親の心、コのココロ
子供の幸せとは何でしょう。そう思う日がここ数日続き頭を痛めていました。
「かーさん、おさら!」
「あ、ありがとうございます。リエン」
そう言って皿を渡す少年を見て少しだけ思考が止まってしまいました。
「かーさん? どーしたの?」
「ん、ああ。ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました」
「きぶんわるい? びょうき?」
「いえ、大丈夫です。リエンの母さんであるワタチが病気にかかるわけないでしょう」
「かーさんつよい!」
ニコッと笑う目の前の少年を見て、ワタチも少しだけ笑う。
目の前の少年は赤子の頃から育てていますが、実際血は繋がっていません。
ある日、この子は空から降ってきました。その子を拾ったワタチは育ててくれる人が見つかるまで家で預かる形で面倒を見ていました。
育ててくれる人が見つかるまで、できる限りの事をしていましたが、いつの間にかリエンがいる日常が普通になってしまい代わりの親を探すという考えが無くなってしまいました。
今更誰かに渡すというのは……とても複雑な気分になりますね。そもそもすでに募集もしていませんし、このまま独り立ちするまで……。
そんなことを考えていると入り口の扉が二回叩かれました。来客でしょうか?
「入るわよ」
そう言って入ってきたのは金髪のとても綺麗な女性でした。
「シャムロエ様? 珍しいお客様ですね」
王族のシャムロエ様。昔から何かと関りがある方ですが、何の用でしょうか。というか大きなマントを羽織ってまるで身を隠していますね。
「王族がここに来るなんて誰かに見つかったらワタチが怒られるのですよ?」
「その時はその時よ。王族も時々こうして自由に外へ出たくなるのよ」
「だからってワタチの宿屋兼食堂に来なくても……まあ今日はお客様もいないので良いです。リエンー、この方にお茶を出してください」
「あーい!」
おぼつかない足取りでお茶を準備する我が子。
「ふふ、貴女が子育てをするなんて数年前の貴女からは想像もつかないわね」
「ワタチだって『元人間』です。今までそういう巡り合わせが無かっただけで今それが来たというだけですよ」
「そうね。私の親族もあの子と同い年の娘がいるから、その内連れてこようかしら」
「次期女王様をこんな田舎の宿屋兼食堂に連れてこないでくださいよ。リエンの将来を壊すならワタチは容赦しませんよ」
「本当に……変わったわね」
相手は王族。それに対してワタチは容赦のない事を言ったと自覚はしています。しかしリエンの幸せはリエンに決めて欲しいのです。偶然ワタチという『元人間』の前に赤子の状態で空から落ちてきたからここで生活をすることになりましたが、いずれワタチの前から旅立つときは……。
「おちゃです!」
元気よくお茶を渡すリエンの声に思考が飛んでしまいました。
「あら、良い子ね。ありがと」
シャムロエ様がリエンの頭を撫でた。リエンは少し照れている様子でこっちを見ていました。
「よくできました。リエンは自分の部屋に戻って良いですよ?」
「あい!」
元気な返事と共にお盆をワタチに渡して部屋に戻っていった。
「幸せそうに生きているじゃない?」
「そう……見えますか?」
「どういう事かしら?」
「時々わかりません。ワタチは子供を育てたこともありませんし、子供の頃の記憶なんて数百年以上前です。今のリエンは紛れもなく五歳児です。五歳児の感情はワタチには理解できません」
子育ての本。子供の気持ち。子供の食事。それらの本を読み勉強をしたものの、現実はとても難しすぎました。
手の込んだ料理を作っても喜んではくれますが、卵を焼いただけの料理でとびっきり喜ばれることもあります。
魔術を使って何か面白い形の人形を作っても驚かれはしますが、ただ頭をつついただけでとんでもない笑顔を見せてきます。
本当の親ではありませんが、一度育てると決めた以上はリエンを幸せにしないといけません。
だから一番リエンの気持ちを一番知らないといけないと思っているのです。
「フーリエが難しい顔をするなんて、なかなか珍しいわね」
「む? ワタチだって考えるときは考えますよ。リエンがもしかしたら作り笑いをしてワタチを安心させているのではないかとか、実はかなり無理をしているのではないかとか、色々考えてしまうのです」
