4話 王族(1)
部屋を出て、レイちゃんとしーちゃんと別れる。そのまま廊下を歩く聖くんについて行く。
(ここ、人間のおしろなんだ……)
人間の世界なんだと知ってしまったあたしの気分はあんまり良いモノじゃなくて。悶々としていた。
そうしていると、ねえ。と聖くんが話しかけてくる。
その聖くんの言葉に、頭に? を浮かべながら、はい。と返事をした。
「人間が嫌い?」
(!)
あたしはその言葉に、進めていた足を止めてしまった。聖くんも止まってあたしに視線だけを向ける。
「魔族と聖族が住むあっちを混沌世界って言うんだけど。混沌世界に、もう人間はいない。……なら、あんたは初めて俺っていう人間に会った。――今はもう人間じゃないけど……」
聖くんはそのまま続ける。
「……この前初めて会ったばかりの人間……それでも、人間が嫌い?」
5歳のあたしには、その言葉の意味が解らなくて。
「人間にも色んなヤツがいるんだよ。悪いヤツに良いヤツ」
「……いい人間なんて本当にいるんですか……」
そう口にすれば、聖くんは頷いた。
「会ってみたい?」
そう訊かれて、あたしはどうしたらいいんだろう。と悩んだ。聖くんの人間にも良い人がいるって言葉を信じたいあたしと、信じられないあたしがいたからだ。
しばらく悩んでいると、聖くんが言う。
「無理はしなくていいけど、遠目に見るだけでもいいよ」
「……遠目……」
そう口にすれば聖くんは頷いた。
「行ってみたい?」
そう言われて、……遠目なら、とあたしは答える。答えれば、周りの景色が変化して。瞬間移動したんだと理解した。
そこは花園だった。
城の庭の一角に綺麗な花園ができていて。4本の柱があって、その上に屋根があって、その屋根の下に長椅子がある。そしてあたしは気づく。花園の中心にあるその屋根の下、その椅子に、小さな2つの人影があることに。
「右が透琉。左が満瑠。光陽王国の王子」
「! 王子……!」
あたしは聖くんの言葉に反応を見せる。
「そう。満瑠はあんたと同じ王族」
「王ぞく……」
あたしの呟いた言葉に頷く聖くん。あたしは王子という言葉に、従姉弟のベルゼを思い出した。
(ベル……)
仲の良かったベルゼ。もう会えないだろうことは幼いながら理解していたけど、気がかりだったんだ。
「満瑠も透琉も7歳。あんたより2つ上」
「きよさんのいってたいい人間なんですか」
「そうだよ」
大人より子供の方が良いと思ったから。聖くんはそう話す。
あたしは何も言わずにその様子をしばらく見つめていた。
『……この前初めて会ったばかりの人間……それでも、人間が嫌い?』
聖くんの言葉が浮かぶ。人間が嫌いなのか、当時のあたしにはそんな難しいことは解らなかった。
「きよさん……」
「なに?」
「私は……どうすればいいんですか……」
その声は震えてしまって。
「きらいなのか、そんなの、私にはわからないです。でも、私に教えてくれる母上は……」
その先の言葉は口にできなくて。顔に影を落とすと、聖くんはそんなあたしに言った。
「あんたが解らないなら、俺が教える。俺が一緒に考える。……だから、そんな顔、しないで」
聖くんは膝を曲げると、あたしの頭にそっと手を置いた。聖くんの顔を見れば、聖くんはあたしに言う。
「俺はずっと、あんたの傍にいるから」
あたしはその言葉に涙が出てしまう。
「……やくそく、してくれますか」
「いいよ。約束」
あたしは聖くんの言葉に、ありがとうございます……っ、と零した。
あたしが落ち着くと、あたしの頭を撫でていた手を聖くんは離す。
「今どうしたらいいのか、知りたい?」
その言葉にあたしは頷いた。そうすれば、聖くんは言う。
「人間と仲良くなればいい」
「なかよく? ですか?」
「無理はしなくていいけど、この世界には人間が多い。でも混沌世界にあんたは帰れない。……なら、良い人間と仲良くなればいい」
イヤ? と聖くんは訊ねる。
わかりません……。とあたしは口にする。人間と本当に仲良くしていいのか、幼かったあたしには判断できなかったんだ。