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妖怪が出た  作者: 社聖都子
8/10

妖怪が出た8

登場人物

段下:旅館のオーナー

三木:旅館の執事

中尾:T大学超常現象研究会1年生 男 第1の犠牲者

五島:T大学超常現象研究会4年生 男 第2の犠牲者


植松:T大学超常現象研究会2年生 女 曽山の高校時代の後輩

白石:T大学超常現象研究会2年生 女 妖怪オタク

灰谷:T大学超常現象研究会3年生 女 よく寝る、空気読めない

ロバート:T大学超常現象研究会3年生 男 理系、何かに気付いたが倒れた

曽山:T大学超常現象研究会4年生 男 行方不明に 研究会のリーダー

「ダメね。」

落ち着いた声で灰谷が言った。

「何か、いくつか解せない点があるわね。」

灰谷が続ける。

「ロバートはさっき何を言おうとしたのかしら。そして毒だとしたらいつ摂取したのか。お茶からだとしたら誰が入れたのか。ロバートに飲ませたかったのか、誰でも良かったのか。今まで妖怪が出て死者が出たのになぜ今回は妖怪は出なかったのか。」

灰谷は一度喋るのをやめ右手を額に押しやった。

「今回の件だけでおかしな点が多すぎるわ。今までの経緯にもおかしな点がいくつもあるのに。そしてだいぶ眠いわ。」

そう言うと、ロバートのそばを離れ、椅子に座った。

ロバートが倒れてから、灰谷の行動は極めて迅速で的確だった。すぐにお茶を飲まないよう皆に注意すると、ロバートのそばに駆け寄り、呼吸を確認し、脈も確認した。その後少し目を閉じると「ダメね。」と言った。この間、僅かに1-2分。しかも今は既にすやすやと寝息を立てている。

「あまりに、おかしくないでしょうか。」

そう言った段下の声は震えていた。

「私もお客様にこのようなことを申し上げるのは失礼とは思いますが、灰谷様はこうしたことが起きるのをご存知だったのではないでしょうか。そして、自分が被害にあうことがないと確信しているかのようにも見えます。あまりに...。」

段下は途中で言葉を止めたが言わんとすることは皆に伝わった。皆はしばらく黙って下を向いていたが三木が口を開いた。

「あの。曽山様を探しませんか?」

伏せていた目線が三木に集まる。

「曽山様が消えてしまったのは明らかに不自然ですし、もし見つかれば、妖怪の居所も分かるかもしれません。妖怪に連れ去られたと言いますか、運ばれた可能性もございますし...。」

三木は植松を気遣い言葉を選びながら話きった。この提案に皆はスムーズに乗った。そもそも緊迫した状況で何もせずじっとしているのは、苛立ちが募るものだ。誰もがなんでも良いから、何か価値のある行動をしたかった。特に乗り気だったのがもちろん、

「妖怪!もちろん探すわ!」

先ほどの悲鳴からまだそう時間がたったわけではなく、仲間が大勢死んでいるにもかかわらずあまりに不謹慎であまりにマイペースだ。そう、あまりにマイペースなのだ、白石も、灰谷も。場の空気は凍り付いたが、三木がゆっくりと灰谷を起こす。

「そうね、確かにそれが今価値が高そうだわ。」

灰谷も賛同し、曽山を探すことになった。

「私たちは女性三人、一人になるのは避けたいところね。二組に分かれて探しましょう。私は段下さんと二人で良いから、あなたたち二人一緒に三木さんと探すといいわ。」

灰谷がきびきびと仕切ったが、

「いえ、灰谷さんは私と一緒にいて欲しいです。今の白石さんと一緒はちょっと…。」

植松が口を挟んだ。灰谷は横目で白石の方を一瞥した後、植松の方を見た。その目はどこか、冷ややかで厳しく見えた。

「そうね、それで良いわ。じゃあ、段下さん、白石をお願いします。」

「はい、彼女に置いて行かれないように頑張ります。」

段下は頷き、灰谷に答えたが、そのときには既に外に向かって出ようとする白石に若干置いて行かれているように見えた。植松はこのやり取りを聞いて、灰谷は運動能力の高い自分を白石とペアにしようとしたのかもしれないと思ったが、それは一つの可能性として頭の中にしまい込んだ。