「城を抜け出す私も大概だけど、貴女も大概ね。それなら暇つぶしにちょっと海にでも行ってみたらどうかしら?」
「海ですか?」
「観光地は人が多いから、この村から西へ行った海岸なら人はいないし、日帰りで遊べると思うわよ。盗賊や魔獣が襲ってきても貴女なら大丈夫でしょう」
そう言えばリエンにはまだ外を見せたことはなかったです。と言っても商人や兵士じゃ無い限りは村の外に出るなんてことはほとんどありません。
「明日……はお客様の予約もありませんし、行ってみますか」
「ふふ、面白いお土産話を期待しているわよ」
☆
翌日。
突発的に決まったお出かけにリエンは少し不安そうな表情をしていました。
「かーさん、どこにいくの?」
「海という所です。リエンはお魚を食べますよね?」
「うん」
「お魚はどこに住んでいるのか、ちょっと見に行きましょう。いつもお手伝いをしてくれているので、今日はワタチとちょっと遠くに遊びに行くのです」
「かーさんとあそぶ? やった!」
先ほどまで不安そうな表情だったのが一転して笑顔になりました。やはり子供の気持ちは全然わかりません。
「鍵を閉めて『本日外出のため休業』の立て札を着けてっと、じゃあ行きましょう」
「あい!」
そう言うとリエンはワタチの左手をギュッと握りました。反射的に驚きましたが、子供からすれば当然でしょうか。
そう言えば一緒にお買い物をするときワタチから手を握りに行ってましたし、今更驚く方が変ですね。
「転ばないように気を付けるのですよ?」
「あい!」
村の門番に事情を話して外に出ると、広大な草原が広がっていました。
「わー! かーさん、ひろい!」
「ふふ、そうですね。ここから海までは草原だけなのでこの景色はこれから飽きるほど見ますよ」
「はしってもおなじけしき! すごい!」
手を放して自由に走らせてみました。転ばないかだけ心配してましたが……ふう、大丈夫そうですね。
「ずっと走っていると海に到着するまでに疲れてしまいますよ」
「あい!」
そう言ってワタチの隣に来ました。なんというかリエンはワタチの言う事を真っ先に行動するタイプなのでしょうか。もしかして今楽しそうに走り回っていたリエンをワタチは無理やり抑え込んでないでしょうか?
「かーさん?」
「あ、すみません。リエン、あそこの木陰でお昼にしましょう」
「ごはん!」
ふむ、ちょっといつもと違う事をしてみますか。
「そうですね……あそこまで走って競争しますか?」
「え!?」
驚くリエン。もしかして嫌だったのでしょうか?
「かーさんと競争したい! 絶対負けない!」
……お、おおう。そこまでまっすぐな視線で言われると驚きますね。
「わかりました。ではワタチも手を抜きません。よーいドンで一緒に走って最初に到着した方が勝ちですよ」
「あい! よーいどん!」
「って、リエンが言うのですか!?」
最初にリエンが走り出し、それを追いかける形となってしまいました。
一生懸命走るリエンをじっと見ているわけですが……なんというか、可愛いですね。
そしてリエンはおそらく全力で走っているのですが、ワタチは小走り程度でほぼ一緒。ちょっと歩幅を広げれば簡単に追い抜けそうです。
「うおおおおああああああ!」
リエンは凄く叫びながら走っています。うーん、これを追い抜くのは気が抜けますが……追い抜いちゃいましょう。
木陰に到着するギリギリのところで追い抜き、そして木陰へ到着。リエンは息を切らしてその場に倒れこみました。
「ふおあああ。まけたー!」
すっごい悔しそうですね。こういう時の言葉を用意していませんでした。
「リエンもすごく速くなりましたね。ワタチももう少しで負けそうでしたよ」
「ほんと!? むー、つぎはまけない!」
次。
リエンがワタチと競争して追い抜くほど成長した頃には、今日みたいに競争してくれるのでしょうか。
成長したら今のようにお話してくれるのでしょうか。
「かーさん?」
「あ、ごめんなさい。リエンが速かったのでワタチもちょっと疲れちゃいましたしお腹も空きました。早速ご飯にしましょう」
「やった!」
持ってきたお弁当を広げてリエンに渡す。パンに野菜を挟んだサンドイッチにかぶりつくリエン。
「美味しいですか?」
「はしったあとだからすごくおいしい!」
ふむ、走った後のサンドイッチは美味しいのでしょうか?
