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【本編完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~  作者: 春風由実
本編

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21.番さまを楽しくお鍛えしたいのです


 天気は快晴。

 新しいことを始めるには、とても相応しい日和だった。


「というわけで、『セイディさまを楽しくお鍛えしましょうプランA』決行のお時間がやってまいりました」


 セイディがジェラルドに手を引かれ庭に出て来たところに姿を現したトットは、ジェラルドにさっとロープを手渡しながらそう言った。


 今日も朝から人探しとお手振りに忙しかったセイディは、トットを目にした瞬間、それらの忙しさを忘れ去る。


「とっと!」


「はい、トットですよ、セイディさま。あなたのトットが今日も馳せ参じました。今日は主さまと一緒に新しい遊びをしましょうね」


「とっと!はせさん……た!きょう……」


「新しい遊びですよ、セイディさま」


「あたらしいあそび、ですよ、せいでぃさま!」


 今日も懸命に人の言葉を真似ながら学習中のセイディは、ジェラルドの手元にある新しい遊びに使うであろう道具を見詰め、目を輝かせた。


「よしよし、まずはルドがお手本を見せるからね。セイディはそこで動かずに見ているんだよ。トット、頼むぞ」


「お任せください」


 と言ったときには、セイディの背後に立ったトットの手が小さな両肩に乗っていた。


 少々ムッとしたジェラルドであるが、ここは仕方がないと役目を譲る。

 自分がもう一人いたら良かったのにと考えながら、少し歩いてセイディから距離を置くと、ロープの端と端をそれぞれ手に持ち構えを取った。


「では、セイディ。ルドが新しい遊び方を教えるよ。よく見ていてね」



 そうして始まった遊びはそう、『縄跳び』である。



 いい大人の公爵が、太陽をさんさんと浴びながら、美しい芝生の広がる庭で、縄跳びだ。



「ゆっくりお願いします主さま。あともう少しゆっくりで」


「ゆっくり、します、あるじさま」


「セイディ、そこはルドと言っておくれ」


 縄を回して飛びながらも、ジェラルドは普通に話せた。

 というのもジェラルドには運動とも呼べない遅い動きしかしておらず、これ以上ゆっくりと言われると、縄がたわまぬように回すことに苦労しそうだった。


 回しては、ぴょんと跳ねるだけ。

 その単調な繰り返しでも、セイディにとってははじめての面白いものとなる。


「ぴょんぴょんと跳ねていて面白いですね、セイディさま」


 まだ後ろで肩を押さえたトットが言うと、セイディは振り返りながら言葉を真似た。


「ぴょんぴょん」


「えぇ、ぴょんぴょんです、セイディさま。セイディさまもこちらでぴょんぴょんしてみますか?」


「せいでぃ、ぴょんぴょん、する!」


 セイディの背丈に合わせたジェラルドより短いロープを手渡されたセイディは、すぐさまジェラルドの真似をした。

 ちゃんと飛ぶ前から観察していたということだ。


「そうです、お上手です、セイディさま。両方の手で強く握りましょうね。ぎゅっと握るんですよ」


 さすが公爵家が用意した縄跳び用のロープだ。

 ロープの両端には木製の持ち手がついていて、手を傷付けないようにそこにさらに柔らかい布が何重にも巻いてあった。

 過保護過ぎやしないかと思いつくものもいないから、セイディの筋力は日増しに弱っていったのではないか。

 せっかく栄養を取れるようになって、体付きがふっくらと変わってきたのに、筋力が弱って動けなくなっては元も子もない。


 というわけで鍛えようとしているのだが。


「さぁ、回してみましょうか、セイディさま。飛べなくても大丈夫ですよ。怖いことはありませんからね。まずはぐるっとひと回しをお願いします」


 トットが後退し、セイディから距離を取る。


「ぴょんぴょん」


「そうです、ぴょんぴょんです。主さまの真似をしてぴょんぴょんしてみましょう」


 まずはびゅんと一回転……とはいかなかった。

 回そうとしたはずの縄は、セイディの両手から消えてしまう。


 セイディは左右の手を順に見たあとに驚いて、きょろきょろと辺りを見渡した。

 大分感情が表情に見られるようになってきたため、瞳の光加減を読まなくても、トットにだって何を考えているか手に取るように分かるようになっている。


「これは『セイディさまを楽しくお鍛えしましょうプランB』に変更ですね」


 場所を移動していたトットは、ロープを握り締めながらそう言って、セイディを見詰めた。


 セイディの側にはすでにジェラルドが付いている。

 ロープを見失いすっかり落ち込んだセイディを「大丈夫だよ、すぐにうまくぴょんぴょん出来るようになるからね。ロープもいくらでもあるから、ね?大丈夫だよ」と励ます主の顔色は、少し前と比べると別人のように明るく変わった。


 トットは満足そうに笑みを浮かべ二人に近付いていくと、「Bに変更です主さま」と声を掛けて、新しいロープを手渡すのだった。どこから出したのだろう。

 ジェラルドは妙に真剣な顔で頷くと、セイディには笑顔を向ける。


「セイディ、ぴょんぴょんもいいが、びゅんびゅんという遊びをしてみないか?」


「びゅんびゅん?」


「これはルドと一緒に遊べるよ」


「せいでぃ、るど、いっしょあそぶ!」


 あちこちから視線が注ぐ。


 遠くもなく、それなり近い距離で庭師たちが固唾をのんでセイディの先を見守っているし、屋敷の中からも窓にへばり付いてセイディを観察する者たちがいた。


 セイディが新しい遊びをちゃんと楽しめるかどうか。

 それは公爵邸で働く使用人たちにとって本日最大の関心事であり、共通の目標でもあったから。

 ほぼすべての使用人たちがあちこちからセイディを見詰めていたのだ。


 なおくじ引きで望まぬ来訪者対応に駆り出されている使用人たちは不運を嘆き、さっさとこちらを終わらせてセイディさまを応援しようと、いつも以上に──いつだってこの件に関わる者たちの機嫌は悪いのだけれど──ぴりぴりしながら来訪者(追い出し)対応を行うのだった。


 なお、こんな日にまで来るなよ、と思っていたのは、いつもは邸内にいる使用人だけではない。

 上着の内側に双眼鏡を隠した門番たちは、庭での行事が観察しやすい重要なイベントだったので、今日は特に不機嫌でついつい不遜極まりない応対をしてしまい、余計に望まぬ来訪者たちを興奮させてしまったことだけは、彼らも反省しているところだった。

 自分や仲間のために反省はしても、来訪者に悪いとは決して思っていない彼らだったけれど。






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