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好奇心は〇を殺す

作者: 和銅修一

 目の前にある原稿用紙はたった一行が書かれた状態で何日も放置されている。

 これは由々しき事態だ。締め切りが過ぎているというのは僕にとってどうでも良いことではあるが、この次が書けないというのは非常にまずい。

 どうしたものかと頭を悩ませているとそれ以上に僕を悩ませる存在がズカズカと無遠慮に仕事部屋へとやって来た。

「先生! 締め切りからもう三日も経ちましたけど進歩の方はどうですか?」

 モデルのようなスタイルで女に興味のない僕でもこいつは美人の類に入るであろうと思うような容姿。

 整った顔に、大きな瞳。透き通るような白い肌。

栗色の前髪は最近の流行りなのか熊手のような形をしている。

 今時の女を絵に描いたようなこいつが僕の担当であるというのは信じ難い事実だ。

「どうも何も見ての通りだ」

「あらら真っ白ですね。締め切りを守らないのは今日に始まったことじゃないですけど今回はどうしたんですか? スランプってやつですか?」

「僕が? スランプ? それは僕とは無縁の言葉だよ。一年間僕の担当をしてきた君ならそれを理解してくれていると思ってたんだが?」

「ならどうして原稿進んでないんですか? もしかしてこの前のことまだ怒ってます?」

「怒ってないよ。僕ほど温厚な小説家はいないからね。問題はそこじゃないんだよ。一行目を見てくれ」

「これは……タイトルですね。『好奇心は◯を殺す』?」

「ああ、そうだ。聞いたことくらいはあるだろ? この◯の中には何が入るかわかるか?」

「さぁ〜ぱりです」

 気持ち良いくらいにキッパリと答えてくれる。彼女のこういうところは嫌いではない。

「それでも君は僕の担当なのか? このくらいも知らないなんて、編集者っていうのは誰にでもなれるものかと勘違いしてしまうぞ」

「酷いですね〜。そういう先生はどうなんですか?」

「だから困って君に聞いているんじゃないか」

「じゃあ先生も知らないんですね」

「知らないんじゃない。忘れてしまったんだ。そこは天と地の差があるから勘違いしないでくれよ」

「はあ……それじゃあスマホで調べちゃえばいいじゃないですか」

 僕はその発言に苛立ちを感じた。

「それはいまだにスマホを持っていない僕への当てつけかい?」

「いえいえ、決してそんなことはないですよ。でも先生がスマホを持ってたらこうしてわざわざ足を運ばなくても原稿の進行具合が把握できて私としてはとても助かるな~と思うんですけど」

「やっぱり当てつけじゃないか。前にも言ったけど便利というのは人を退化させる。スマホが顕著な例だ。今君はわからないからスマホで調べようとしたけどそれで得た知識は決して身につかないと断言できる。またスマホで同じことを調べるという未来が僕には見える」

「はいはい。もうわかりました。でもそれならどうするんですか? このままだと原稿が進まないってことですよね。私、編集長から原稿貰えるまで帰ってくるなって言われてるんですよ~」

 元極道ではないかと噂されているあの編集長なら言ってもおかしくはないが、そんなこと僕にとっては関係ない。僕が今何よりも優先するべきは思い出すことだ。

「忘れたのは昨日のことだ。その時と同じことをすれば思い出すきっかけになるんじゃないかと考えていたんだがここに君が来る気がしたから待ってたんだ。君のような人でも僕では気づけないことに気づくかもしれないからな。さあ、行くぞ」

「もしかして今からですか? 私、ここまで徒歩で来たので足が痛いんですよ~」

「君も早く帰りたいだろ? あの編集長は冗談とか通じないし、女だからって容赦はしないぞ」

「ん~、それは私もわかってますけど~。これって編集者の仕事なんですか?」

「ごちゃごちゃ言うんじゃないよ。早くしないと日が暮れてしまうぞ。言っておくが泊めてやる気はないからな」

「は~、わかりました。行きます。行けばいいでしょ」

 それには何が入っているんだと心配になるような小さなカバンを持ち上げた彼女と仕事場を後にする。

「それで先生、昨日は何してたんですか?」

「散歩だよ。引きこもってばかりだと気が滅入ってしまうからね。特にこれといった散歩コースを決めているわけじゃないけど昨日のことだ。どこの道を通り、何をしていたかはハッキリと覚えているとも」