一緒にワタチもサンドイッチを食べましたがいつもと同じ味に思いました。一体何が……。
「ね? おいしいでしょ?」
リエンのその表情を見た瞬間何かが零れ落ちる感じがしました。
「今美味しくなりました。そうですね、とても美味しいです」
生まれて数百年。サンドイッチは作業をしている片手間に食べれるものでしたが、今日ほど美味しく感じたことはありません。
「かーさんわらった!」
「え?」
「かーさん、さいきんいそがしくてげんきない。いますこしげんきになった!」
「ワタチはいつも元気なのですが……」
子供の視点では今のワタチはそう見えるのでしょうか。自分自身の管理に関しては自分がよくわかるとは言いますが、実の所は違うのでしょうか。
「ふふ、そうですね。リエンと一緒に遊ぶのが楽しくて笑いました。リエンは楽しいですか?」
「たのしい! かーさんといっしょにいるから!」
外に出ているから楽しい。ではなくワタチと一緒だから楽しい。ふむ、ますますわからないですね。ワタチの姉のミリアム姉様と一緒にいる時は楽しいというより安心するなどの感情はありましたが、遊んでいる以外で一緒にいるだけで楽しいと思ったことは……いや、無意識に楽しいと思っていたのでしょうか。
「ごちそーさまでした! げんきなった!」
「ふふ、早いですね。海までもう少しですし、ゆっくり歩いて行きましょう」
「あい!」
☆
ほどなくして海に到着。
見渡す限り海。そして観光地というわけでも無いため人が全然いません。
「わー! わー! かーさん、あおいよ!」
「そうですね。これが海です。近くまで行ってみましょう」
「て!」
「ん?」
手を差し出すリエン。これはどうすれば良いのでしょう。
「かーさんころばないようにぼくがてをつなぐ!」
「ふふ、リエンも紳士になってきましたね。わかりました。ここはお言葉に甘えて手をつなぎましょう」
砂浜を一歩ずつ歩き、そして海にたどり着く。
波の音が心地よく聞こえ、それをぼーっと眺めていた。
「すごい! これってぜんぶおみず?」
「そうですね。でも海水は直接沢山飲んじゃ駄目ですからね。せめて舐めるくらいにしてください」
キラキラした目で海を見つめるリエン。もしかして触ってみたいのでしょうか。
「何をしているのですか? 海さんが待ってますよ。ちょっと触ってみたらどうですか?」
「いいの!? わー!」
そう言ってリエンは走って海に足をつけた。
「つめたーい!」
その場で足をばしゃばしゃと足踏みし、水が飛んでいます。
「しょっぱーい! なにこれなにこれー!」
「ふふ、怪我しないようにしてくださいね」
一人で遊ぶリエンを見てワタチはその場で座りました。
村には年の近い少年がもう一人いましたが、連れて来るべきだったでしょうか。一人で楽しそうに遊んでいますが、実は同い年くらいの人ともっと遊ばせるべきでしょうか。
と、その時でした。後ろの方から人の気配を感じました。
一人や二人ではありません。音を聞く限り鉄……刃物の音が少々聞こえます。
「名前を言ってください。ワタチ達を狙う盗賊の一行でしたら命の保証はできません」
リエンに見えないように手の内側に魔術を仕組み警戒。
「フーリエ殿。私です。ガラン王国女王のシャーリーです」
王族?
