままマルガリータは尋ねてみた。
ややしてから、傍らの人物が「うー」と唸るような声を立てる。
「あの、お具合でも」
マルガリータは上体を起こした。
隣にいた人物は、猫のように丸くなりマルガリータに背中を向けていた。
大柄な人物のようだ。
こんな大柄な方、修道院にいたかしら。そう思いながら、二の腕に手をかけて軽く揺する。
「大丈夫ですか」
かなりな筋肉質だ。
マルガリータは無言で手を引いた。
何かがおかしいと感じて、背中側から相手の顔をそっと覗き見る。
その態勢のまま、無言で顔を顰めた。
男性だ。
大柄で筋肉質な体型に反して、顔立ちは幼く子供っぽい。
だが男性だ。
マルガリータはシーツの上を尻で滑るようにして離れた。
女子修道院に男性の侵入者。他には誰も居ないようだし、どうしたら良いのか。叩き出すにしても腕力では敵いそうにない。
「うー」
男性は小さく唸ると、こちらにごろんと寝返りを打った。金色にも黄土色にも見える大きめの目を開ける。
「うるさい」
男性が短くそう言う。
「な、何をなさっているんですか」
「寝てんだろうが」
男性はそう答え、またごろんと背中を向けた。
「こんな所で?」
「俺の寝床で俺が寝て何が悪い」
俺の寝床。
マルガリータは、僅かに視線を動かして広い室内を見回した。
「ここは女子修道院ですよ」
「寝惚けてんのか、お前」
「ああ、起きた?」
出入口の扉が開き、若い男性が入室した。
カップを二つ乗せたトレーを手にしている。コツコツコツと品の良い靴音を立てこちらに近づいた。
寝台からやや離れた位置にあるサイドテーブルにトレーを置く。
マルガリータの隣で寝ていた男性が、「カルロ」と呼びかけた。不機嫌そうに金色の短髪を掻いて起き上がる。
「起きちまった」
「ファウスト兄さんじゃないよ」
カルロは呆れたような表情をした。
「ああガリー、ヴェールはそっちに掛けておいたからね」
カルロがそう続けて部屋の一角を指差す。
「ガ、ガリー?」
「マルガリータの略称はガリーじゃなかったっけ?」
カルロが答える。
「なっ、なぜわたしの名前を!」
マルガリータは寝台の端に寄り、身を縮めた。
「さっき自分で大声で名乗ってたじゃないか」
「やっぱ阿呆だな、こいつ」
ファウストが機嫌悪く言う。不意に大きな手を伸ばすと、マルガリータのショートボブの栗毛を雑に掴んだ。
「いたっ! 痛い痛い、痛いぃぃ!」
顔ごと引っ張られながら、マルガリータは声を上げた。
「修道女のあの被り物の下って、禿じゃないんだな」
「やめなよ、兄さん」
カルロが嗜める。
「ミルク温めて持ってきたけど飲む? 落ち着くと思うよ」
「俺はこっちの方がいい」
ファウストが寝台から身を乗り出し、運ばれてきたカップを手に取る。
「カルロが勧める葉っぱの煎じ汁は飲む意味が分からん」
「お茶と言ってよ」
カルロが眉を寄せる。
「ミルクって……」
「近くの孤児院で赤ん坊のミルク用に山羊飼ってるんで、分けて貰ったんだけど」
「や……山羊の乳?!」
マルガリータは目を見開いた。
「牛の乳の方が良かった? 山羊のは匂いに癖があるからね」
「俺はどっちでもいい」
ファウストがミルクを啜る。
「兄さんはお腹下すまで飲むよね」
「や、山羊の乳を飲んだら山羊になるって本で読みました!」
マルガリータは困惑した。
「未開人」
ファウストがミルクを飲み干す。
「みか……」
「いつの時代の迷信だ」
そう言い、手の甲で口を拭う。
「カルロ、この煩いのさっさと追い出せ。昼寝も出来ねえ」
「もうすぐ夕方だよ」
カルロがガラス窓の外を見る。そのままマルガリータに視線を移した。
「やっぱり僕の寝台の方がゆっくり出来たかな」
「お前の寝台の方が昼間は使わんから良かったろ。何でこっちに持って来るんだ」
ファウストが眉間に皺を寄せる。
「僕は発情期ってのが無いから、修道院に何か言われたらガリーが釈明しにくいと思って」
「こんなん床に寝かせとけ」
そうファウストがぼやく。
「あの、少々伺いますが」
マルガリータは右手を上げ、二人の会話に割って入った。
「ここは、聖カテリーナ女子修道院ではないのですか?」
ファウストが目を眇めた。酷く不機嫌そうだ。責めるようにカルロを見上げる。
「ガリー、寝起きは悪い方?」
カルロが苦笑した。
「すみません。わたし混乱しておりまして。お二人にそっくりの怪物と、女性の死者に追われる夢を見たものですから」
ファウストとカルロは顔を見合わせた。