「さて、私たちはロバートを殺した妖怪の足跡をたどりましょうか。」

白石と段下を見送った灰谷は三木と植松を交互に見やりながら事務的に言った。

「待って!」

思わずため口で植松が制止する。

「灰谷さん、先輩を探すんじゃないんですか?」

「曽山さんは妖怪にさらわれたかもしれない。それを前提に曽山さんを探すなら妖怪から探そうと曽山さんから探そうと、行きつく先は同じよ。曽山さんが首を吊っていた部屋に比べたら、ロバートがお茶を汲んでいた厨房の方がよほど着手点が多いと思うわ。」

そう言うと、灰谷はすっと厨房へ消えていった。一瞬三木と植松の目が合ったが次の間には二人とも灰谷を追っていた。

「三木さん。」

灰谷が追ってきた二人を感じ呼びかける。返事を待たずに言葉をつないだ。

「確か、妖怪はこの勝手口から中に入ったかもしれず、入った場合は、あっちの部屋へ行った。また、入っていないかもしれない。そうでしたよね?」

三木は静かに頷く。

「では、奥の部屋に入らせてもらいます。よろしいですね?」

灰谷が再度三木に問いかける。三木はまた静かに頷いた。

灰谷は扉を開け三木と段下の使用人室へと入っていった。その後を三木が追っていき、植松もその後ろに着いた。扉を抜けると一度廊下に出た。その先には三つの部屋の扉があり、その手前に窓が一つ。灰谷はちらりと窓に視線をやりその横をさっと通り過ぎると、奥の扉の一つに手を伸ばした。ドアノブを回すと、かちゃりと音が鳴りドアが開いた。灰谷はしばらく入り口付近からその中を眺めていたが、ドアを閉めると二人に向かって、

「トイレね。特に何ら変哲もない。」

と言った。

「左様でございます。使用人用のトイレでございます。」

と三木が答えた。答えは聞いているのか聞いていないのか灰谷は既に二人に背中を向け先の二つの部屋へと向かっている。奥の二つの扉のドアノブは、トイレの握って回すタイプのものではなく、握りを上下に動かす宿泊者の部屋と同じタイプだ。このことからも推測はついていたが、

「この部屋はお二人の部屋ですね?」

と灰谷はその前で念のため確認した。

「左様でございます。」

三木が答える。

「入っても?」

続けて灰谷が答えると、もちろんでございます。と言いながら三木は灰谷に近づいた。歩み寄りながら三木はポケットからカギを取り出して灰谷に渡そうとする。すると灰谷は、

「あ、でしたら結構よ。」

と言って踵を返し、三木と植松の横を通り過ぎた。厨房に戻りながら、

「勝手口から出て外を探しましょう。」

と言った。植松は全く流れについていけなかったが、ただ灰谷の後ろを歩いているだけなのも癪に障り、自分もトイレの扉を開けて少し中を見た。ごく普通のトイレに見え、すぐに扉を閉じて二人を追った。

「灰谷様、私共の部屋見なくて良かったのですか?」

廊下から厨房に入ると三木の声が聞こえた。植松も厨房に入ろうとすると、灰谷は厨房から勝手口に出ようともう勝手口のすぐそばまで行っていた。そこで振り返り三木に答えようとしていた灰谷と目が合った気がして、気まずくなって目を背け下を向いた。

「あの二部屋、鍵がかかっているのであれば、部屋の中を見る意味はないわ。中に入って抜けられる部屋はあっちだけ。窓にはカギがかかっている。トイレから外には出られない。お二人の部屋に入るにはカギが必要で、カギが壊されたりドアが蹴破られたりした跡はない。そもそもあそこを土足というか、素足なのかもしれないけれど、勝手口から入ってきたばかりの何かが歩いた形跡もない。」

「なるほど。すなわち、妖怪は中に入っていない。と。」

三木が納得したが、灰谷はすぐに否定した。

「いいえ、そうは言ってないわ。」

その答えに植松も驚き顔を上げ、灰谷の方を見た。

「選択肢は二つ。妖怪は中に入っていないか、そもそもあそこまで痕跡を残さずに動けるのなら、鍵をもらってわざわざ開けて部屋を見ても、何も出てこないわ。思い込みは思考を妨げますよ。」

灰谷はそう言うともう勝手口に向かっている。きびきびと行動するのは彼女の行動時間と睡眠時間の比率が他の人とは異なるからなのかもしれない。それが端目には、厳格で他を否定するように映る。が、今はそんなことを気にしている余裕があるはずもなく、二人は灰谷の後を追う。灰谷が扉を開けるとひゅうっと冷たい風が入ってきた。灰谷は勝手口から外に乗り出すと、外を見て右へ左へと視線をやった。壁を見てふと何かに気付くと中に戻った。