徐々に人影がはっきりと見え、数名の騎士と立派な服を着飾っている女性がゆっくりと近づいていました。
「し、失礼しました。こんな人がいない場所で背後に気配となると盗賊だと思いました。まさかシャーリー女王様だったとは」
「いえ。こちらも『お忍び』でここへ来たので。それにしてもさすが名高いフーリエ殿です。護衛の全員が警戒体制に入りましたがおそらく手も足も……いや、娘の前でこれを言うのは野暮というものですね」
「娘……」
シャーリー女王様の背中には小さな少女が隠れていました。
「ああ、シャムロエ様が言っていたお姫様ですね」
「シャルロット。ご挨拶しなさい」
「しゃるろっと・がらんです」
前に出てペコリと頭を下げる小さな女の子。綺麗な金髪は親譲りと言った所でしょうか。
「息子も海辺で遊んでいるので呼びますね。リエン―」
「あい! って、うおあ!?」
沢山の兵士に驚いたリエンはワタチの背中に隠れました。
「大丈夫です。皆さま良い人ばかりですから。『ね?』」
ワタチの一言で兵たちが背筋を正しました。
よく訓練された兵たちでワタチも安心です。
「り……りえんです」
「まさかフーリエ殿にご子息がいたとは」
「血は繋がっていません。事情こそありますが、我が子同然の様に育ててますね」
「ち?」
おっと、リエンには内緒でした。
「何でもありません。とりあえずそういうことです」
「そうですか」
そんな話をしていると金髪の少女はシャーリー女王様の服をつんつんと引っ張っていました。
「ああ、大人の会話を聞いていても楽しくないでしょう。そうですね、フーリエ殿の……リエン殿と遊んで来なさい」
「はい。母上」
そう言われてシャルロット様はこちらへ近づいて来ました。リエンは恐る恐るシャルロット様を見てまたワタチの背中に隠れました。
「紳士に育てているリエンも、流石に同世代の少女を初見……しかも最初が姫というのはハードルが高いですね。いや、これも試練です。リエン、シャルロット様と一緒に海で遊んでください」
「かーさん、なにをすればいいかわからない」
同世代相手に困っていたというより遊ぶ内容に困っていたのですか。
「リエンは先ほど海に足をついて冷たかったりしょっぱかったりと体験をしました。シャルロット様にも同じように体験させてあげましょう」
「が……がんばる!」
そう言ってリエンは手を差し伸べてシャルロット様と手をつないで海へ行きました。二人は恐る恐る海へ入って、そして笑っていました。
「ほっ」
その光景を見て凄く安心しました。リエンの子供が出す特有の表情を久しぶりに見たように思えます。
「大陸屈指の大魔術師であるフーリエ殿も、息子の前では無力ということですか?」
「残念な事にそのようです。貴女のようにお腹を痛めて産んだわけでも無く、唐突に訪れた子育てという壁に右往左往と動き回って、何が正しいのか分からないまま進んでいました。今もまだ答えは見つかっていませんね」
「それを言ったら私もですよ。家庭を持つ兵士達も子供の気持ちを全て分かる人なんていないと思いますよ」
後ろの兵達は全員背筋を伸ばして微動だにしません。意見を聞きたいのですが女王様を前にして話すのはできないといった所でしょうか。
「それにしても意外でした。娘があれほど楽しそうに笑う姿は初めて見ました」
「家……城では笑わないのですか?」
「本を読んだり積み木を使って遊ぶことはあってもあそこまで笑いません。子供の気持ちを探ろうと魔術師に心を読ませてみましたが、子供の心は抽象的すぎて解読ができないという結果でした。将来女王になる者とは言え今は子供。楽しい思いを知らずに大人にはなってほしくないと思い色々苦悩していました」
女王様も子供の前では無力なのですね。
ん?
