第1章 続きの始まり
太陽が昇り始め、少しずつ明るくなってきた頃、木々が生い茂る山の中を二人の人間が歩いていた。先頭を進んでいる人間はかなり年を取った老人で髪の毛は白い。腰も少し曲がっている。老人の後ろを歩くもう一人の人間は、若い男性だ。歳は10代半ばくらいで背が高く、髪は短く黒い色をしている。
歩みを進めながら若い男性が老人に声を掛ける。
「おい、じじい、こんな朝早くから何処に行くんだよ」
「誰がじじいじゃ、わしはまだまだ若くてピチピチじゃ!」
「鏡見てから言ってくれるか?」
「全く可愛げの無いやつに育ってしまったものじゃ、昔は、『清志おじいちゃん~』と笑いながら駆け寄って来てくれておったのに」
「そうやって駆け寄った実の孫に『甘えるなーー!』とか言って、ぶっ飛ばしたの何処の誰だよ」
「そんな酷いことをする奴がおるのか? 許せんの~、見つけたら逆にぶん殴ってやりたいわい」
「おう、じゃあ俺が殴ってやるよ」
「まあ、冗談はさておき、大翔よ」
「俺は、冗談じゃ無く本気で殴る気だったんだが」
大翔が拳を強く握りしめていることなど気にせずに、前を向いたまま清志は話しを続ける。
「お前、異世界はあると思うか?」
「はあ? 何だ、いきなり」
「異世界じゃよ異世界、ほれ、ドラゴンとかがおるような」
「ぼけてるのか? それとも、その歳で中二病か? 後者だった場合、孫としては何とも言えない気持ちになるな」
「真面目な話しじゃよ、それで、どう思う?」
清志は、顔を大翔の方に向けもう一度問い直した。大翔はさっきのふざけていた空気と違うことに気付き考えることにした。
「異世界ねぇ、 ・・・分からない、としか言い様がないな」
「ほう、何故じゃ?」
「誰かが確認した訳でもない、自分が体験した訳でもない、曖昧で答えが分からないものだと思ったんだ。今、俺達がいる世界とは違う場所が絶対にあるとも言えないし、逆に絶対に無いとも言い切れないんじゃないかって」
「なるほど、それがお前が自分で考えて出した答えか」
「答えというか、まあ、そんな感じだ、てか、この質問、何か意味あるのか?」
「さぁ、どうかの?」
「さぁって、じじい、いい加減に・・・」
「ほれ、もうすぐで目的地に着くぞ」
二人がたどり着いた先には洞窟があった。入り口は、決して大きいものでは無かったが人が二人入るには十分な広さだった。入り口の前まで進み、大翔が質問をする。
「ここが、目的地か?」
「そうじゃ、正確には、この中に用があるんじゃがな」
「洞窟の中にか? 一体何があるんだ?」
「それは、見てからのお楽しみというやつじゃよ」
「随分と勿体ぶるんだな、別にいいけど」
「それじゃ、行くとするかの」
「中は大分暗いみたいだけど、明かりはどうする?」
「心配はいらん」
そう言うと清志は、数歩、洞窟の中に歩みを進めた。すると、洞窟の側面に火が灯った。それは、一定の間隔を開けながら灯り続け、先に進むには十分な明るさになった。清志はそのまま歩き進め、大翔もその後ろについて行く形で進んでいった。
「しかし、この山で修行をしたことはあったが洞窟があったなんて知らなかったな」
「まあ、簡単には見つけられるような場所では無いからな」
「じじいは、ここに来たことあるのか?」
「昔、一度だけな」
「昔って、いつの話しだよ」
「わしが、お前くらいの年のころじゃよ」
「本当に昔だな、一体何しにこんなところに来たんだ?」
「・・・世界を救いにかの」
ぽつりとその言葉を呟くと、少し悲しげな表情になっていた。後ろを歩きながらその様子に気付いた大翔だったが、どうして自分のじいさんがそんな言動を取ったのかは理解出来ていなかった。そんな会話をしているうちに、二人は鉄製の扉の前まで来ていた。清志は、扉の前まで行き両手で扉をゆっくりと押していった。扉が少しずつ開いていき最後まで開くと、そのままピタリと止まった。
