妖怪が出た1
プロローグ
車どころか人影さえない山道を1台のワゴン車がごぅごぅと音を立てて進んでいく。最近ではもうあまり聞かないエンジンの上がり具合が、車の古さを物語っている。
急なつづら折りの登り道も相まって、その車のゆっくりとしたスピードは、静かな山道に妙にマッチしている。
車はさらにスピードを落とすとゆっくりと止まった。中から1人の男が出てきて何やら車の中と話をしている。
「大丈夫じゃないすかね。パッと見た感じ。傷とかないですよ。」
男は若く10代か、あるいは20前半だろう。
「ホントか!?」
中からも男の声が聞こえる。
「ホントですって。曽山さん、心配性すぎっすよ。」
外の男が答えて車に乗り込もうとする。
「なら良いんだが。レンタカーだからな!傷つけら...」
バタン
大きな音を立てて車のドアが閉まり、また車が走り出した。
車の中には7人の男女が乗っていた。
「そもそも、何かにぶつかったってのも、ガタンって音も曽山さんしか聞いてないですしね。」
その中の女が話を続けた。
「もう早速出たってことですか!!?」
「単純に空耳かもな。曽山、運転お疲れ様。ってな。」
助手席に座る男が曽山をからかったが、曽山はにべもなく答える。
「お疲れ様ってお前な。お前も早く免許取れよ。」
7人のうち1人は運転手の曽山。どうやらこの集団の中では年上の男性のようだ。いかにも生真面目そうな男で車の運転にもその性格が現れている。
車の外に出ていた男は、茶髪でこのメンバーの中では若手のようだ。車に乗った後は携帯をいじっている。
車には女性も3人乗っており、うち1人は先ほど口を開いた女だ。黒髪のロングヘアで真面目で大人しそうな印象だ。
他2人のうち1人は寝ている。もう1人は本を読んでいる。読んでいた『心霊スポット100選』を閉じると
「ここはまだスポットじゃないみたいですよ。駐車場に車を止めて吊り橋を越えた先と書いてあります。」
どうやら車はそういうところに向かっているらしい。
「心霊現象が起きるなら本当に見てみたいよ。科学で証明できるものなのか、体感せずにできると言い張るのもおかしいしな。」
お疲れ様と言ったのとは違う男が口を開いた。男は眼鏡をかけた角刈りでいかにも理系という顔つきだ。
「ここで出ると言われてるのは幽霊じゃなくて妖怪だ。厳密には心霊現象とは異なるからな。まぁでも神隠しが起きるという噂もあるみたいだし、非科学的な現象とは遭遇できるかもな。」
運転しながら曽山が返す。
「妖怪でも幽霊でも心霊現象でも、超常と言われるものであればなんでも良いんです。それが科学的に実証できてなんら不思議なものじゃないと証明したくてこのサークルに入ったんですから。」
理系の男は頑なに貫いた。この集団、大学の超常現象サークルか何かのようだ。そう言われるとメンバー全員に共通するある種の臭いが漂っている。
「お?」
助手席の男が声を出した。続いてポツポツポツと幾粒もの水滴がフロントガラスに打ち付けられた。
「雨かー。肝試し濡れるなー。」
「傘持ってきました?おれ折りたたみありますけど。」
「ちょっと待ってよ!傘さして肝試しとか、先に行った人の傘見えちゃうじゃない。透明か黒のレインコートでしょ。」
「げー!マジすか!!つまりおれ、びしょ濡れ確定じゃないっすか。」
「まぁそうだろうな。このメンバーで肝試し行くのはもう3回目だが暗黙の了解で晴天でも黒っぽい服を選ぶような連中だ。」
「うおー!本格的すぎる!次からおれも服装気をつけます。」
「そうして。まぁ今回はしょうがないと言いたいところだけど、曽山先輩、実は予備の黒いレインコートを持ってきてるなんてことはぁ。」
「まぁリーダーとして当然の準備だよな。」
「さすが!!」
「流石すぎっす!!...ぬあっ!」
「ん?どうした?」
唐突に上がった驚きの声に、曽山がさっと応答した。
「いや、携帯が圏外になっちまって。いやぁほんとに山奥っすねー。これは何か出そうですよ、ガチで。」
