Battaglia del Rosario. ロザリオの攻防 ii
リビングは、初めて来たときと変わらず大きなガラス窓から柔らかな光が射し込んでいる。
扉の色に合わせた深紅色の絨毯と、白い猫脚のテーブル。テーブルの上に置かれた優雅なお茶のセット。
相変わらずお屋敷は素敵だと見惚れてしまったマルガリータだが、いえ違う、と思い直してカルロを睨み付けた。
「それでロザリオはどこに?」
「ちゃんとあるから、お茶でも飲んで行かない?」
カルロは微笑してテーブルの上のポットを手に取った。
「結構です」
きっぱりとマルガリータは返した。
「またクリームたっぷりの甘ったるそうなケーキをいただいてしまって」
マルガリータは思わず唾を飲んだ。
「食べて行かない?」
カルロの誘いに、ううっと心の中で呻き声を上げる。
女子修道院に差し入れられたケーキは、全員で分けるとだいぶ小さくなってしまったが、想像していたよりもずっと甘くて美味しかった。
食べたい。食べたいけど。
「なぜそう毎回毎回おふたりが食べもしないケーキがあるの? 女性を誑かすためにわざと常備しているんじゃないでしょうね」
「言わなかった? 古い友人のレオナルドが持って来るんだよ」
カルロがそう返す。
「僕ら甘いものはそんなに好きじゃないから、ちょっと困るんだよねえ」
「そのシニョーレ・レオナルドに迷惑だとはっきり言ったらいいじゃない」
「何となく言いにくいんだよねえ」
カルロが米噛みに手を当てる。
「何ならガリー、今度直接言ってくれる?」
リビングの一角にある扉がノックされる。顔を出した仮面の女性使用人に、カルロは「ケーキを」と告げた。
「ご馳走になる気はありません。用が済んだらすぐに帰ります」
マルガリータは語気を強めた。
「ペタ胸、やっと来やがったか」
廊下に続く扉が開く。欠伸をしながらファウストが入室した。
「おはよう兄さん」
カルロがファウストの方を振り向く。
「ガリーは兄さんが起きてる時に遭遇する率高いね」
「こんな糞ガキが家ん中で煩くしてたら、昼寝もしてられねえ」
ファウストが金色の短髪を掻く。
「うるさくなんかしてません」
マルガリータは、ファウストの寝惚け顔をキッと睨んだ。
「存在自体が煩いんだ、お前」
ファウストが素っ気なく言う。
マルガリータは言葉を返そうとした。口を開きかけたと同時に、ファウストが顔の前にロザリオを差し出し振り子のように揺らす。
「このガラクタさっさと持ち帰れ。いつまで人ん家に置いとく気だ」
「え」
マルガリータはロザリオの玉鎖の部分を目で辿った。
大きくがっしりとしたファウストの手に、二、三重に巻かれている。
「も……持ってる?」
「はあ?」
ファウストは不機嫌そうに目を眇めた。
「神聖なので触れられないんじゃ……」
マルガリータはカルロの方を見た。
「あーあ。兄さん」
カルロがくすくすと笑う。
「だ、騙したの?!」
マルガリータは声を上げた。
「は? お前、こんなの騙してまで家に入れたい?」
ファウストがマルガリータを指して顔を歪める。
「修道女を騙して屋敷に連れ込むなんて! 何を企んでいるの!」
「だってレオナルドの持って来るケーキの始末にちょうどいいじゃないか」
カルロが肩を揺らして笑う。
「それは言えるな。与えたそばから二、三個ぺろっと食べそうだ」
ファウストが眠たそうに頭を掻いた。
「人を大食いの犬みたいに言わないで!」
「まあいいや。もう一回寝る」
ファウストはマルガリータの胸元にロザリオを放り投げると、踵を返した。
「え、え? 今起きてきたばかりじゃ……」
「まあ、兄さんは発情期以外はこんな感じ」
カルロが微笑する。
「しょうがないな。ケーキはまた女子修道院に……」
「そういう口実で修道女を誑かしに来るのはやめて!」
マルガリータは大声で咎めた。
「なにお前、女子修道院に行ったの?」
廊下に続く扉を開けファウストが振り向く。
「何で俺を誘わないの」
「寝てたからじゃないか」
カルロが呆れたような顔をする。
「ケーキが傷むともったいないから差し入れしただけなんだけど、ガリーが何か誤解してるらしくて」
ファウストが塵でも見るような目付きでマルガリータを見る。
「誤解だけで生きてんだろ、お前」
どういう意味。
マルガリータは目を丸くした。




