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怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Prologo 怪物の屋敷へようこそ

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Preparazione Festa del tè. お茶会の準備 i

 マルガリータはふかく息を吸った。

 城壁のすぐそばという、貴族の邸宅としてはほぼ有り得ない場所に建つ屋敷。


 名門貴族モリナーリ家の当主が、五十年前に建てたという別邸だ。

 一人娘のわがままを聞き建てたというだけあって、場所はともかく女性の好みそうな華やかな外観。


 その屋敷の玄関前にいる。


 いまここには、主のモリナーリ家令嬢はいない。

 代わりに住むのは、五十年前に彼女を(さら)い食ってしまったという怪物(モストロ)たちだ。

 マルガリータは修道服の胸に手をあて、早鐘を打つ心臓を落ち着かせた。

 先日、十六歳になった。

 黒いヴェールは見習いのものから変わったばかり。

 手にしたロザリオは、玉鎖の付いた可愛らしいデザインだ。修道院に入る際、一番上の兄がプレゼントしてくれた。

 大丈夫。神が付いているわ。

 ロザリオを握りしめる。

 風がざわざわと屋敷周辺の糸杉を揺らす。

 「帰れ」と脅す怪物達の尖兵にも思え、マルガリータはさらに強くロザリオを握りしめた。

 修道女として生きようと決めたとき、この屋敷の怪物を退治しようと決意した。

 巨大な虎のようだとも、恐ろしく早く飛ぶ(はやぶさ)のようだとも聞いている。

 死者を使役して人間を襲わせるとも、漆黒の山羊として現れ若い娘を(たぶら)かすとも聞いた。


 まさに悪魔。


 私が退治する。

 豪華なステンドグラスの付いた玄関扉に、(はしばみ)色の大きな目をした自身の顔が映る。 

 マルガリータは意を決して一気に扉を開け、中に向けてロザリオを(かざ)した。

「怪物め! 聖カテリーナ女子修道院修道女、マルガリータ・ディ・ジョヴァンニが神の名においてお前達を退治するわ!」

 だが。

 贅沢な装飾の施された玄関ホールには、誰もいなかった。

「あ……ら?」

 拍子抜けして立ち尽くす。

 罠。その言葉が浮かんだ。

 考えてみれば、なぜ鍵が開いていたのか。

 マルガリータは辺りを見回した。

 広々とした玄関ホール。

 設えられたいくつかの燭台は、銀製だ。

 正面に飾られた女神像や絵画は、裕福な貴族が所蔵するものにも匹敵するような素晴らしさ。

 奥の階段の手摺(てすり)には植物を模した優美な装飾が施され、段板には上質そうな絨毯(じゅうたん)が敷かれている。

 豪華な内装に、マルガリータはしばらく見惚れた。

 い、いえいえと思い直し我に返る。

「わたしを(たぶら)かす罠ね。面白いわ」

 聖水の瓶をポケットから取り出し、辺りにぴちゃっと撒く。

 怪物がどんな手で来ようが、わたしには神と、子供の頃から尊敬する神父様と、気をつけてねと送り出してくれた修道院長がついている。

 迎え撃ってあげるわ。

 ホール脇の廊下に進む。

 自身の生家も、庶民とはいえそこそこの商家だ。同じような間取りの屋敷で育った。こういった屋敷の構造がだいたい同じなのは知っている。

 こちらはリビングかしらと見当を付け、廊下の一角を伺う。

 不意に陶器が軽くぶつかり合うような音が聞こえた。

「ひ……っ」

 修道服の胸元を押さえる。

 引き返せば良かった、この音に気付く前に。そう思ってしまう。

 い、いえ。

 わたしは神に後押しされて来たのよ。マルガリータは両手でロザリオを握り締めた。

 廊下の先にある深紅色の扉の向こうから聞こえたようだ。

 そっと近づき扉に耳を当てる。また陶器のぶつかり合う音がした。

 話し声と、何かを噛み砕く音。

 怪物の集会。

 血の気が引いた。ロザリオを持つ手まで冷たくなっているのが分かる。

 か、帰ろうか。

 マルガリータは元来た廊下をちらりと見た。

 いえ。きっと駄目。

 相手は怪物だ。玄関口ですでに待ち伏せているかもしれない。

 マルガリータは覚悟を決めた。 

 小振りの手に玉鎖の跡がつくほどロザリオを強く握り締める。

 深紅色の大きな扉。天使のレリーフが施された上部をキッと見据えた。

 扉に体当たりするようにして一気に開ける。


「覚悟なさい怪物! 聖カテリーナ女子修道院修道女、マルガリータ・ディ・ジョヴァンニが神の名においてあなた達を退治しに来たわ!」


 マルガリータは、ロザリオを高々と掲げた。

「え?」

 間の抜けた男性の声がした。甘い感じのテノールだ。

 大きな窓から射し込んだ柔らかな陽光が、深紅色を基調とした部屋を優しく照らすリビング。

 身形(みなり)の良い青年が、白い猫脚テーブルのそばでティーポットを手にこちらを振り向いた。

 焦茶色の髪を襟足だけ少し長めにした、細身で柔和な印象の美青年だ。

「……え?」

 マルガリータも呼応するように声を上げる。

 テーブルに(ひじ)を付き座る金髪の男性が、面倒臭そうに横目で見た。

 こちらは逞しい武人のような体型だが、顔立ちが少し子供っぽいので大柄な猫を連想する。

 ロザリオを掲げたままの格好で、マルガリータは目線だけを左右に動かした。

 春の陽が柔らかく射し込む美しいリビング。

 これから優雅にお茶会を始めようとしていたと思われる二人の男性は、それぞれの表情でマルガリータを見詰めた。





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