「三木さん、正面玄関から、靴を履いて勝手口に回れますか?」

「多少藪道になりますが、構わなければ旅館の壁沿いに回ることはできます。」

三木が答えると、では行きましょう。と灰谷は言い厨房を食堂の方へと歩いた。昨日の午前降った雨で五月にしては気温が低くそのおかげか、ロビーに寝かせてある二人の遺体からもまだ変なにおいはしない。3人はその横を通り過ぎると正面玄関で靴を履くと、外へと出た。玄関には白石の靴もなく、段下と白石もまた、外へと出ているようだ。旅館を出てすぐに、初日の肝試しとは逆側、右に曲がると、壁沿いに歩いた。旅館の角から確かに藪が生い茂っているが通れないこともない隙間の奥には、ぼんやりと勝手口らしきものが見える。灰谷は藪をなるべく根本で踏んで道を開けるようにしながら前へと進んだ。進みながら、

「三木さんは先ほどの私のように勝手口から身を乗り出して曽山さんを探したんですよね?」

「はい、左様です。」

「その後、外に出て殴られて、壁に頭をぶつけた。」

「はい。」

「そして中に戻った。」

「はい。」

「その間の、外に出た時は裸足というか靴は履いていない状態ですか?」

「いえ、勝手口に置いてあるサンダルをはきました。」

「なるほど。」

灰谷は藪をかき分けながら進んでいったが、前を行く三木がさらに藪をうまくよけてくれるおかげで植松は割と苦労なく二人の後ろを歩くことができた。藪を抜けると少し開けた道、道と言っても踏み鳴らされているだけではあるが、になり、そこからすぐに勝手口に着いた。

「三木さん、外に出た時の感じでどういう向きで殴られましたか?」

三木は勝手口に近寄ると、その時の様子を演じながら、

「外に出て、今来た道を背に屋敷の裏側の方を見やりました。どっちの方がまだ道っぽいかと言ったらあっちですので。そしたら後ろからガツン、と。」

と身振り手振りを加えて説明した。灰谷は聞きながら三木の演技とその向こうにいたであろう妖怪のいた場所を眺めている。

「そして、殴られた恐怖から急いで勝手口の中に逃げ込みました。」

「勝手口に逃げ込んだ三木さんを追うために、勝手口のドアをどんどん叩かれたりとかはなかったんですね?」

「あぁ、そういえばそうですね。中に入ってこなかったとすれば、外を歩いて行ったのだと思います。」

「だとしたら歩いていくのはおそらく私たちが歩いてきた道ではなく、奥へ、屋敷の裏へでしょうね。屋敷の裏へ続く道はどう続いています?」

「この道は、行き止まりになっています。」

「そうですか…。とりあえず、行き止まりまで行ってみましょうか。」

灰谷はそう言って歩き出そうとしたが、ひゅうと吹き付けた冷たい風に小さく身震いすると、止まった。

「その前にちょっとお手洗い行ってきて良いですか?すぐ戻ります。」

そう言うと、返事も待たずに勝手口から中へと入り、厨房の奥の廊下へと小走りにかけていった。植松はそこで三木と少し待っていたが、今度はそこへ灰谷ではなく白石が屋敷の奥から歩いてきた。

