4話 王族(4)
「何が言いたいのか解らないと思うけど、アメリアのお母さんが教えてくれた言い伝えも、ここに伝わってる言い伝えも、両方ウソじゃないかもよってこと」
「え……?」
あたしは声を漏らして。
「その内解るよ。――戻るよ満瑠」
そう言うと透くんは立ち上がる。
「透琉さまはむずかしいことをいいますけど、気にしないでくださいね。悪気があっていってるんじゃないですから」
満くんはそう言いながら眉を八の字にして困ったように笑った。
「余計なこと言わなくていいよ満瑠」
そう言った透くんはあたしをふり返って続けた。
「僕らは雨の日以外毎日ここにいるから、来たくなったらまた来なよ」
雨の日でも聖に訊けば居場所くらい判るでしょ。そう言い残して透くんは歩き出す。満くんは会釈をすると城内に入って行く透くんの後に続いた。
「……ごめん」
そう零した聖くんにあたしは言う。
「……なんできよさんがごめんっていうんですか……」
「満瑠の教育係だからって思ったけど、紹介する相手間違えた。……だからごめん。ああ見えて透琉は人生2回目だから200歳は超えてるし、ホントに悪気はないけど子供には難しいことばっかり言うんだよ」
(いくら身体の年齢が同い年でも、透琉が教育係なのは満瑠にとってどうなの。なんで光輝は透琉を選んだの)
そう光陽王国の王さまに対して疑問を浮かべる聖くん。あたしはそんなことを思っていた聖くんに気づくこともない。
「200? まだまだ若くないんですか?」
あたしは反応して訊ねる。
「人間は魔族の10分の1生きられたら長生きだから」
聖くんはそう答えた。10分の1……? とあたしは呟く。
「長くても110歳くらいまでってこと」
聖くんが答えて。
「110?」
あたしは目を見開く。幼いあたしは、長くても110歳くらいなら200歳生きていたら人生3回目くらいじゃないのかという疑問が浮かぶはずもなくて。人間は1100歳くらいまで生きられる魔族の半分も生きられないことへの衝撃の方が大きかったんだ。
「とにかく透琉は良いヤツだけど、子供に解る話はしないし、今度は満瑠だけの時にしよ。だからごめん……」
あたしは聖くんの言葉に何も言えずにいた。
(……あ、ハンカチ……)
あたしはハンカチを返さなかったことに気づく。
「きよさん。ハンカチ……」
「今度洗って返せばいい」
そう言われて、満くんにまた会った時、透くんがいなければいいのになと思った。子供だったあたしは透くんに苦手意識を持ってしまったんだ。
あたしはさっきまで満くんらが座っていた長椅子に座ってみる。そして視界に映る花園を見つめる。オレンジ、ピンク、黄色、白、薄い紫。淡い色の花々が長閑に咲いていて。
聖くんもあたしの隣に座った。
しばらくその景色を見つめているあたし。じわりと涙が滲む。ハンカチをギュッと握りしめる。
『アメリア』
そう言って柔らかく微笑む母さん。花園に包まれながら、あたしと母さん、ベルゼは花冠を作って。その時の記憶が蘇ってはあたしの胸を刺していく。
『父様に? アメリア、ありがとな。上手に出来てる』
父さんに花冠を渡せば、そう言って大きな手であたしの頭を撫でてくれて。
(なんで――)
なんでこんなことになってしまったんだろう。そう思いながら涙が零れる。満くんのハンカチで零れる涙を拭った。
すると、身体が浮いて。聖くんの足の間に移動したと思えば、ギュッとあたしの身体は包まれる。聖くんの身長を考えれば子供のあたしを包み込むのは体勢が辛かったと思う。でも、聖くんは長い間あたしを包んでくれていた。
◇◇◇
陽が沈む。聖くんの王都での家に帰って来ていたあたしと聖くんは夕飯の支度をしていた。
すると、ガチャ、ガチャリと突然音がして玄関の扉が開く。鍵が開いた音だったらしい。
よっ。と言って右手を上げて現れたのはレイちゃんだった。
「えっと、レイ、レイ……」
あたしが名前を思い出そうとするとレイちゃんは笑って言う。
「レイヴィア」
「すみません……レイヴィアさま」
あたしはそう口にして、切ってる途中だったトマトと子供用の包丁をまな板の上に置く。そしてレイちゃんに向き直った。
「レイでいいわ。様じゃなくてレイちゃんとかそんな風によんで」
「……レイ、ちゃん……?」
「そ。それでいい」
レイちゃんは頷いてそう言う。あたしとレイちゃんのやり取りを見て、聖くんが口を開く。
「……レイは何しに来たの」
「アメリアの風呂係だけど?」
そのレイちゃんの言葉に聖くんは眉をひそめて、は? と言う。
「おまえのことだから? 魔法で綺麗にして風呂に入れてないんじゃないの?」
レイちゃんの言葉は正しかった。1人であたしがお風呂に入って何かあっても困るからと、聖くんはごめん。と謝った後、我慢してくれる? と言っていたんだ。あたしは了承していた。助けてくれて、優しくしてくれただけであたしは嬉しかったからだ。