何かおかしいような?
「まさかとは思いますが、シャムロエ様にここへ来いと言われましたか?」
「どうしてそれを?」
ふむ。仕組まれた感じでしょうか。
「いえ、ワタチもリエンの気持ちが分からず苦悩していた所にシャムロエ様が訪ねてきてここへ行って来いと助言をされました」
「そう言う事だったのですね。というかまたあの方は城を抜け出して……いや、この際小言だけ言って許します」
忘れてました。確か『お忍び』でしたね。
「まあ、今日はあの子にとってとても良い時間だったと思いましょう。5歳なのでもしかしたら忘れてしまうかもしれませんが」
「『思いましょう』というのはどういう意味でしょうか。まるで願望のような、そうあって欲しいという感じがします」
その問いにシャーリー女王様は苦笑してワタチに答えました。
「だって、実際楽しかったかどうかを思うのはあの子達自身で、私達が決めつけるものでは無いでしょう?」
☆
リエンはすっかり遊び疲れて寝てしまいました。
ワタチの背中におんぶされながら寝息を立てて寝るリエンの表情は笑っていました。
「んあ! ふえ、かーさん?」
と、突然目を開けてワタチを呼びました。
「ここは……?」
「ふふ、遊び疲れて途中で寝ちゃったのですよ。楽しかったですか?」
「うん。あれ……おんなのこは?」
名前を憶えていないのでしょうか。そう言えばまともに自己紹介していないようでしたね。
と言っても相手は一国の姫ですし、普通の女の子と遊んだという記憶だけの方が幸せでしょう。
「リエンと一緒で帰る途中で寝ちゃってました。とても楽しかったと言ってましたよ。流石ワタチの息子のリエンですね。女の子をしっかりエスコートしてました」
「うん……よかった……」
眠い所為なのか、声が少し小さい気がします。
「かーさんはたのしかった?」
「ワタチですか?」
「かーさんもいっしょにうみをみた。かーさんはいつもたいへん。きょうはいっしょにたのしむひ」
ワタチはいつもリエンの前ではそこまで忙しい素振りを見せないつもりでしたが、リエンの目では忙しそうに見えたのでしょうか。
「ワタチも楽しかったですよ。同年代の二人が楽しく遊ぶ姿が見れてとても良かったです」
「みてるだけでたのしいの?」
「そうですよ。これは大人にならないとわからないですよね。リエンの楽しむ姿を見るだけでワタチは楽しいのですよ」
「よかった……くー」
そう言ってリエンはまたワタチの背中にポトッと頭をつけて寝てしまいました。
ワタチはいつもリエンの事を考えていますが、リエンは逆にいつもワタチを考えてくれているのでしょうか。
この小さな頭の中で精一杯色々な事を考えているのでしょうか。
☆
日も暮れて家に到着し、リエンを布団に寝かせて広間へ行くと、朝訪れたシャムロエ様が椅子に座っていました。
「不法侵入で通報しましょうか?」
「王族を通報なんてできるのは貴女くらいよ。それよりも楽しかった?」
「はあ、人の悩みを解決と見せかけて身内の悩みを解決する辺り策士ですね」
「人聞きが悪いわね。偶然悩みが一致したから会わせただけよ。シャーリーも公務が多すぎて娘との時間が少ないから、どう接して良いかわからずに五年も過ぎちゃって、接し方がわからなくなってたのよ」
「一方でワタチは毎日接していますよ。女王様とは時間が違いますよ」
「そうかしら。お店の手伝いを進んでやって、勉強もしっかりとやって、絵に描いた良い子という印象だけど、それは貴女が望む子供なのかしら?」
ぐ……それを言われると何も言えませんね。
「まああくまでも家庭の事情にとやかく言うつもりは無いけど、遠目で見てフーリエが熱暴走しかけていたからおせっかいをしに来ただけよ。リエンも同世代の子供と遊べて楽しかったんじゃないかしら?」
