pozzi di miele. 蜂蜜の井戸
「女子修道院の中まで行っといて」
珍しく起きていたファウストが、不機嫌な表情でテーブルに肘をつく。
何度か来たリビングは、相変わらず華やかな内装と柔らかな陽光の射す女性の好みそうな部屋だ。
「何でもっとボン、キュッ、ボンな修道女持ち帰らないの、お前」
「修道服って、体型が分かりにくいんだよねえ」
紅茶を注ぎながらカルロが笑う。
「こいつはどう見てもスルッ、スルルーッって感じだろうが」
テーブルに着いていたマルガリータをファウストは指差した。ムッとマルガリータは眉を寄せる。
「修道女をそういうふしだらな目で見るのやめて」
「ペタ胸さん、気にすることないよ。僕もスルルーな体型だけど気にしたことないよ」
カスタードクリームがこれでもかとかけられた酷く甘ったるそうなケーキに、さらに大量の蜂蜜をかけたものをレオナルドが頬張る。
カスタードクリームは料理用の甘くないものと砂糖を入れて甘くしたものとがあるが、レオナルドのものは過激なほど甘ったるくしたカスタードクリームだ。もはや香りで分かる。
本人はにこにことして満足そうだが、マルガリータですら口の中が蜂蜜漬けになった錯覚を起こし口元を歪めた。
自身も綺麗な飾りつけのケーキを出されたが、珍しくげんなりとして見てしまう。
「あーレオナルド、君のスルルーとガリーのは前提が違うから」
カルロがそう口を挟み、レオナルドのカップに飲み物を注ぐ。
レオナルドだけ違うポットを使っているところをみると、別の飲み物なのだろう。
注がれると、湯気とともに恐ろしいほど甘ったるそうな香りがした。
「兄さん、じゃあ次は一緒に女子修道院に行くかい?」
飲み物の滴を切りながらカルロが尋ねる。
「聖カテリーナはガリーがうるさいから別の所に」
「そだな。俺、発情期近いし」
ファウストが答える。
ひっ。
マルガリータは心の中で裏返った悲鳴を上げた。
「なな何てことを言うの! そんな目的のために女子修道院を狙うなんて悪魔にも劣るわ!」
「そんな架空の生物と比較されても」
カルロは今度は可愛い紅色のカップに紅茶を注ぎ始めた。
「レ……レオナルドは悪魔ではないの?」
「逆。レオナルドがたまたま悪魔の想像画のモデルにされちゃっただけ」
カルロがそう答える。
「どうぞ」
マルガリータの前に紅茶を注いだカップを置いた。
芳ばしい香りが漂う。
「ミルク入れる?」
カルロが問う。
「結構です。せっかくですけど帰ります。修道院長に外出の許可を取った訳ではないので長居はできないわ」
このリビングへもレオナルドの泣き落としで連れ込まれたのだ。
馴れ合っちゃ駄目。マルガリータは席を立った。
「マリア・ロレイナは留守だから、ゆっくりして行っても大丈夫じゃないかな」
カルロがポットを置く。
「なっ……」
マルガリータは後退った。
「なぜそんなことを知って!」
「お前っていちいちオーバーアクションなのな。疲れない?」
ファウストが口を挟む。
「体力が余ってるんじゃないかな」
カルロが席に着いた。
「修道女向いてないんじゃね?」
なに兄弟揃って同じこと言ってんの。マルガリータは眉を寄せた。
「マリア・ロレイナは用事でシエナに行ってるんでしょ。帰りは明日じゃないかな」
カルロが自身のカップを口にする。
「何であなたたちがそんなことを知っているの!」
「城壁から出て行くところを上から見てたし」
カルロが答える。
「なら今日は聖カテリーナでもいいな」
ファウストが上体を伸ばし欠伸をした。
「良くないわよ!」
マルガリータは声を上げた。
「そもそも敬虔なる修道女に、あなたたちの誘いに乗るような方はいません!」
「え、たまにいるよね」
怪物の兄弟は顔を見合せた。
「げ、幻術か何かにかけるのね……」
マルガリータは胸元のロザリオを手で探った。
「僕らのことどれだけ全能だと思ってるの」
カルロが呆れたように言う。
「ほんとこのペタ胸さん面白いね。二人が言った通り」
激甘にアレンジしたケーキを頬張りながら、レオナルドがはしゃぐ。蜂蜜とカスタードクリームがこれでもかとかけられたケーキは三皿目だ。
「面白いのだけが取り柄だ」
ファウストが応じる。
「何ですって」
マルガリータは睨んだ。
「時々、声がキンキンうるさいけどね」
もぐもぐと咀嚼しながらレオナルドが付け加える。
「俺はお前もうるさいけどな。来るたびにド甘な匂いがぷんぷんするから鼻が馬鹿になりそうだ」
「ぼくファウストのそういうとこ好き。ぼくたちってやっぱり気が合うよね」
噛み合わないことを言いながらレオナルドが蜂蜜のどろりと滴るケーキを頬張る。
「どこかの民話に蜂蜜の出る井戸ってあるでしょ。ぼく憧れの井戸なんだよねえ」
レオナルドがご機嫌でケーキを頬張る。ファウストが「おえっ」とえずいて口を押さえた。
「ガリー座ってくれる?」
紅茶を口にしながらカルロが言う。
「お茶のあと、ちょっと話がある。マリア・ロレイナには僕から言っておくから」
珍しく真面目な様子だ。マルガリータは目を丸くした。