「ほら、入ってこい」
扉の中に入って行った清志が手招きをして大翔を呼ぶ。言われるがまま中に入り周りを見る。そこは、広間になっており、物も何も置かれておらず空っぽの状態だった。ただ、真ん中には地面から筒状のものが出ていた。
「何だ、ここ? じじいの秘密基地か?」
「残念ながら違うの」
「じゃあ、何なんだよ。俺をここに連れて来たのには理由があるんだろ?」
「お前はこの場所に何かあるように見えるか?」
「ん?何も無いように見えるけど?強いて言うなら真ん中に穴か何かがあるように見えるってことくらいか?」
「そうか、・・・大翔よ、さっき話していたこと覚えてるか?」
「さっき? 異世界がどうのってやつか? それが、どうした?」
「わしらがいるこの世界とは違う、異世界は存在する。もちろん、行き方もある」
「だから、それが・・・」
大翔は途中で話すのを止め、先ほど自分で言っていた穴に視線を向けた。どうして、そうしたのかは分からない。そして、一つの考えが頭に浮かんだ。
「これが、異世界への扉ってことか?」
「残念ながら、わしには見えておらんのじゃ、今お前に見えているものは」
「ふざけてんのか? 大体扉が見えてるからどうした? 俺は、異世界に行くつもりはないぞ。行く理由がない」
「理由か、それはお前自身で見つけなくてはならん」
「いい加減にしろ、何で俺が・・・」
清志に近づこうとすると、急に意識が朦朧としだす。
「そろそろ眠くなってきたか?」
「何、しやがった」
「わしは、何もしてはおらん」
「じゃあ、これは一体」
「普通ならもう意識を失ってもおかしくないんじゃが、強くなったのう。じゃがもう限界じゃろ」
「まだ・・・・まだ」
「やれやれ、随分と粘るな」
「あたり・・・まえだ。何も知らない状態で、自分にしか見えない物を見て、目が覚めたら違う世界にいますとか笑えないだろうが。せめて、教えろよ。じじいの知ってること全部」
「・・・悪いが、時間がないのじゃ」
清志はそう言うと、大翔の肩に手を置き顔を見る。清志は、大翔の額の前に手を持って行き、指で軽く押した。力はあまり入っていないが、限界まで保っていた大翔の意識を飛ばすには十分だった。
「じい・・・ちゃん」
意識を失った大翔は、後ろに倒れそのまま穴の中に逆さに落ちていった。とても、深く、暗い、闇の中にーー。
「あれ?ここは?」
気が付くと、目の前には白い世界が広がっていた。辺りを見渡し、もう一度前を見る。すると、そこには長い緑色の髪をした少女が立っていた。その少女は、ゆっくりと近づき何か話そうとしている。しかし、何を言っているのか分からない。声が聞こえないのだ。
「悪い、何を言ってるのか分からない。君は誰なんだ?」
大翔の声は少女に聞こえるらしく、もう一度口を動かしていた。それでも声は聞こえない。すると、少女は悲しそうな顔をして下を向いてしまった。
しばらくすると、顔を上げて優しく微笑んでいた。大翔は、いきなり笑顔を向けられたので戸惑った。彼女の笑顔がとても可愛かったからだ、ということは口が裂けても言えないだろう。
不器用ながらも大翔も笑顔を返すと、少女はくるりと背中を向けて歩き始めた。
「ちょっと、待ってくれ」
少しずつ遠ざかって行く姿を見て、大翔は止めようとするが体が思うように動かない。よく見ると体が足の方から消えていっている。徐々に体が消えていくが、不思議と焦りはなかった。
もう一度前を向くと、歩みを止めた少女もこちらを見ていた。
よく見ると、口を開いて何か伝えようとしているのが分かる。
『待っていたよ、君が来てくれるのを』
大翔は驚いた。さっきは確かに聞こえなかった。今も実際に声は聞こえていない筈なのに少女が何を言っているのかが分かったからだ。
『もう少しだけ待っているね。だから・・・』
最後の言葉を聞けないまま体が全て消え、意識も途絶えたーー。