4話
一体どこで知り合ったのか…
息子は連れてきた少年を、学園の後輩だと紹介した。少年は息子の金色の瞳ににっこりと微笑まれても微動だにせず、静かに、落ち着いた所作で私に礼を取る。
「お久しぶりです、公爵様」
―ほぅ。
表情に出すことは無かったものの、その言葉に感嘆の気持ちを抱く。良くここを見つけたと。
逆に僅かだが驚きの感情を見せたのは息子の方だ。まだまだ修行が足りないらしい。
私は黙ったまま少年を見つめる。
彼を知っているとも、知らないとも答えない。
その必要も無い上に、まだその時期でも無い。
ただ一つだけ、息子に向けて言葉を告げた。
公爵家自慢の庭まで案内してあげなさい。
美しく咲き誇る大輪の花が見れるかも知れないと。
少年の目に一瞬苛立ちの様な色が浮かぶ。
だが次の瞬間には綺麗にそれを無くし、息子と共に部屋を出ていった。
運のいいことだ…
今日はあいつが来ている。
ふと気を引かれて外に目を向けると、まるで縫い付けられたかの様に、その場に固まっている少年が見えた。
それ以降、誰も立ち入らない庭園の外から、
その先にある何かをじっと見つめる人影を、しばしば見かける事になる。
その顔にあの日と似た表情を浮かべて。
王家との約束の日が近づく中、私の周囲は俄に騒がしさを増していた。
何人の側室を取ろうと、未だ子の産まれぬ王から向けられる、焦燥と憎悪に似た感情を含んだ視線。その中に、僅かだが期待と劣情が混じっているのを感じる。
そして、王の視線が向かった先に、我先にと群がるハイエナの群れ。
騒々しさが増すほど、私と息子は冷静さを貫いた。それが逆に高潔だなんだと、何かの熱を持った言葉に変わろうと、知らぬ存ぜずでやり過ごす。
―そろそろか…
そう思っていたある日、私の元に報告が届く。
王の手付きとなった王妃付きの侍女が懐妊した
と。
待望の懐妊の報せに、王家は上を下への騒ぎ様だった。侍女はあっという間に側妃に召し上げられ、我が公爵家に後見になるよう白羽の矢が立つ。
家令と妻にもその旨伝えると、ふんわりと妻は微笑んで了承の旨を伝えた。
あの子が…そう呟いた声は私と家令の耳にだけ届いた後、風の中に消えた。
懐妊した側妃の世話係として、妻は登城の機会が増えた。
元侍女の側妃は、自分と腹の子の身を案じているらしい。理性的に考えれば無い話だと分かるだろうに。妻がどれだけ慰めようと、王妃が、他の側妃が…と日々顔色を悪くしながら益々妻に依存している様だ。
もし腹の子に何かあれば…
下火になってきたスペアの存在に、目を背けられぬ事態となるのに。
妻が、ふと思い出した様に私に告げてきた。
そう言えば、近々新しい側妃が召されるかもしれないと。その側妃はとてもとても美しく…聖女であるとの噂もあると。
うっかりあの子に話してしまいましたわ…
そう言って微笑む妻の顔はとても妖艶で…私はこれ以上無い優しさと愛しさを込めて、自身の唇を持って、妻のそれをふさいだ。
宰相である私に、元侍女の側妃から面会したい旨、連絡が届いた。ある噂の真偽を確かめたいと。
その顔色は酷く青ざめ、折れんばかりに手を握りしめている。
私はそれに是とも否とも答えない。
ただ一言、貴女様のお務めを果たされませ…と
そう答えてその場を辞した。
それから元侍女の側妃は、妻と王以外のほぼ誰とも会わなくなった。
日々大きくなる腹を抱きしめ、あなたがいれば…
と、うわ言の様に繰り返しているらしい。
それから暫く後、私はある場所に向けて王宮を走っていた。
辿り着いた部屋の中には、睦合っている最中だったであろう男女が寝かされていた。
少し離れた場所で、王妃が泣き崩れている。
あの方にも、何らかの気持ちがあったのか…
少し意外な気もしたが、宰相としてこの場を取り仕切る。
つい三月ほど前の情景が甦った。
その女性は小さな棺に縋り付き、ねぇ起きてとうわ言の様に繰り返していた。
ただひたすらに、起きて、起きてと。
だが、最後に見た彼女は…その時とは見違えるほど艶やかな笑顔を浮かべ旅立った。
恐らくは愛する者と共に…
そこで呼び掛けられた私は考える事を止めた。
数日後、王都に鎮魂の鐘が鳴り響いた。
鳴り響く鐘の数を持って、その意味を王都の民にも知らしめる。
―王の崩御。
それに伴い、私の即位が議会によって決まった。
読んで頂きありがとうございます。
明日で本編完結です。