13.公爵は嬉しくて淋しくて辛い
ジェラルド・サン・アルメスタ。
当代アルメスタ公爵の本名である。
彼にはかつて彼の愛しい番から『ルド』と呼ばれていた時期があった。幼い身にはジェラルドという発音が難しくて、最後だけは言えたことを褒めていたら、それで定着してしまったのだ。
そして彼が最後に番から『ルド』と呼ばれて、もう十年。
「今日もルドがセイディに食べさせてあげようね」
公爵であるジェラルド・サン・アルメスタは、もう二十三歳であると言っておく。
「せいでぃ、たべる」
番である彼女もまた、とてもそうは見えないが十五歳のはずだ。
彼らの年齢は八つも離れていて、セイディが生まれたすぐ後にジェラルドはセイディを見初めていた。
それが番の本能である。
さてそんな番は残念ながら今日もジェラルドの名を呼ばないが、ジェラルドはセイディからの返答に微笑んだ。
ところがである。
「セイディ、具合が悪いか?」
目の輝きがいつもより陰っていて、ジェラルドは焦った。
しかしそれも違うと、その瞳は訴えてくる。
どこか陰る視線が向かうは、ジェラルドの手元だった。
「食べたくないのかな?」
「せいでぃ、たべる」
そう言うのに、その瞳は何かを訴えている。
「失礼いたします。セイディさま、もしやご自分で食べたくなられましたか?」
最近侍女長は、躊躇なく主人とその番さまである二人の会話に割り込んだ。
ジェラルドがムッとして見えようが彼女は気にしない。
「じじょちょ」
そしてこの侍女長、これまで許される限りの時間を側に侍り観察してきた成果として、最近はセイディの瞳の輝きを見極められるようになってきた。
セイディの方でも侍女長に懐き始めていたから、その瞳の輝きがより分かりやすくなっていたこともあろう。
セイディは確実に周囲に心を開き始めているのだ。
「えぇ、侍女長のソフィアは、セイディさまのお望みを叶えとうございます。主さま、セイディさまにこちらを使って頂いてはいかがでしょうか?セイディさま専用の匙にございます」
ここでも抜かりなく、侍女長は自身の名前を会話に入れた。
そんな侍女長であるが、彼女もいまだに名を呼ばれたことはない。
「セイディ、自分で食べたくなったのか?」
セイディの瞳がきらきらと輝き、ジェラルドの心は揺れた。
食べさせる役目をずっと担っていたい。だがセイディの願いは叶えたい。
「主さま。セイディさまのお望みでございますよ」
「分かっている。ではセイディにその匙を」
随分用意がいいなとは思っていたジェラルドであったが、侍女長は今朝のような日がそう遠くなく来ることを予測して動いていたのだ。
あれほど育児書を読んでいれば、ジェラルドだって気付いて手配していてもおかしくはなかったが、彼はまだ自身の手でセイディを甘やかしていたかったのだろう。
セイディに渡された金色のスプーンは、思いのほか小さかったが、十五歳にしては小さな手にはぴったりと収まった。
しかしこの小さなスプーンで食事すべてを取るというのは、大変な作業になりそうである。
「食べやすいようプリンからにしてはどうだろうか?」
「そうですね。セイディさまの大好きなプリンを先にお出ししましょう」
誰もがセイディに激甘である。
セイディの願いを叶えるためならば、食事が後回しになろうとも、これを諫める人間が屋敷のどこにもいなかった。
「ぷりん、たべる」
「今朝は特別でございますよ?」
にこにこして……ということにはならず。
表情筋も発達してこなかったせいか、まったく嬉しそうな顔には見えないけれど、セイディは瞳を輝かせプリンにスプーンを……刺した。
十年間、簡単な作業しかしてこなかったせいだろうか。
それともこれも、ジェラルドが甘やかすあまり、腕や手の筋力が衰えた結果だろうか。
刺した様子をはらはらと見守っていた二人の大人は、その後もどきどきしながらセイディを見守ることにする。
しかしセイディが刺した匙を動かすほどに、プリンはぐちゃぐちゃと形を崩していった。
そのうちセイディは、瞳を真っ暗にして固まった。
ジェラルドまでその悲愴さに胸を痛めて固まっている。




