デート
11月の3連休の中日、駅前はデートに向かうのか流行りのファッションに身を包んだ女の子や落ち着いた夫婦など様々な人でごったがえしていた。
みずきはお気に入りの細身のデニムに長袖のTシャツを着て流行りのジャンパーを羽織ってきたが、スカートにすればよかったかなと少し後悔していた。
ヒカリの車はみずきにはすぐに分かったが、取り立てて目立ってもいなかった。
車に近寄っていくと、ヒカリが運転席から助手席のドアを開けて、「おう、乗れよ」と笑顔で声を掛けてきた。みずきは助手席に乗り込んだ。
車は国立府中インターから八王子の料金所を通過して、中央道のくねくねと曲がった山の中を開拓した道を走っていた。
「どこ行くの?」
「ひみつ」
この人は本当に何を考えてるんだろうと思いつつも、みずきの気分は弾んでいた。
先ほどまでしとしとと降っていた雨も止んで、曇りぞらがうっすら明るくなってきた。
「あ、虹が出てるよ。綺麗!虹に近づいていくね。虹の端っこ行けるのかな?」
みずきが虹を見つけてはしゃいでいると、ヒカリは落ちついた様子で答えた。
「虹の端っこには簡単には行けないの。ここから見える端っこについてもまた虹の端っこは違う場所になってるんだよ。だから虹のたもとには宝物があるって言われていて見つけた人は幸せになれるって言われてるんだよ。」
まるで歌詞の様に綺麗な言葉にみずきは感動しながらも、虹の中には行けない事を残念に思った。
「そうなんだ、じゃあ宝探ししなきゃだね。幸せって結婚のことなのかなぁ。結婚といえばね、6月の花嫁は幸せになれるんだよ。青いものを持つの。あとね、古いものと新しいものと、借りたものと6ペンス銀貨。」
「なんだそれ?」
ヒカリが不思議そうに尋ねた。
「マザーグーズっている童話に出てくるの。6ペンス銀貨は左の靴の中じゃなきゃいけないんだって。
」
無邪気に結婚式の話をするみずきは、特にヒカリと結婚したいと考えているわけではなかった。みずきにとっては結婚というのは子供の夢のままだった。
「ついた。」
ヒカリが森の中に車を止めた。
「山の中だね、何もないよ?でも落ち着くね。」
みずきは木々が発するマイナスイオンを吸い込もうと深呼吸した。
「ハイキング、山登るぞ」
「山登るって、私普通の格好だよ。」
「大丈夫、往復4時間くらいだから。」
4時間もあるけば結構な時間だと思いつつ、バスケット部で毎日4時間くらいは運動しているので、
大丈夫だとみずきは思った。
「はーい」
木々はところどころ紅葉していた。緑色のままの常用樹も、根本には苔が一面に広がり神秘的だった。
緩やかな坂道も段々と勾配が急になっていき、時折手を付かなければ登れない大きな岩が道を塞ぐ。
そんな山道を2時間程歩くと急に道が広くなり「日本の秘湯 本沢温泉 日本最高所」という木の看板に辿りついた。
十分なスペースを開け横にはL字型を反転した形で山小屋が縦横に2棟建っていた。どうやら奥が宿で手前が宿が日帰りの観光客や登山客に飲食を提供するスペースらしい。外の木製のテーブルにそばやカレーを置いてすわり心地の悪そうな木の椅子に腰かけて昼食を食べている登山客がまばらにいた。みな、本格的な山登り用の服を着ている。カジュアルな格好とはいえ街からぽっと出てきた様な格好の二人はこの場所には少しだけ似つかわしくなかった。みずきはすこし気はずかしさを感じた。
「山登りするって教えてくれたら、Mont-bellで服買って貰ったのに」
うらめしそうに言うみずきだった。ショッピングモールで見かけるからみずきも山登りの服が何処で売っているか知っていた。
「良く知ってるなぁ。山登りってほどじゃないよ。あの人達はもっと上まで登るの。俺らはここでちょっと休んでから山を下りるから。見せたい景色があるんだ。でもその前にお昼ごはんね。そばとカレーとカップラーメンどれれがいい?」
そういってヒカリはブランド物であろうお財布を出して山小屋の宿側にある受付へと歩いていった。
昼食を食べている間もみずきはヒカリが見せたい景色はどんな景色だろうかと気になって仕方なかった。
ヒカリは楽しそうにお昼を食べている様だった。
反L字型の形をした山小屋を後にして、広い道を少し歩いてから、坂を下る。
川沿いに木の枠で作られた四角い小さな水がめの中に人が浸かっている。眼下には八ヶ岳の山々が聳え建つ。
「ここは日本で一番高い場所にある露天風呂なんだ。更衣室が無いからみずきは入れないけど、景色が綺麗でしょ。ここに来ると音楽の世界でも一番高い場所に行ける気がするんだ。」
ヒカリの目は遠くを見つめていた。