連絡
道ゆく人は半袖から長袖へと変わりつつある。この時期は夏服のままの人もいればいち早く秋服を取り入れる人もいる。学校の制服も長袖を許可する時期に入った為、みずきは長袖のブラウスにブレザーを着て少し短めにしたチェックのスカートが風にゆれる。塾からの帰り道みずきは携帯を眺めて溜息をついた。
あれからヒカリからは連絡は無かった。みずきはメールを作っては消し作っては消し、下書きのフォルダには未送信メールが溜まってゆく一方だった。ipadのイヤホンから聞こえるSvivalの音楽を聴きながら、みずきはヒカリと出会った日の事を思い出していた。みずきの年齢を知って送ってくれた事を考えればヒカリは真面目なのだろうと思う一方で、ヒカリの周りには素敵な女の人が沢山いるだろうらみずきの事なんて何とも思っていないのだろうとも思うみずきだった。そんな事を考えながら60坪ほどの家のブラウンの大きなドアを開けると、母親がみずきに声を掛けた。
「お帰り。みずき、お父さんが浮気してたの。」
母親は意気消沈というよりは何か決意を固めている様だった。そんな事を子供に伝えるなんて、感情的だとみずきは思いながらも母親の話を聞く事にした。
「そうなんだ。」
「お天気を伝えるお父さんがどこかからもらってきた機械があるでしょ?あの中に女の人の連絡先が入ってたの。お父さんの鞄から相手の写真もでてきたのよ。」
「お母さんね相手の女の人の親に電話したのよ。そうしたら夫を管理できないあなたが悪いって言われたの。」
恋愛経験のとぼしいみずきには母親が怒っているのか悲しんでいるのか分かりかねたが、たぶんどちらもなんだろうとみずきは判断した。
「それでどうするの?嫌なら離婚すれば?」
「あんたは本当に冷たい子ね。」
みずきとしては母親の人生を考えて離婚した方がよいと思ったからそういったのだが、母親にそんな事を言われて人生で一番と言っても過言ではないくらいのショックを受けた。
そう言って母親は洗濯物を畳みに別の部屋へ移動した。
それからというもの毎日夜中になると父親を責め立てる母親の声がみずきの部屋まで聞こえていた。
窓から差し込む光に朝を感じつつも、いつもの様に顔を洗い髪をセットして、重たい気分で朝食を食べ、またいつもの様に歯磨きをして、みずきは学校へと向かった。
「おはよー」
「おはよー」
クラスメイトに挨拶をするも、みずきは楽しそうに話すクラスメイトの会話に入る気分ではなかった。
一緒にライブにいった緑は親の都合で転勤してしまった。
数年に一度風邪をひく以外に学校を休んだ事も遅刻した事もないみずきだが、朝のHRの前に屋上に向かった。お嬢様学校のこの高校でみずきの悩みを分かってくれる人は居ないんじゃないかとみずきは思い込んでいた。
屋上の重たい扉を開けると少し肌寒さを感じつつも、みずきは解放感を感じた。勿論、誰もいない。みんなが授業を受けているのに屋上にいるという罪悪感もあった。
ピコンという音がした。
携帯を見るとヒカリからのメールだった。
「よおおこちゃま、元気か?日曜日の9時に府中の駅前集合な。」
相手の都合お構いなしな所とタイミングの良いメールに驚きながらも、みずきは救われた気分だった。