「そうだと思います」
「思います? そこは見てわからないの?」
「楽しかったかどうかは本人の心の中です。ワタチ達が主観で決めて良い物では無いのですよ」
シャーリー女王様の言葉を少し借りました。実際リエンが楽しかったかどうかは表情を見ればわかります。けど、それをワタチの口からは言いません。
「かーさん……」
と、シャムロエ様と話していたら後ろからリエンの声? 布団に寝かせたはずですが。
「んー」
「あ、トイレで目が覚めちゃいましたか。仕方が無いですね」
「じゃあ私はおいとまするわね」
微笑むシャムロエ様。ゆっくりと立ち上がって出口へ向かって行きました。
「一応お礼は言います。ですが貸とは思わないでください」
「それでいいわよ。これはただのおせっかいで、私の暇つぶしだからね。リエンもまたね」
「ん……おきゃくさま? またおまちしてます」
トイレと眠気を我慢しつつお見送りですか。相手が王族なのになかなかの根性ですね。
「ええ。いずれまた」
そう言ってシャムロエ様は帰っていきました。
トイレを終えてまた布団に入るリエン。寝るまで近くにいると話しかけてきました。
「かーさん。きょうはうみにつれていってくれてありがとう」
「ふふ、楽しかったですか?」
「たのしかった。おんなのこもわらってた。ぼくもわらった。うみがばしゃーって」
「そうですか。お魚はいましたか?」
「んー、みつけられなかった。でもいっぱいきれいないしがあった。またかーさんとおんなのこといきたい……」
姫を誘うには手続きが……いや、警備とかが面倒なんですが……まあリエンに頼まれたら頑張りますか。
「こんどいくときはおべんとうはぼくがつくって……くー」
そして寝ちゃいましたか。相変わらず可愛い寝顔を……。
いや……こうして寝顔をじっくり見るのは初めてですね。
いつも初めての子育てに忙しく、寝顔を見るという事に意味を感じず見過ごしていました。
沢山遊んで疲れた寝顔はとても穏やかで、背中で寝ている時よりも安心しきっている。そんな表情です。
「子供というのは不思議な生き物ですね。すぐに泣いてすぐに笑って、簡単に壊れそうなのにどこか強い。本当の母親じゃないのがとても悔しいですね」
空から突然降ってきた赤子のリエンを拾い育ててきたからこそ、悔しい。
血の繋がりが無いというだけでどうしてここまで悲しくなるのでしょうか。
「かあ……さん」
リエンが呼んできました。寝言でしょうか?
「……くー」
やはり寝言ですね。
ですが……そうですね。ワタチはこの子の『母さん』です。血のつながりが無いだけが引っかかりますが、それ以外はリエンを誰よりも知っています。
これからもこの子に訪れる出来事からすべてを守り、そして祝福するのが親の務めでしょう。
たとえ息子が先に亡くなるとわかっていても、この子の親だという事に変わりは無いのですから。
了
こんにちは。いとです。
まずは本作をご覧いただきありがとうございました。本作は『杖の剣士と剣の魔術師』という連載小説の外伝として書きつつも、時間軸をずらして一つの作品として書いてみました。
本作を書く上でキャラクターの設定をできる限り端折って書いております。主役であるフーリエの一人称は『ワタチ』という特殊な部分や『元人間』と言う不穏な部分もありつつ素通りしたり、ご近所感覚で王族が来たりしてますがそれも素通りしたりなど、本作ではそういう部分の説明をあえてざっくりと端折って進めております。
なかなか短編で長々と設定を盛り込むのも難しく、かと言って何もないと寂しいので、ボンとなんか凄い人が来たーくらいの感覚ですね。
本作を少しでも楽しいと感じていただけたら嬉しいです!
また活動報告や連載中の小説もぜひぜひよろしくお願いします!