 その記憶を頼りに街を歩く。

 隣が誰かいる散歩というのは新鮮だが相手がこの女ということもあってかテンションはまるで上がらない。

 しばらく歩いて山の方へと続く石階段が目に止まった。

「ここだ。僕は神社に行ったんだ。ちょっとした取材のためにね」

「取材ですか?」

「ああ、次回作のヒロインを巫女さんにしようと思ってね。とはいえ実際に見たことがないからこの目で確かめようと思ったんだ。ネットで見るのと実際にこの目で見るのだと全然違うからね」

 二人で石階段をゆっくりとのぼっていく。

 ここを通る人は少ないのか手入れがされておらず、雑草が生え放題となってしまっている。

 両者体力がないので足取りは重く、思ったよりも長い階段に苦戦し少し開けた場所で休憩をしようと立ち止まったところで小さな祠があることに気づく。

「これ……こんなところに祠あったんだな。ちっとも知らなかったよ」

「祠……ですか。ここにも何か祀られてるってことですか?」

「いや、もしかしたら何かを封印しているのかもな」

「何かって……なんですか?」

「そんなの僕が知るわけないだろ。でも、気になるな」

 僕は一度気になったらそれを突き止めるまで止まれない、止まらない。

 好奇心が強いのだ。そのせいでこれまで幾度となく痛い目を見ているのだがこれはどうしてもなおらない。

 そっと祠に手を差し伸ばしたところで上の方から視線を感じた。

 視線を感じた方を見るとそこには狐のお面をした少女が立っていた。その少女は巫女服を見に纏っているせいか目を奪われてその場で立ち尽くしてしまった。

 だから僕は来た道からやって来た二人の少年に声をかけられるまで気づけなかった。

「あーー、この前のボールおじさんだ!」

 兄弟だろうか?

 片方はサッカーボールを大事そうに抱えており、小さい方はその背中からこちらを覗いている。

「先生、この子たちと知り合いですか?」

「二十代後半の男性をおじさんと呼ぶような無礼者のガキと僕が知り合いなわけないだろ」

「でも昨日ボールくれたじゃん。お母さんに今度会ったらお礼言いなさいって言われたから探してたんだよ」

「ああ、そうかい。それならお母さんにちゃんとお礼は言えたと伝えといてくれ」

 こんな子どもの相手をしている暇はないので適当にあしらって家へと帰らせた。

「先生って子ども好きなんですか? ボールをプレゼントするだなんて」

「別に。嫌いではないけど、好きでもないね。ボールはなんか成り行きであげることになったんだよ」

「成り行き……ですか?」

「そうだ。僕は巫女を見るついでにドラマか何かで見た蹴鞠をしてみたくなってね。特にそれ関係の作品を書く予定はないけどついでだと思って神社でやってみようと思ったんだ。とはいえ当然だけど蹴鞠用のボールなんて持っていなかったからサッカーボールで代用しようと袋に入れて持っていった……」

 そう、そしてその後だ。

 何故、僕はサッカーボールをあのガキにあげてそしてその袋はどうしたんだ? 渡したのはボールだけのはず。もし袋ごと渡しているのならあのガキが使っているはず。

 そうでないということは、つまり袋はーー。

「帰るぞ」

「えぇ? でもまだ神社に行ってないですよ」

「行かなくて良いんだよ。だって昨日の僕も神社に行ってないんだからな」

 ここだ。この祠だ。

 僕がこうして悩まされているのはここで何かがあったからだ。まだその何かを思い出せないけどそれは家にあるであろう袋を見つけることができれば自然と思い出すはず。

 急いで戻り、棚という棚を開ける。

 仕事道具以外は適当に収納しているせいで袋がどこにあるのかわからないのでしらみ潰しだ。とはいえ二人ということもあって見つけるのにそう時間はかからなかった。

「これだ」

 黒い生地にメーカーのマークがプリントされたとてもシンプルな袋だ。本来ここにボールが入っていた。それは既にあのガキたちに渡してしまっているのでこの中には何も入っていないはずだが膨らんでいるのが見てわかる。

 持ち上げてみるとガチャリと何か硬い音がした。

 中を開けてみるとそこにはバラバラになった何かがあるのを確認できた。とりあえず、机の上に並べてみる。

「それは何ですか?」

「僕が知りたいよ。けどこれが元々何処にあったのかは覚えてる」

「もしかしてあの祠ですか?」

「君にしては話が早くて助かるよ。周知の沙汰かもしれないけど僕は好奇心が強い方でな。気になったら確かめずにはいられないんだ。あの祠を見た時も何のための祠なのかと中を開けて覗いてしまったんだよ。そこで見つけたのがこれだ」

