3話 神に愛された男(4)
「……――」
聖くんが近づいて来る。
「! 来ないでください!」
あたしが後退っても、聖くんは止まることなく間合いを詰めて。そしてあたしの右手をその大きな左手で掴むとしゃがんだ。
「離してください……!」
俯きながら聖くんの手をほどこうとするものの、離してはくれなくて。
「俺が恐い? 人間だから信じられない?」
「どうして助けたんですか……。……人間が魔界に来られるわけないんです……だから、きよさんは魔界の人だって……思ってたのに……」
「……なら、俺が魔族になれば恐くない?」
「聖! おまえ!」
レイちゃんの声が間を置かずに響く。あたしは聖くんのその言葉に、俯きながら目を見開いた。
「そんなこと、できません……魔法だって、なんでもできるわけじゃないんです」
あたしは自分の種族を変える魔法なんて聞いたこともなかった。そんな魔法があるとしても、そう簡単に使えるなんて思えなかったんだ。
「――魔法にできなくても、異能ならできる」
「いのう……?」
「世界にあるのは魔法だけじゃない。紫桔舞の使う『霊力』。俺とレイの使う『異能』。色んな力が溢れてる」
当時の幼いあたしは、その言葉を信じることができない。
「顔上げて。俺はもう、人間じゃないから」
あたしは聖くんの言葉に恐る恐る顔を上げた。
「! その羽……」
見覚えのある黒い闇の翼が、聖くんの後ろに見える。そして、あたしの右手を持った聖くんの左手から、具現化した黒い闇が伸びる。その闇はあたしの腰に巻かれ、聖くんの方に引き寄せる。
(!!)
聖くんがあたしを優しく抱きしめて。
「大丈夫。誰にもあんたを傷つけさせないから。あんたを護るから。――だから俺を信じて」
元々魔族だったのか、今人間から魔族になったのか、幼かったあたしには分からない。それでも、その見慣れた魔族特有の闇の力を見て、安心する。そして聖くんの言葉に、あたしは口にするんだ。
「ウソじゃないんですか……全部……話してくれたこと全部……」
「ウソじゃない。全部、全部。俺の本心だから」
「信じていいんですか……?」
聖くんがあたしを離す。そして頷いた。
「俺を信じて」
その言葉は優しい響きだった。
「もう、裏切られたくないです。だから、ウソはつかないでください」
聖くんはその言葉に頷く。
「必ず、何があってもあんたの味方だから」
「絶対ですよ?」
「当たり前」
そして、幼いあたしは聖くんの言葉に、信じます。と口にした。
◇◇◇
聖の言葉にアメリアは信じると口にした。おれは驚いた。聖の行動に。
その神の力で記憶でも改ざんするんじゃないかって思ったからだ。
(どっちにしろ、あの人との約束は破ってるけど)
おれはそう思いながら、紫桔舞と共に聖とアメリアを何も言わずに見守っていた。
聖が闇の翼と左手から伸びてる具現化した闇を引っ込める。そして立ち上がると紫桔舞をふり返って口を開く。
「任務終わったしもういいよね」
「……捕獲でも討伐でもなく追い返した理由は?」
「思い知らせるため」
「災害に見舞われるって言うのは魔族の国のことでいいのね」
「俺たちを追えば災害に見舞われるって言っておいたけど信じなかったから」
紫桔舞の言葉に答える聖に、おれは反応する。
「おまえの力とおまえのことをしらなければそうなるわ」
「だから思い知らせるんだけど。――もういい? 用ないなら行くけど」
「行っていいわ」
聖の言葉にお嬢様言葉のイントネーションで答える紫桔舞。聖がアメリアを見て、行くよ。と声をかける。
聖がドアを押す。アメリアが先に出ると、聖も紫桔舞の執務室から出て行く。部屋にはおれと紫桔舞、2人だけになった。
紫桔舞は作業机の側に移動して自分の椅子に腰かける。おれは紫桔舞に問いを投げた。
「罪人っていわれてたな。アメリア何かしたわけ」
紫桔舞は間をおいてから静かに語る。
「……光と闇は相容れない。それは今でも変わらないってこと」
その言葉におれは理解する。あの人を想って眉をひそめた。
「宿命――か。望んだことでも、辛いな。あの人は、どこまで尊い人なんだろ」
「それが香花でしょ」
――しってるさ。と、おれは紫桔舞の言葉に口にする。
「だから――おれらは香花さんを独りにしないって誓ったんだ。――そうだろ?」
紫桔舞は――そうね。と作業机の上の書類に目を通しながら静かに肯定した。おれは少し間をおくと続ける。
「――紫桔舞。聖とアメリアについてどう思う? あのままほっといていいと思うか?」
「……今は大丈夫だと思うけど。……気がかりなら様子を見ればいいんじゃない?」
紫桔舞はいつも通り静かに答える。
「……、聖の監視、任務にできるわけ?」
「人手があればね」
「戦争でも起きなきゃ人手なんてなくなんねぇだろ。おれらが派遣されるほどの任務なんてそうそうねぇんだし」
「本当に起きないといいけど」
「……どういう意味?」
いいえ。なんでもないわ。と、おれのなんとかだわ。とは違う、お嬢様言葉のイントネーションで紫桔舞は答える。
おれはその様子に、――気負うなよ。と口にした。
「おれらは仲間だろ?」
解ってるわ。と答えた紫桔舞のそのイントネーションを聞いて、おれは部屋を後にした。
1人城の屋上へ行く。高い高い階段を上って。辿り着くと、おれの立つ屋上じゃない場所に人影があって。
それは、悠次から逃げていた柚葉だった。