表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Festa di tè 3 隼の瞳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/54

Gli occhi di falco pellegrino. 隼の瞳

 先程まで少し晴れ間が覗いていたが、昼を過ぎた今は太陽は薄い雲で遮られている。

 雨が来るかなと思いながら、カルロは(はやぶさ)の姿で聖十字架教会の庭木に降り立った。

 教会の応接室の窓を覗く。

 客人と思われる二十代後半ほどの男性が、ソファに座っている。

 出された紅茶には特に手をつけず、姿勢よく座っている様子は良家の誠実そうな人物という感じだ。

 ミケーレ・ディ・ジョヴァンニ。先年、生家の商売を継いだマルガリータの長兄だ。

 不意に顔を上げ、マルガリータと同じ(はしばみ)色の目をこちらに向ける。

 隼の姿のカルロに目を止めたが、すぐに扉の方に目線を移した。

「待たせましたね、すみません」

 扉を開閉する音とともに(しわが)れた声がする。

 パオロ司祭だ。

 カルロは耳を澄ませた。

「いえ……」

 そうミケーレが返す。

「司祭様には、日頃から何かと便宜を図っていただきまして」

 挨拶をしたところで、ミケーレは複雑な顔をした。

「今日はお話がありまして……」

 やや間を置いてから、ミケーレは戸惑っているように目を左右に泳がせた。

「……司祭様は確か医師の家のお生まれでしたか」

 いきなりの直球は避けたかとカルロは推測した。

「父が子爵家の三男でね。跡継ぎには到底なれないので、早々に留学して」

 紅茶を注ぎつつパオロ神父が答える。

「ご自身は医学を学んだことなどは」

「少々なら父に。その知識で僭越ながら貧しい方々の体調の相談に乗ることなどありますが」

 ええ、と頷いてミケーレは苦笑した。そんなのはとうに知っていることなのだろう。

 言いにくい話を切り出せずに困っている感じだ。

 妹のあの後先考えず突っ走る性格を少し分けてもらえばいいのにとカルロは含み笑いをした。

「ご尊父とは……仲がよろしいのですか」

 そうミケーレが尋ねる。

「わたしは次男なので、さほど相手にはされませんでしたが」

「……そうですか。うちは父と兄弟姉妹は仲が良くて、末の妹などは」

 ミケーレはややして意を決したように口調を変えた。

「司祭様、うちで扱っている司祭様の注文の品についてですが」

「末の妹さんとはソレッラ・マルガリータですね。先日もここにいらっしゃいました」

 ミケーレは顔を上げた。

「修道院の用事か何かで?」

「いえ。個人的に相談したいことがあると」

 ミケーレは眉を寄せた。

「仕方のない奴だな。修道院に入っておきながら、あちこち好きにちょろちょろと」

「五十年前にモリナーリ家の令嬢を食らった怪物(モストロ)を退治して神に貢献したいのだと仰って」

「五十年前の怪物……」

 ミケーレは呟いた。

「聞いたことはありますが、何かの話に尾ひれが付いただけのものでは」

 そう言い、は、と笑う。

「思い込みの激しい妹で。修道院の方々にもご迷惑をかけていなければ良いのですが」

「わたしも怪物などただの噂で、モリナーリ家の別邸は今は無人だと思っていたのですが」

 司祭が言う。ところがですね、と続けた。

「妹さんはあの屋敷で、本当に何者かと接触したらしい」

 ミケーレが眉を(ひそ)める。

「彼女の話では、複数の男性であったようです」

「路上生活者がたまたま入り込んでいたのでは?」

 ミケーレの言葉に、「さて」とパオロ司祭は返した。

「神を疑う考えが台頭している一方で、異端審問院や教会の権威はいまだ健在です」

 パオロ司祭が声を潜める。

「この話が異端審問院に伝われば、妹さんはどうと判断されるでしょうね。怪物と接触しながら、無事に返された修道女。疑われたら厄介ですな」

 ミケーレが目を見開く。

「ドイツや北フランスの魔女狩りとやらほど酷いことにはならないでしょうが、異端審問にかけられれば不名誉ではある」

 パオロ司祭はテーブルの上で手を組んだ。

「ご商売にも関わるのでは」

 ミケーレの頬が強張る。

 脅しだろうかとカルロは思った。

 パオロ司祭には、医師と手を組んで薬の値を吊り上げ利益を得ている疑いがあった。

 規定された以上の薬を運ばせている船が、マルガリータの実家の船らしい。

 出来る限り人間の社会に関与しないつもりでいたが、今回は知り合いの魔女に相談され調べていた。

「それで、何のお話でしたか」

 パオロ司祭が静かに問う。

「いえ……」

 ミケーレは目線を泳がせた。

「紅茶をどうぞ。冷めてしまいます」

 パオロ司祭が手を差し出す。湯気の小さくなった紅茶を、ミケーレは見詰めていた。

「そちらの商会には先代のお父様の頃からお世話になっている。滅多なことは致しませんよ」

 パオロ司祭が口の前で人差し指を立てる。

 ミケーレは無言で唇を噛んだ。

「……お時間を取らせて申し訳ありませんでした。出直します」

 ミケーレが外套を手に慌ただしく席を立つ。

「お気をつけて」

 司祭が続けて席を立ち、応接室の出入り口に向かう。扉を開け、ミケーレを廊下に促した。

 小雨が降り始める。

 カルロは首をククッと後ろに向け、海の方角を見た。だいぶ距離はあるが、今日中に行けるだろうか。

 おもむろに羽ばたき、飛び立った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