「ガチじゃなかったら来てないのよ、こんな山奥。」
茶髪の男のまさに今風な学生のノリと心霊スポットの本まで持参した女の正論が妙に噛み合っている。どうやら同じサークルでも妖怪や心霊現象への温度差はあるようだ。その後もここで出る妖怪の類についてや、言ったことがある心霊スポットについてなど、濃い話が続いた。そんな話をしているうちに、車は進み、雨も止んでいた。
「さて、話てる間に、駐車場に到着だな。車の後ろ開けるからちょっと待てよ。」
曽山がそう言って自分の座席下を右手で探ると後方でガチャッという音が鳴った。その間に後部座席では寝ていた女性が起こされ、各々に手荷物を持って車を降りる準備を整えていた。
「白石情報によるとここから歩くと吊り橋があるんだよな。」
どうやら本持参の女は白石というらしい。理系の男が先ほどの話をおさらいするように尋ねた。寝ていた女の知らない情報をさらっと共有するあたり何気に気遣いができる男なのかもしれない。
「そうね。でも私情報じゃなくても一本道の先にそれらしいものはここから見えてますよ。」
一同その言葉に駐車場の先に目線をやった。確かに木製の吊り橋らしいものが見える。
「なんかボロそうで落ちそうな雰囲気を感じるな。」
「ちょっとそういう物理的なやつは私たちの求めてるのと違う恐怖ですね。」
みんなでワイワイとそんな会話をしてる間に、曽山がトランクからみんなの荷物を出して配っていた。
「じゃあ、行こうか!」
吊り橋付近までやいのやいのとはしゃぎながら歩くと、橋の向こうから深い森に隠れていた赤い屋根が顔を出した。
「割と新しそうな旅館ですね。建て替えたりしたのでしょうか。」
「どうだろう。屋根だけかもしれないよ。」
「おれは旅館の屋根よりも吊り橋が新しいことに安心したよ。」
「言うほど新しくもないが、まぁ人が渡って落ちるかもと言う不安は感じないな。」
下に見える渓谷は新緑が映えて実に清々しい景観だ。
「あー!いい空気だなぁ!」
だなぁ。なぁ。ぁ。と渓谷に声がこだまする。
声デカすぎ。と思った人もいたかもしれないが誰もそこには触れなかった。
吊り橋を渡ると少し山道を歩き、旅館に着いた。
「今の道のどこかから、妖怪スポットがあるってことですね!」
少しワクワクしたような声に一同のテンションが高くなる。曽山が先頭切って旅館のドアを開けると中から人が出てきた。
「T大学超常現象研究会御一行様でよろしかったでしょうか?」
慣れた口調で女性が尋ねる。皆、頷いたり返事をしたりそれぞれに肯定の意思表示をすると、
「お待ちしておりました。私、使用人の三木と申します。よろしくお願いいたします。こちら御一行様のお部屋の鍵でございます。客室は全て2階、201-208、204はございませんのでご注意ください。1階には食堂、フロント、お風呂場がございます。こちらエントランスのソファー等もご自由にご利用くださいませ。何か、ご質問等ございますでしょうか?」
ここまで息もつかずに一気に話きった。テンプレなのだろうがよく回る舌だ。
「質問というわけではないのですがお願いがありまして。」
曽山が返答した。
「妖怪スポットの話を聞いて伺ったのですが、明るいうちにその周りを一度ご紹介いただいても良いでしょうか?どこがスポットなのか、はっきり分かっていないもので。」
使用人の女性は笑顔絶やさず返答した。
「はい、もちろんでございます。皆様の準備が整いましたらフロントのベルでお呼びつけください。」
先ほどの旅館紹介と同じ調子でスラスラと答えるところを聞くに、よくある質問なのかもしれない。一同が、おぉ!と歓声をあげ、盛り上がる。
「では、一度部屋割り等を済ませてまた改めてご連絡します。1泊2日、よろしくお願いします。」
曽山が挨拶をすると使用人は一礼して奥へと入っていった。一同は早速エントランスのソファーのところに集まり各々に腰をかけた。曽山だけが立ったままで、皆が曽山に注目した。