ただ、その姿は血にまみれていた。

「ちょ!!」

植松が驚き白石に駆け寄ったが、白石はその場に崩れ落ちた。

「あ、由美…妖怪は…い…。」

なんとなくその表情は冷ややかにも笑っているように感じられた。

「う、植松様、私は白石様を中に運びますので、植松様は灰谷様を!」

三木が後ろから呼びかける。振り向いた植松の表情は泣き崩れていた。植松はそのまま勝手口から入ると、

「灰谷さん!灰谷さん!」

と叫びながらトイレの方へ走っていった。

ドンドンドンドン。

何度もトイレのドアを叩き、

「灰谷さん!」

と叫んだ。灰谷の声は意外な方から聞こえた。

「どうしたの?私はもう出てるわよ。」

厨房の入り口から灰谷がひょこっと顔を出す。それを見た植松の顔は一瞬安堵したのち、今度は凍り付いた。

「灰谷さん、いつ、出たんですか?」

「なによ、今さっきよ。いくら女性同士でもトイレの詳細なんて聞かなくてもいいでしょ。」

灰谷は答えると、

「で、どうしたのよ。」

「白石さんが、血だらけで勝手口の外の道を歩いてきたんです。」

植松はそう言いながら少し後ろずさんだ。だが、後ろにはカギのかかったドア二つしかない。

「何ですって?段下さんは一緒にいたの?」

「いえ、白石さん一人でした。」

「三木さんは?」

「今白石さんをロビーに運んでくれてます。」

それを聞くと灰谷は植松に歩み寄りながら、

「早くロビーに戻りましょう。」

と、座り込む植松に手を差し伸べたが、植松は拒否反応を示すように、

「いやっ!来ないで!!」

と叫んだ。

「どうして、あなたが一人眠っている間に五島さんと中尾くんが襲われたんですか?どうして、中尾くんを殺した妖怪は包丁を持った方なんですか?あなたが見たあの妖怪は三木さんが演じていたものだと、三木さんが話してくれました。その時眠っていたあなた以外みんな知っています。どうして、あなたがトイレに行ってる間に白石さんが襲われたんですか?あなたは本当にトイレにいたんですか?」

植松は溜まっていたものを吐き出すように一気にまくしたてた。その様子を灰谷は茫然と見ていたが、最後に植松がボソッと

「どうして、あなたはそんなに冷徹にいられるのですか?」

と言ったことで我に返った。

「その謎にはあとで答えてあげるわ。私が怖いなら、私が先に行くし私は近づかないから、今は早くロビーに行きましょう!」

そう言うとすぐに植松に背中を向け自分は厨房へと入っていった。植松も、何故言われるがままに歩くのか分からないが、流れ落ちる涙を拭きながら立ち上がると灰谷の後ろを追った。ロビーに着くとそこには五島と中尾の他に白石の体も寝かせられていた。

「三木さんは?」

誰にともなく植松は問いかけ、涙を拭いた。灰谷は三人を一瞥すると、申し訳なさそうに目線を背け玄関の方へ向かった。靴は勝手口にあるので、靴下のままフロアから石畳へ降りた。

「え?外に出るんですか?」

「あなたは、靴のままあがってるんだから特に困らないでしょう?」

「このまま外に着いていったら、外に段下さんが待っていて二人で私を殺すの?私が何をしたの?」

もう涙を流していない植松の目は、つい目つきで灰谷をにらんだ。灰谷はため息をつきながら、

「何がどうなるとそうつながるの?」

と植松に質問を返した。

「さっきの続きです。何かが起きたときにあなたと段下さんが一緒にいる時間がやけに長すぎる。この捜索の時も最初は自然に二人で組もうとしていました。もともと知り合いだったのでは?」

「たまたまよ。それにこの旅館を選んだのは私じゃないわ。その仮説は成り立たない。」

「そんなの、今となっては何とでも言えます。なんでみんなを?」

「なんで?この殺人に動機なんてないわ。猟奇殺人。そうよね?妖怪さん。」

灰谷は目線を植松より少し後ろ、少し上に変えた。植松は驚いて後ろを振り向くと、そこに妖怪が立っていた。植松は2,3歩後ずさると、玄関の段差を踏み外し、玄関の石畳にすとんと尻もちをついた。灰谷が素早く植松の後頭部を支えたため頭までは打たずに済んだ。妖怪はそのまま歩み寄ってきたが、灰谷は植松を支えたその姿勢のまま言った。

「いえ、三木さん。」

妖怪は足を止め、被り物を外した。

「なぜ私だと?」

「段下さんか三木さんかの二択は、勘です。」

「なるほど、では質問を変えましょう。あなたはここまでひどく落ち着いていたし、私たちに根姿もさらしている。いつから私たちが犯人だと?」

三木は手に持った大きな鉈の刃を二人に向けながら、足を止め言った。

「私たちはですね、もう察しているかもしれませんが、初めてではないのですよ。こういうことをするのは。でもこんなに落ち着いていた人は初めてです。」

灰谷は植松の頭を押し上げ一度座らせると立ち上がり、今度は植松の手を引き上げて植松も立たせた。

「私は寝てる時間が長い分、人が死んだことに実感を伴わなかったのかもしれないわね。あなたたちが犯人と確信を持ったのは今さっきよ。いくつか可能性があったものだから。あなた、自傷癖でもあるの?自作自演が好きなのね。」

「自傷癖とは手ひどい。ただ、犯人探しになったときに、自分を候補から外すのにうってつけなんですよ。被害者になるのは。あとは、一度疑われてしまうのもうってつけです。」

