Suora che lava i piatti. 皿洗いする修道女
死体の使用人、アンジェリカを手伝ってマルガリータは皿洗いを引き受けた。
井戸から水をくみ、盥に水を張って怪物たちがカオスな朝食風景を展開した皿をザブザブと洗う。
屋敷奥の薄暗い厨房。
どうせやるなら完璧に磨いてやるわと皿を磨く手に力を込める。
「別にやらなくてもいいのに。アンジェリカだけで切り盛りできるんだよ、結構」
いつの間にか横にいたカルロが、盥の中の食器を覗き込む。
マルガリータは驚いて少し引いた。
「ただ居たら、あなたたちと暮らした他の女性たちと変わらないじゃない。わたしは誑かされてここに居る訳じゃないもの」
「律儀だね」
カルロが微笑する。
「というか、あなた厨房なんて入るの? 良家の人は絶対に入らないところなんだけど」
「まあ、人それぞれだと思うよ」
カルロが厨房内を見回す。
そういえば、良家の人間のふりしてる怪物だったったわとマルガリータは眉を寄せた。
「マリア・ロレイナなんて、ここで一緒にプロシュート作ったし」
「え……」
マルガリータは食器を洗う手を止めた。
「伯爵家のご令嬢が?」
「サルシッチャとかもね。ハーブを入れたのが兄さんに不評で、喧嘩になってたけど」
カルロが笑う。
「ファウスト兄さんも言ってただろ。かなり雑というかお転婆な子で」
修道院長が。マルガリータは困惑した。
落ち着いた知的な女性という印象を持っていたので、ピンとこない。
ゆっくりと皿洗いを再開する。
「お茶の淹れ方も下手だったんで、僕が教えた」
「へ……」
マルガリータは顔を上げカルロの顔を見た。
修道院長のお茶を淹れる手つきがカルロと似ているのは気づいていた。
カルロがその様子をじっと見ていたのも。
「あなたたちが修道院長を真似たんじゃ」
「ザバザバ注いで溢すような子だったから。教えたことを覚えていてくれたのがこの前分かって、僕も嬉しかったけどね」
カルロが微笑む。
ザバザバって。
かなりガサツな伯爵令嬢を想像してしまい、マルガリータは当惑した。
「政略結婚が嫌で家出したとき、当時バーニョ・ア・リポリに住んでた僕たちと出逢って転がりこんだ」
バーニョ・ア・リポリ。ここからほど近い農村だ。治安の良いとはいえない城壁の外に出るだけでも若い娘には勇気が要るのに。
「家出……ご令嬢が」
マルガリータは眉を顰めた。
「共も連れずにね。お転婆だろ?」
カルロがくすくすと笑う。
「ともかくガリーは、ここでお菓子でも食べて過ごしててくれていいよ。事が落ち着いたら聖カテリーナに戻ればいい」
カルロが掛けてあった布を手に取り、洗い終えた皿を拭き始める。
お皿拭いたりするんだ、とマルガリータは目を丸くした。
「僕は、ガリーには修道女向いてないと思うから、このまま辞めたらって思うけどね」
カルロが言う。余計なお世話よとマルガリータは思った。
「うちの兄さんたちは今どうしてるの?」
「他の死体の人に見張ってもらってる。今のところ特に何もないみたいだよ」
カルロがそう返す。皿を拭くキュッキュッという音が響く。
「……他の死体の人」
「アンジェリカを作った魔女に、他の死体の使用人を借りた」
カルロが答える。
兄さんたち、別の意味で大丈夫かしらとマルガリータは心配になった。
「ガリーみたいに気を失われても困るからね。なるべく生きてる人と変わらない人を選んでもらった」
カルロが肩を揺らして笑う。
「兄さんたちの様子を見に行っちゃだめかしら」
「あのねえ……」
カルロが顔を顰める。
「ミケーレ氏には僕が会って、ある程度の話はしたよ。解決するまでここにいてくれる?」
「でもわたしはパオロ司祭と顔見知りだし。司祭とも話し合ってみようと思うんだけど」
「言うんじゃないかと思ったけど、やめてくれ」
カルロが眉を寄せる。
「パオロ司祭は、わたしが子供の頃から尊敬してた方なの。まだ信じられないわ。なにかの間違いだと思う」
「騙されてたんだよ。認めたくないだろうけど」
諭すような口調でカルロが言う。
「なにか理由がおありだったんじゃないかと思うの」
「ガリー……どうなるところだったか自分で分かってる?」
カルロが溜め息を吐く。
手にしていた布を軽く二つ折りにすると、元のところに掛けた。
「ガリーの一途なところは好きだよ。でも信じすぎだ」
コツコツコツ、と靴音を立てて、カルロが厨房の出入口に歩み寄る。
「ここで安全に過ごしてて。いいね」