「最初からこんな風になってたんですか?」

「まさか、もしそうだったら僕は知らんぷりをするよ。どうして他人のケツを拭いてるやらなくちゃいけないんだ」

「ということは先生がやったんですね」

 信じられないと言いたそうに冷ややかな目でこちらを見る担当編集。

 でも僕はここで弁解するのではなく、ありのままを話す。

「ああそうだ。でもわざとではない。その証拠としてたまたま通りすがったあのガキどもに泣く泣くボールをあげ、修復するために袋に持ち帰ったんだからな」

「でも直してないなら意味ないじゃないですか」

「だから忘れていたんだよ。でもどうにか思い出せた。悪いけど接着剤を持ってきてくれないか?」

「え〜、もしかしてくっ付けて直す気ですか?」

「そうするしかないだろ。君、どうせパズルとか苦手だろ」

「まあ、苦手ですけど〜」

「なら接着剤を持ってきて大人しくしてくれ。あとは僕がやる。これは僕の問題だからね」

 壊れてしまった陶器のようなそれをまるでジグソーパズルのように組み立ていき、あと一欠片で完成するだろうというところで手が止まる。

 全体的に黒く、鋭い琥珀色の瞳。鼻のあたりから髭が数本伸びており、耳と尻尾まである。

 この生き物を僕は知っている。

「これは……何でしたっけ? 絶対に見たことがあるのに思い出せない……。先生、完成させちゃってください。そうしたら思い出すかもしれません」

「そうしたいのは山々だけど、ないんだよ。恐らくあと一欠片なんだろうけどそれが見つからないんだ。回収、し忘れたんだろうな。あの時は焦っていたから」

「どうする気ですか? 今から探したら日が暮れちゃいますよ。明日にしますか? 私なら近くのホテルにでも泊まりますので」

「いや、それだと間に合わない。わからないのか? 僕は、僕たちは徐々に忘れてしまっているんだ。現にこれが何かもわからない。ここまで完成しているのに。完成しても多分わからないだろうな。始まりは僕がこれを壊したところからだ。神の類か、妖怪の類かは知らないがバチが当たったんだろう」

「じゃあ、もし直せなかったらもっと色々忘れてバカになっちゃうってことですか? でも私は関係ないですよ」

「その辺は僕に言われてもな。とにかく、僕はこいつを持って祠まで行く。壊したのは僕だから直して元の場所に戻すのは僕が良いだろうからな。君には最後の一欠片の捜索を頼むよ」

「で、でも見つかりますかね?」

 彼女が不安に思うのも無理はない。

 欠片は手のひらよりも小さな物だ。それを何の手掛かりもなしに見つけ出すというのは至難の業。彼女でなくともそう思うだろう。

「君、言霊って知っているか?」

「えーと、言葉に魂が宿る的な感じのやつですか?」

「まあ、そんな感じだ。精神論に近いものもあるが見つからないと思って探していたら見つかるものも見つからない。だから絶対に見つかると口にするんだ」

 半信半疑のようだがこれまでの付き合いもあってか僕の指示に従い、言葉を口にする。

「絶対に見つかる」

「そうだ。絶対に見つかる。それじゃあ、僕は先に言って待っているから頼んだぞ」

 祠へと寄り道せずに向かう。

 修復に時間をかけ過ぎたせいかもう太陽が沈みかけている。もうあと数時間程度で夜となり、欠片を捜索することは困難になることだろう。それまでに終わらせなくては。

 先に祠を開けていつでも置けるように準備したところ「にゃーん」と不気味な鳴き声が近くで聞こえた。

 そちらを見てみると今僕が持っているそれに酷似した生き物がこちらをジッと見つけてきている。

「もしかしてこれお前か? だとしたらこの僕を笑いにきたのか? 悪いが僕はただの小説家じゃない。幾度となく修羅場を潜り抜けてきているんだ。まあ、全部自業自得だけどな」