「そう、やはり私が寝てる間にあなたうちの誰かに疑われてるのね。」

「えぇ、殺人ではなく妖怪の方ですけどね。やはり、と言うことは、知っていたのですか?寝ていたのに。」

「T大のサークルですからね。みんなそれ相応に頭が良いんです。何らかの理由がなければ誰もあなた方を疑わないのはかえって不自然というものよ。」

「素晴らしい。あなたのような将来有望な女性を手に欠けることができるのは光栄です。」

三木の目が放つ狂気の光に、植松は身震いを禁じえなかったが、灰谷は冷静に返した。

「どうかしら。私は変わり者だしすぐ寝ちゃうから、社会に適合して活躍できるとは思えないわ。あなたが手にかけた、曽山さんやロバートの方がもっと将来有望な若者よ。ねぇ、曽山さんをどこにやったの?」

「さて、死にゆくあなたにそれを教えてあげる必要がありますか?」

「あら、意地悪なのね。私はあなたの質問に答えてあげたのに。真っ先に曽山さんを起こしに行ったあなたは、合鍵で静かに曽山さんの部屋に入り曽山さんを絞殺。柱に吊るした。この過程自体は夜に行われたものかもしれない。現実的に考えたら夜に行ったの方が正しいかしら。まぁ殺害のタイミングはともかく、その後、曽山様!ってこれ見よがしに大声でノックして合鍵でドアを開けたふりをした。そして悲鳴を上げる。夜に殺害をしていた場合、そのとき、部屋の中に落ちている何か手掛かりを見つけてしまい、部屋の中に入りそれを拾った。私たちの足音を聞いて、あの尻もちの体制で後ろにじりじりと下がり部屋から出た。その部屋から下がってくるところをロバートが見た。そのあと私たちも部屋の前に着き曽山さんを見て茫然とした。そう、部屋の扉を開け、あそこに曽山さんが首を吊っていたら、普通部屋の外で驚く。ロバートは中から出てきたあなたに違和感を感じた。だから厨房から出てきたあなたを見たときに違和感の正体に気付いた。それを伝える前にあなたに殺されちゃったけど。少し先の時間軸の話もしちゃったけど、私は最後に部屋の中をもう一度見て、何かちょっとおかしいなって思いながら下に降りる。下に降りると話はやっぱり自殺っぽい。この時、自殺っぽいと認識しておかしいなの正体が椅子がないことだと気づく。それから曽山さんを降ろそうという話になり段下さん先頭で二階へ行く。段下さんがついてから私たちがつくまでほとんど時間がなかった。私が最後にもう一度見てから段下さんがつくまでに何かができる仕掛け?とも考えたけど、私たちが目の錯覚であそこに曽山さんが首を吊ってるように見える仕掛け?とも考えられる。例えば段下さんは先について私たちがつく前までの間にドアの裏にあった鏡の向きを少し調整したとか。そういうことかしら?」

