Anche se lo torta è dolce. ケーキは甘いけれど ii
マルガリータは書き付けの数字を目で辿った。
「これ……兄さんたちは知ってるのかしら」
「知ってる」
カルロがそう答える。
「少なくとも長兄のミケーレ氏は知ってる。積み荷の注文主に問い質そうとしていた」
どこから見てたんだろうと、マルガリータはどうでも良いことを考えた。やはり隼に変化して上空からだろうか。
「わたしは商売のことは詳しくないし、兄さんたちが把握して注文主と話したのなら問題ないわ。早々に取り引きを断るなり告発するなりするでしょ」
「話し合いにはならなかったんだ」
カルロがそう答える。
「相手は気付かれた際のことも想定していたらしかった。問い質す前にミケーレ氏は弱みを突かれた」
「弱み?」
マルガリータは尋ねた。
真面目で実直な性格の長兄だ。弱みになるようなやらかしがあったとは思えない。
「なにをしたの、兄さん」
「ミケーレ氏のことじゃない」
カルロは答えた。
「ガリー、君のことで脅された」
マルガリータは目を丸くした。なんのことか分からない。
兄の弱みになる行動なんかした覚えは。
「怪物の屋敷と噂される所に乗り込んで、何やら怪しい者と接触したらしいと訴え出たら、異端審問所が動くのではと言われていた」
「……え?」
マルガリータは目を見開いた。
カルロが肩を竦める。
「……なぜ積み荷の注文主がわたしの行動なんて」
「相手は異端審問所にも顔が利く人だ」
そんな人がそう多い訳はない。教会に顔が利く貴族か大物の役人、それとも聖職者。
「ガリーを異端審問にかけることもできると暗に言われて、ミケーレ氏は問い質すことができなかった」
だがそれで、兄たちは密輸の片棒を担がされることになるということだろうか。
「これは僕のただの推測だけど、積み荷の注文主は、いざ罪が発覚した場合はミケーレ氏に擦り付けるつもりなんじゃないかな」
マルガリータは手元の書き付けをもう一度見た。
「誰よそれ。わたしの知ってる人?」
腹が立つと思った。
真面目に商売をやっている兄たちを。許せない。
「パオロ司祭だよ」
目を大きく見開き、マルガリータはカルロの顔を見た。
あまりに意外な人物の名を言われて言葉が出てこない。
尊敬する司祭。
父の代から実家の商売にいろいろと便宜を計ってくれた方で。
医学の知識を活かして、日々貧しい方たちを助けている方で。
「嘘よ。パオロ司祭はとても素晴らしい方で」
揶揄っているんだろうかと思った。それにしては質が悪い。
「司祭のお父上は医師だからね。何人かの医師とも交流がある。そのうちの一人の医師と結託して、薬の値を吊り上げている」
マルガリータはもう一度書き付けを見た。
「……だいたい、異端審問所に顔が利いたところで。野蛮な国の裁判所とは違うわ。でっち上げの訴えなんか起こしても有罪になんてできるもんですか」
「裁判所の人間に手を回されたとしたら? 拘留中は密室だ。ミケーレ氏はますます言いなりになるだろうね」
マルガリータは微かに鳥肌を立てた。
だが、そんなことが通るのだろうか。
「拘留の名目でわたしを人質にするかもしれないっていうこと? そんなこと神がお許しにならないわ」
「ガリー、信仰に水を射すようだけど、神が不正を正しに来たのなんて見たことあるかい?」
マルガリータは眉を顰めた。
確かに見た訳ではない。だがこう問われると、自身が仕える神を侮辱されたような気になる。
マルガリータはついカルロを睨みつけた。
「……いや」
カルロが口籠る。
「あんな高い天上からじゃ、間に合わないかもしれないよ」
背もたれに背を預け、カルロは続けた。
「ここに居ないかい? 僕たちが守ってあげるよ」




