4話 王族(5)
「俺と入るわけにいかないんだから当たり前でしょ」
聖くんは夕飯の支度をする手を止めてレイちゃんにそう答える。聖くんの顔は眉をひそめたまま不満そうだ。レイちゃんはその顔を見て言う。
「責めてないわ。そんな顔すんなって」
おれがいる時くらい風呂に入れてやろうって思って来ただけだからな。そう話すレイちゃん。
「ってわけで、夕飯頼むわ」
レイちゃんはそう続けた。
「はあ? 飯くらい食べてくればいいでしょ」
聖くんは意味解んないとでも言うようにそう反応する。
「まだ5時半だぞ?」
レイちゃんが掛け時計に視線をやってそう答える。聖くんは更に言う。
「だから、食べ終わってから来ればよかったでしょ」
「いったん帰れっていうのか?」
「…………」
レイちゃんの言葉に聖くんは黙り込む。その様子を見てレイちゃんは玄関で靴を脱ぐと家に上がった。そのままレイちゃんは玄関から見て右側のリビングに行き、ソファに腰かける。
ちなみに玄関から見て左はダイニングで、ダイニングテーブルやダイニングチェアが置かれていて。ダイニングの横にキッチンがあるという配置だった。
聖くんは黙ったまま不機嫌そうに作業を再開する。あたしはそれを見て何も言わずに途中だったトマトを切った。
「聖……子どもに気を遣わせるのはどうかと思うわ。いつもそうなのか? そのうち嫌われてもしらねぇぞ」
「煩いんだけど」
後ろをふり返ってレイちゃんにしかめっ面を向けると聖くんはそう言った。
「気を遣わせてるのは事実だろ。なあアメリア。怖いよな」
レイちゃんがそうあたしに同意を求める。
「えっと……」
あたしの反応を見て、レイも困らせてるのに何言ってるの。と言う聖くん。
「アメリアを困らせてる自覚あるならやめろよな。おれらはおまえのそんな態度なんて慣れてるけど、アメリアはまだ小さいんだぞ」
レイちゃんはそう話す。
「……」
無言で不服そうな顔になる聖くん。
「毎度毎度のことだけど、おまえってホント、不満な時とかだけ表情豊かだよな。笑うことなんてほぼないのにさ」
そう口にするレイちゃんに、煩い。と零して聖くんはキッチンに向き直った。
レイちゃんはそんな聖くんを見て、眉を八の字にして苦笑交じりだ。
子供のあたしは聖くんとレイちゃんは仲が悪いのかなと思った。そうやって言い合えるのは仲が良いからだと、幼いあたしには解らなかったんだ。
夕食ができる。良い香りがキッチンの大きいフライパンから香った。聖くんが盛りつけていく。
子供用のダイニングチェアに座るあたしの目の前に、2つの大きな丼と、小さな丼が置かれる。
ご飯の上に鶏肉と卵という親子丼だった。
「おいしそうです……!」
あたしは感嘆の声を漏らす。
「いい匂いだな」
レイちゃんもダイニングにやって来てそう言う。
「レイ、味噌汁」
「はいよ」
レイちゃんは味噌汁をよそる聖くんの元へ行き、よそり終わったお椀を受け取ってダイニングテーブルの上に運んだ。
聖くんとレイちゃんが席に着く。あたしの隣にレイちゃん。前に聖くん。そして2人は手を合わせて「いただきます」と口にする。
あたしは通訳されなかったその言葉に、え……? と困惑する。目を見開いて動作が止まってしまうと、聖くんがどうかしたの。と声をかけてくる。
「いま、通訳の魔法使ってたのに言葉がわからなかったんです」
「ああ、もしかして『いただきます』か?」
レイちゃんはそう口にした。
「いただきます?」
あたしは不思議そうにその聞こえた言葉をぎこちなく繰り返す。
「おまじないだよ。飯を作ってくれた人への感謝や、おれらが食べるために犠牲になってくれた生き物への感謝を込めてそう言うんだ」
な、聖。そう言って説明してくれるレイちゃん。
「鳥とか、あんたも魔獣とか食べるでしょ? その命に、ありがとうって意味を込めて、こうやって手を合わせて『いただきます』って言うの」
聖くんは両手を合わせてそう話す。
「あんたもここで暮らすんだからやった方がいいかもね。……できる?」
そう聖くんに言われて、あたしはこ、こうですか……? と両手を合わせてみる。
「そう。それで『いただきます』って言うの」
「い、いただ、き、ます」
あたしが慣れない言葉に一生懸命言うと、レイちゃんは笑顔になって言う。
「そうそう。はじめての割には上手いじゃん」
「俺のセリフ取らないでくれる?」
聖くんがレイちゃんに言う。そして聖くんが目の前に座るあたしを見て口にする。
「大丈夫。上手だったし慣れていけばもっと上手くなる」
そう言われてホッとするあたし。レイちゃんが、さ、食べるぞ。飯が冷めちまう。と口にして箸を手に取った。