「それでは!新歓を兼ねた、GW!妖怪スポット合宿の始まりです!妖怪に会えた人はちゃんと周りに共有しましょうね!4月からの活動の中でそれぞれ会ってはいると思うけど、一堂に会すのは初めてなので部屋割りかねて自己紹介していきましょうか。まずはおれから。201号室曽山です。T大法学部4年。研究会の部長です。中尾くん、改めてよろしくね。というわけで上級生から行こうかな。五島!五島は202な。」
助手席に座っていた男が前に出た。
「経済学部4年の五島ですー。妖怪見れたら嬉しいと思ってます。よろしく。」
「五島適当だな!次、203ロバートソン。」
「理工学部3年のロバートソン純だ。この研究会ん中じゃ唯一妖怪とか幽霊とか信じてない。ただ自分の目や自分の手でいないということを立証していないのにいないというだけなら誰でもできる。だからこの研究会でそれを立証しようと思ってる。中尾くん、どうぞよろしく。」
ロバートソンは中尾に手を差し出して握手をした。
「ロバートソンはお父さんがアメリカ人だが、生まれも育ちも日本だから日本語は堪能だよ。まぁもう話しててわかると思うけど。次ー!こっから女子3人だね。灰谷ー。」
「文学部3年の灰谷礼です。曽山先輩、私だけ部屋番号なくないですか?いじめですか?」
車の中ではずっと寝ていた女が呼応した。肩くらいまでの長めの茶髪をパーマでウェーブさせた髪がよく似合う美人だ。
「あぁ。ごめんごめん。部屋は208ね。灰谷は結構天然なところがあるから気をつけて。」
「ちょ!気をつけてってどういうことですか。失礼ね。」
曽山にいじられて灰谷は語気を強めた。
「次は白石。」
「はい。文学部2年白石です。みんなの中で一番妖怪や幽霊が好きな自信があります!みんなで見ましょうね!妖怪!!」
「白石は207ね。次が植松。部屋は206ね。」
「植松です。曽山先輩の高校時代の後輩です。教育学部の2年です。中尾くん、よろしくね。」
「おーし。じゃあラスト中尾くん!」
「ウィッす。経済学部1年の中尾っす。皆さんよろしくお願いします!」
「中尾くんは205号室ね!じゃあ各自今渡した鍵で部屋に荷物を置いてもらって、またここに集合しよう。15分後でいいかな?」
曽山の言葉に皆が同意しそれぞれに部屋へ荷物を置きに入った。妖怪への期待を胸に膨らませながら。
皆が部屋に荷物を置きエントランスに戻ってきた。
一番乗りは中尾で二番目に降りてきた白石から、早いわね。と話しかけられると、先輩を待たせるわけにはいかないっすから。と答えていた。意外と上下関係をしっかり意識しているらしい。
曽山が、全員エントランスにいることを確認してフロントに声をかけると中から使用人の三木ともう1人男性が出てきた。
「この宿に主人の段下と申します。本日は当館をご利用くださいましてありがとうございます。」
段下は疲れているのか少し頰がこけている印象だが、姿勢正しく真っ直ぐに客の顔を見渡した。旅館のオーナーらしい紳士然とした初老の男性だ。挨拶に対してT大生の面々は軽く頭を下げ会釈した。
「当館は料理始め運営の全てを私と三木の2人で行っております。行き届かないところもあるかと思いますがご了承ください。当館にいらっしゃるお客様には、妖怪スポットの紹介をとおっしゃるお客様が、非常に多くいらっしゃります。私も三木も案内には慣れたものでございますが、本日は他にお客様もいらっしゃりませんし、夕食の下準備も終わっておりますので、我々2人でご案内いたします。」
丁寧にしかしスムーズに話し終わると、それでは行きましょうか。とオーナー自ら先陣を切って妖怪スポットツアーへと旅館のドアを開けた。日が落ちて少し冷えた外の風がすっと入ってきて、面々の首筋を撫でるように通り抜けていった。
前作、前前作に比べかなり長くなりそうなプロットをかけたため、連載にしてみました。
毎週更新予定です。
まだプロローグなので物語が全然動いていませんが、最後まで読んだときに楽しかったと思ってもらえる作品にできればと思っています。