 言葉は通じていないだろうけどこういうのは言ったもん勝ちだ。相手がどんな存在かは知らないが気持ちの面で負けていてはいけない。

 相手が人間だろうと、そうでなかろうとも。

 だがその直後に異変が起き、驚きのあまり声が出てしまった。

「な、なんだこれは⁉︎」

 僕は確かに持っていた。また落として壊さないようにと最善の注意を払っていたが、僕の手の中にあったそれは忽然と消えていた。

 いや、だが重さはあるし感触もある。

 見えなくなってしまっているのだ。いや、それだけじゃない。つい先程自分で修復したというのにこれがどんな形をしていたのかを思い出せない。

 どうやらこいつは笑いに来たのではなく、僕のことを追い詰めるために来たのだ。

「もしかしてこれもお前が……。それじゃあ、もしかして欠片もーー」

 そうなると絶望的だ。何処にあるかもわからない透明の物体を探し出すのは不可能に近い。

「本当に悪かったよ。ほんの出来心だったんだ。決して君のことをどうこうする気はこれっぽっちもなかったんだ。ただこの祠は何のために建てられたのか気になっただけで……だからもう許してくれないか?」

 僕にプライドはない。

 そんなもの持っていても何の役にも立たない。プライドの高い奴は大抵そのせいで痛い目に遭っている。なるば最初から持っていない方が良い。

 だがプライドを捨てた僕を嘲り笑うかのように黒いそれはニンマリと笑みを浮かべた。

「そうか。どうしても僕のことを許してくれないってことだ。まあ、そうだよな。そっちからしたら土足で家を荒らされたようなものだからな。けどお前にしてやられるような男じゃない」

 格好良く宣言してみせたがそこからお互いに見つめ合うという気まずい空気が流れる。なので今度はちゃんと確認してから言おう。

「なあ、お前言霊って知ってるか? 今、最後の一欠片を探している僕の担当は言葉に魂が宿ると解釈していたがそれを意図的にできる人間もいるんだ。たとえば僕のようにね」

「先生、ありました!」

 今度はタイミングよく欠片を手にした彼女が来てくれた。僕の目には見えないが掲げられたその手には最後の一欠片が握られているのだろう。

「ありがとう。見ての通り、手が離せない状況だから君がくっ付けてくれ。接着剤は右ポケットにあるからさ」

 ここまで来たら文句も言わず素直に指示に従い彼女はその手にあるであろう欠片を接着剤での修復を試みる。

 いくらパズルが苦手だとしても最後の一欠片は誰にでもできる簡単なもの。接着剤が馴染むまで呆然とこちらを見ている元凶に種明かしをしてやろう。

「不思議か? お前のその力は僕以外にも影響を及ぼすみたいだがその前にこっちも力を使わせてもらった。言霊をな。まあ、言葉を使えないお前には説明をしてもわからないだろうが……いや、キノコも実は会話をしているっていうし一概にもそうとは言えないのか?」

「先生、独り言ですか? もしかして待ち過ぎて頭おかしくなっちゃいましたか? あ、それは前からでしたね」

「急にディスるな。もしかしてパシリにされて怒ってるのか?」

「いえいえ、別に今に始まったことじゃないのでその件については何も怒ってませんよ。むしろ私のことを頼ってくれて嬉しいと思っているんですよ。先生って何でも一人でやっちゃうところありますから。それに説明不足なんじゃないかな〜とは思いますけど」

「そのうち話すよ。さて、もうくっ付いた頃合いだろう」

 それをそっと台座に置き、祠を閉めて礼拝する。気持ちはまるで込められていないが大事なのは形式だ。

「何も変わりませんね」

「それは単に君が知らない人間だからだろ? 僕みたいな忘れてしまった人間とは違うんだから。それで、さっきの猫は……消えたか」

「猫なんていたんですか? 私には見えなかったですけど」

「見えない方が良いのかもな。あれは関わったらいけないもののようだったし」

 何せあの猫の尻尾は二本あった。それ以外にも不気味な要素は多々見られたがとにかくあの猫は普通のそれとは違った。黒猫だったし、もう二度と会いたくない。

「はぁ……それじゃあ、帰りましょう。もうこんな時間ですから私ホテルを探さないと」

「ああ、先に行っててくれ。僕は少し上の方でお詣りをしてから帰るとするよ。原稿のことは気にしなくても昼過ぎには完成させるから」

 彼女は階段を下に、僕は上に進んだ。

 祠までの段数の倍以上あったので途中で後悔したのだが引き返すのも癪なので最後までのぼって見た光景に目を疑った。

 そこには荒れ果てた神社の姿があった。見たところ長い間手入れもされておらず、とても巫女がいるとは思えない。

 では、あの時僕が見た狐のお面を被った巫女は……。

 僕の好奇心が刺激された。

 果たしてこの好奇心は次に何を殺すのか、それは◯のみぞ知る。


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