1 40a-40 匠の技に刮目せよ
私がギアを一段上げてリターンしたボールは、優梨愛ちゃんのボディ目掛けて深く打ち込まれた。
「でやっ!」
その打ち込まれた打球を見た優梨愛ちゃんが、目を見開いたような驚きの表情をしたのが私からも見て取れた。
ふはははは。そう、その表情が見たかったんだ。
自分目掛けて飛んできたと思ったボールが、急激にベースライン手前で落ちるのだから、まあそうなるよね。
反応の遅れた優梨愛ちゃんのラケットは、虚しく空を切った。空振りである。
サイドに振って走らせての空振りならまだしも、自分の正面にくる球を空振りするのは小学生でも屈辱だろうね。
でも、優梨愛ちゃんを擁護する発言になるけど、ボディに来るボールって、正直に言って打ち難いんやで。
瞬時にフォアかバックの判断をして、どちらかに身体を動かしながら、レシーブの動作に入らないといけないから、どうしても身体が窮屈になるんだよね。
テニスをしたことのない人に説明するのであれば、他の球技に応用して説明した方が分かり易そうですね。
野球でもそうでしょう? 打者を目掛けてくるデッドボール直撃コースの球を一歩下がりながら打つこと、そのことを考えるといかに難しいのかが分かるでしょう。
サッカーでも似たことが言えるのかも知れません。足下に入ってしまったボールよりも、一歩手前にあるボールの方が蹴りやすいですよね?
つまり、テニスのボディ狙いのサーブやリターンというのは、レシーブする側からすれば、野球のデッドボールになる球を打つというのと同じようなモノなのだ。
お分かりになったでしょうか?
以上、たまきちゃんからの、なんちゃってテニス講座でした!
だから、無理矢理にでもレシーブの形を作った優梨愛ちゃんは、けして下手だから空振りした訳ではないのですよ。
でも、ちょっと大人げなかったかな?
でも、自重も反省もしない。
優梨愛ちゃんは、手を抜いて勝てる相手ではなさそうなのだから、真面目にテニスをさせてもらいます。
つまり、私が負ける要素はないということですね。
「……デュース。ディサイディングポイント。レシーバーチョイス?
レシーブ、どっち側でするか決めてね」
ん? ああ、そういえば、この大会はノーアドだったっけ。ここまでの試合では、デュースにまでもつれさせてこなかったから忘れていたよ。
ゲーム時間短縮のために、私のサービスゲームの時には、相手に2ポイントまでしか許さなかったし、あえて相手にキープさせる時でも、私は2ポイントまでしか取らなかったからね。
舐めプじゃないよ?
日本テニス普及委員会小机支部会長としての、仕事の一環であります。
でも、いくら接待とはいっても、ゲーム時間の短縮も必要だよねってことでありまして。
だから、万が一紛れが起こるかもしれないデュースは避けていた訳でして。
前世から思っていたけど、ノーアドの場合は、40オールの方が、デュースと言われるよりは紛らわしくない気もするけど、死語なんだよね。
40オールの方が呼びやすいだなんて、私が異端なのかな?
でも、デュースって本当は、2点差を付けて勝負を決めなさいだよなぁ。
だから、ノーアドの場合のデュースは違和感があるわー。
前世ではダブルスもあまりしなかったから余計とだな。
それはそうと、試合に集中しなければ。
「じゃあこのまま、アドサイドで!」
「おっけー」
さて、どうしよっかなー。
このゲームをブレイクして、私が精神的に有利に立って心理的に優梨愛ちゃんを揺さぶって、一気にゲームの主導権を握ってしまおうかな?
プロと違って、いくらテニスが上手いとはいっても、まだ優梨愛ちゃんは小学生なんだから、ど初っ端からブレイクされたら動揺するよね。
少し可哀想だとは思うけど、ここは涙をこらえて、心を鬼にしてブレイクさせていただくと致しましょう。
ごめんね?
勝負事とは、非情なんやで。
パシッ
うん、このサーブは私のバック側から外に逃げるいいサーブだね。
これがレシーブするのが普通の子だったのなら、リターンをネットに掛けちゃうかホームランしちゃうか、まともに打ち返せなかった可能性が高かっただろうね。
でも残念ながら、私は普通の子ではなかったみたいでして。だから、そっち側も私にとってはバックではないんだよね。
なぜなら私には、フォア、バックの概念は通用しないのだから。
だから、その程度のサーブでは、私からはサービスウィナーは取れないよ。
きっちりと、リターンを返させてもらいます。
でも、私の108ある奥義の中の一つをここで出させるのだから、優梨愛ちゃんは誇っていいんやで。
庭球の女神に愛され、秘儀を授けられた一族に伝えられし匠の技に刮目せよ。
出でよ、庭野流変わり身の術!
「えっ!?」
あはっ、優梨愛ちゃん驚いてる驚いてる。
まあ普通は、右手から左手にラケットを持ち替えたりしたら、驚くわな。
では、一つご期待に添えるように頑張りましょうか!
外から巻いてーの。
唸れ、私の黄金の左フォアハンド!
「でゅわっ!」
私の片手左フォアから放たれたリターンは、サイドライン沿いをアウトからインへと外から内へと巻きながら飛んでいって、ベースライン手前で跳ねた。
ダウンザラインでのリターンエース!
「ぐ、ぐっど……」
「私のブレイクですね!」
「え、ええ」
「ゲーム私、庭野! ゲームカウント、ワンゲームとぅラブ!」
さて、調子も出てきたし、どう料理しよっかな!
テニス未経験の作者がテニスを解説する小説…
今日は夜にもう一話投稿します。