話し続ける間も灰谷は三木から目を離さなかった。植松は呆気にとられて灰谷の方を見ているのでなおのこと三木に注視している。

「さぁ、どうだろう。それが分かったら君にとって何かプラスになるのかい?」

「知的好奇心が満たされるわ。」

「本当かい?違うんじゃないか?残念ながら今日もお客様は来ないよ。君たちだけだ、予約は。」

三木がそう言うと、灰谷は舌打ちしながら三木に気付かれないように、自分の下打ちとタイミングを合わせて植松の背中を軽く叩いた。

「そうなの。もうちょっとお話してたら少しはあなたたちも焦りだすのかななんて思ってたんだけど。」

そう言うと後ろの玄関のドアに手をかけ、

「走って!!」

と叫ぶように植松に声をかけた。

灰谷が外に出て、植松も数歩遅れてそれを追った。植松の方が足が速いのでその数歩はすぐに追いつき横に並んだ。

「灰谷さん、あの、私、ごめんなさい。」

植松が灰谷の方を見て言うと、

「馬鹿ね、大丈夫よ。」

灰谷は走ることに余裕のない感じで答えた。一方、追う三木の方は見失わない程度に悠々と歩いている。

「どこに逃げるというんだね!」

大声で二人に呼び掛けた。が、しばらくすると、めんどくせぇ!と吐き捨てながら走って追い始めた。

「どこに逃げるんですか?」

前を走る植松も同じことを灰谷に聞くと、

「橋よ。」

と短く返ってきた。

「橋って。だって。」

植松は口ごもるが、

「橋が落ちてるって言ったのは三木でしょう?」

灰谷が察して言葉をつなぐと、植松もハッとなる。

「三木の話にはいくつかの嘘がある。もちろん、段下の話にも。例えば勝手口の奥、屋敷の裏側、あれは多分左右でつながってるわ。恐らく誰かが三木か段下から肝試しの時に行き止まりって説明されたんだろうけど、段下と三木は勝手口を使えば正面玄関を使わずに肝試しの道へ抜けることができた。橋が落ちたも多分嘘。彼らがここの旅館の人間なのか、旅館の人間を殺して成りすましてるのかは分からないけど、犯人が彼らである以上、いずれにしても一本しかない外に出る橋を落とすのは不自然。一本しかないも嘘かもしれないけどね。私は、走るので精いっぱいだからそろそろ黙るけど、由美ちゃん余裕があったら後ろ見て頂戴。三木がしっかり走って追ってきてるなら橋は落ちてないわ。」

植松は走りながら後ろを見ると三木との距離はほぼ開いておらず、むしろ迫っているようにさえ感じられた。年齢差を考えれば、向こうも本気で追ってきている。

「向こうも、走ってます。」

植松は見たままを灰谷に伝えた。

「そう、じゃあ、橋まで逃げ切って車に乗っちゃえば、私たち、生きてふもとに降りれるわよ。たぶん。」

「え?でも、車のカギ…。」

「私、ペーパーで運転する気がなかったから、曽山さんには黙っててもらったけど、一応免許持っててスペアキーは私が持ってるのよ。曽山さん慎重だから。こんなこともあろうとは思ってなかったでしょうけど、功を奏したわね。」

そう言うと灰谷はズボンのポケットから車のカギを取り出して、植松に見せた。植松はまだ全速力ではなかったが、灰谷も思いのほか走るのが速く、植松は少し驚いていた。ただそれ以上に離されずに走ってくる三木に対しても驚いていた。身体能力についても常々印象操作をしていたのだろう。木々の間を走り抜け橋が見えた。

「やっぱり!」

灰谷が珍しく大きめの声でテンション高く感嘆した。

「橋、かかってますね。」

「由美ちゃん、先に行って橋渡ってて良いよ。私を気にしなかったらもう少し速く走れるでしょ?」

灰谷は車のカギを差し出しそう言ったが、

「先に行っても結局車動かせないですし気休め程度にしかなりません。灰谷さんと一緒に行きます。先に橋渡ってください。」

返事の通り、灰谷が先に橋を渡ることになった。植松は後ろからくる三木に気を付けながらちょくちょく振り向きつつ灰谷のすぐ後ろを渡る。二人が半分くらい渡ったところで三木が橋に着いた。二人はつり橋の上はさすがに踏み外さないように少しペースを落としていたが、三木がズイズイと渡ってくるのを見、振動を感じ、二人もそこから橋の上を駆けた。そしてついに灰谷が橋を渡り切った。

「駐車場まで急ごう!」

振り向いて植松に声をかけた灰谷の表情には恐怖からの解放からか若干の笑顔が見えた。

「残念。」

「えっ?」

次の瞬間には植松の目に橋の横から谷へと落ちていく灰谷の姿が見えていた。

「うそ。」

小さくそうつぶやく灰谷の声が耳に残った。灰谷の手は宙に伸び何かを掴もうと必死にあがいた。が、その姿勢のまま谷底に落ちていった。植松はその場に立ちすくんだ。つり橋の柱の陰から段下が姿を現したとき、足元から、ボチャンと水音が聞こえた。

「段下さん、死体掬うの大変なんですからね。」

後ろから三木の声が聞こえ植松は後ろを振り向くと、三木はもう走ってはおらず、橋を少し進んだところで止まっている。最初からここで段下が待ち構えていることは分かっていたかのようだった。もう一度前を見ると、段下が橋に足をかけ一歩また一歩と歩み寄ってくる。植松は方向転換し、橋をまた渡り始める。

「おいおい、そっちに行っても三木がいるんだ。同じことだぜ。」

段下も、三木同様口調が砕け印象が大きく異なる。植松は橋の真ん中あたりまで歩いたがそこで座り込んだ。

いやぁあああぁぁあぁぁぁぁぁ。

女性の叫び声が静かな谷になりひびいた。その声は、すべての終わりを告げていた。


最後は一気に書いてしまったので長めになってしまいました。

区切りも難しく。

お楽しみいただけたら幸いです。

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