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怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Festa di tè 4 天使と拐われた子羊

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Angelo e agnello rapito. 天使と拐われた子羊 ii

 カルロが廊下に出る。

 何人かの修道女がカルロの姿に気付き「あら……」と呟いた。

「皆さま、違うんです。これは!」

 マルガリータは弁解しようとしたが、修道女たちは顔を紅潮させて聞いていない様子だ。

「あなたは先日のケーキの……」

 一人の修道女がカルロに話しかける。

「せ……先日は結構なものをいただきまして」

 別の修道女が構えていた(ほうき)を下ろした。

「あんな些細なもので皆さんをお慰めできるのであれば」

 カルロが良家の御曹司よろしく胸に手を当て一礼する。

 修道女たちが、ほぅっと惚けた息を吐いた。

 (たぶら)かしの手腕だけは大したものだわとマルガリータは顔をひきつらせた。

 修道女たちが、カルロに手を引かれるレオナルドに目を移す。

「……こちらの方は」

「申し訳ありません。弟がご迷惑をかけてしまったようで」

 カルロが微笑む。

「……弟君」

 修道女たちの間から「まあ」「あら」という声が上がる。

 レオナルドは天使のような笑顔を修道女たちに向けた。

 修道女たちが顔を(ほころ)ばせる。

 絶対二人で組んで悪さしたことあるでしょ。マルガリータは内心で突っ込んだ。

「ここには神にお仕えする敬虔な女性たちが暮らしているんだよと教えたら、弟がどうしてもお話ししたいと無断で入り込んでしまって」

 カルロが苦笑する。

「ま……そんな」

 修道女たちは頬に手を当てた。

「こちらのソレッラ・マルガリータが弟に声をかけ、自室で信仰の道について説いてくださっていたそうで」

 カルロがマルガリータを指し示す。突然名指しで呼ばれ、マルガリータは目を丸くした。

「まあ……ソレッラ・マルガリータが」

 良家の出身でお人好し揃いの修道女たちは、すっかり話を信じマルガリータに感心した笑みを向けた。

「立派なことをなさったのね、ソレッラ・マルガリータ」

「神もきっとお喜びでしてよ」

「え……いえ、あの」

 マルガリータは戸惑った。

「レオナルド、今日は良い話が聞けたね」

 カルロが身体を屈ませレオナルドに話しかける。

「うん、兄上。僕、神に感謝します」

 レオナルドが天使のような笑顔で答える。

 何が兄上。レオナルドの方が歳上とか言ってませんでしたっけ。マルガリータは眉根を寄せた。

 何も知らない修道女たちの目には、天使のような弟君と、弟想いの優しく見目麗しい御曹司の美しい遣り取りに映っているのだろう。

 この手慣れたコンビプレー。絶対しょっちゅうやってるんだわとマルガリータは思った。

「皆さんにご挨拶しなさい」

 カルロがレオナルドの背を軽く押し、修道女たちの方を向かせる。

「勝手に入っちゃって、ごめんね」

「いいえぇぇ、そんな。気になさらないで」

 年長の修道女が首を振る。他の修道女たちも「ええ、ええ」と頷いた。

「可愛らしくて利発そうな弟君ですわね」

 一人の修道女が目元を綻ばせる。

 男性であるカルロが私室にいたことについて上手く誤魔化してくれたのは分かる。分かるが、余計な小芝居はなんなのとマルガリータは思った。

 絶対面白がってるでしょと思う。

「ところで、大変厚かましいお願いなのですが」

 カルロがそう切り出す。

「僕たち、この辺りの道には不案内なもので。ソレッラ・マルガリータを道案内にお借りできたらと」

 修道女たちが一斉にマルガリータを見る。次にそれぞれに顔を見合せた。

「貴族のお屋敷がある界隈は、少々先の方ですものね」

「そうですわよね。お小さい弟君もいらっしゃるのに、迷ったら大変ですわ」

 「どうぞ」と修道女たちが口々に言う。

 どうぞじゃありません、皆さま。マルガリータは内心で(なじ)った。

 怪物(モストロ)の口車に乗せられて、信仰厚い修道女をあっさり生贄に差し出すなんて。

「お願いします。ソレッラ・マルガリータ」

 カルロが優雅な仕草でこちらに手を差し出す。

 マルガリータは眉間にきつく皺を寄せた。

 ケーキの処理と暇潰しのオモチャとして連れ出す気だと察する。

 差し出された手を無言で睨む。

 カルロがふっと鼻で笑った。

「何か気に障ることでも。ソレッラ・マルガリータ」

 そう言い、わざとらしく目を伏せる。

「……そうですよね。信仰に費やす時間を奪う権利は、僕たちには無い。無理は言いません」

 しれっと気立ての好い御曹司を演じる。

 修道女の何人かが、マルガリータの表情を伺うように見た。悪者にされているかのような心地の悪さを感じる。

「兄上、ソレッラ・マルガリータは来てくれないの? 僕のことが嫌いなの?」

 レオナルドが目を潤ませる。

「そんなことないよ、レオナルド。ご都合がおありなんだよ」

 カルロがレオナルドの金髪を撫でる。

 修道女たちがおろおろとマルガリータの顔を見た。

「い、いえ皆さま、この人たちは」

 怪物(モストロ)で、牡山羊(おすやぎ)の正体はこのレオナルドで、いざとなったら飛ぶなり四つ足で走るなりして勝手に帰れる人たちで。

「ソレッラ・マルガリータ、都合がお悪いのなら、わたくしが代わりに。お屋敷のある界隈はよく知っておりますので」

 修道女の一人がそう提案する。

「わたくしも大丈夫でしてよ」

「わたくしも」

 他の修道女もそう申し出る。

「え……いえ、皆さま」

 マルガリータは慌てた。こんな清らかなソレッラたちを、むざむざ怪物の餌として引き渡して良いはずがない。

「い……いえ皆さま!」

 マルガリータは声を上げた。

「ご心配には及びません。わたくしが案内して参ります!」

 マルガリータはカルロをこっそりと睨み付けた。

 カルロが「してやったり」という表情をする。

「わたくしがっ、さっさとご案内して、さっさと、帰って参りますっ」

「ソレッラ・マルガリータ、高貴な方々なのですから粗相(そそう)のないように」

 年長の修道女がそう声をかける。

「分かってます。皆さま、心配なさらないで」

「わぁい」

 レオナルドが腕にしがみつく。

「ソレッラ・マルガリータが一緒なら安心だね、兄上」

「そうだね。きちんとお礼を言うんだよ、レオナルド」

 カルロの白々しい言葉にマルガリータは頬をひきつらせた。

「お気を付けて。ソレッラ・マルガリータ」

 年長の修道女がにこやかに告げる。

 この方々には、品の良い御曹司や天使のような少年のふりをして修道女を騙す者たちが身近に存在するなんて想像もつかないのだろう。

「本当に申し訳ありません、ソレッラ・マルガリータ」

 いけしゃあしゃあとそう言うカルロと無邪気なふりをするレオナルドに伴われ、マルガリータは女子修道院の正門を出た。

 何人もの修道女が見送る中、女子修道院から修道女が堂々と怪物に連れ出される。

 悪魔より(たち)が悪いとマルガリータは思った。





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