1 5-5 30-30 真面目にやりなさいよ!
メードリングのインターナショナルスプリングボウル大会で、私は第二シードをもらいました。つまり、ランキング的に、私よりも上位の選手は一人しかいないという訳です。
その第一シードの選手のランキングも70位台ですので、私とあまり変わらないのですよね。
私は一ヶ月半ぶりの実戦だったのにもかかわらず、どうやら試合勘は失われていなかったみたいで、SFまでの全ての試合を順調にストレートで勝ち進んで、決勝まで進出することができました。
決勝の相手は、チェコのノーシードの選手でした。
チェコはテニスの強豪国だけあってか、ノーシードの選手でもあっさりと決勝まで勝ち上がってくるだなんて、さすがは選手層が厚いみたいですね。
それで、第一シードの選手はといいますと、まさかの初戦敗退だったのです。
まあ、テニスでは、シード選手が初戦で敗れるのは、よくあることなのですがね。
ジュニアの女子では、特にその傾向が強いと思われます。女の子は体調面やメンタルの面で、男子に比べたら多少むらっけがあるのですよね。
だから、私も一コケしないように気を付けなければいけません。
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メードリングG2大会の決勝が始まりました。
第一セットの1ゲーム目、コイントスに勝った相手の選手がレシーブを選びましたので、最初のサービスは私からです。
コイントスに勝った選手は、なぜか後攻めを選ぶ確率が高いのですよね。
おそらくは、まだ身体が暖まってない状態でサーブを打ちたくないとかの理由なのでしょう。
もっとも、私の場合はそんな事はあまり考えてないので、その時の気分で決めてたりもするのですが。
「はっ」
先ずは、デュースサイドから右腕で角度の付いたワイドに逃げるサーブを入れる。
『15ラブ』
ネットを越えてからサイドライン手前で急激に落ちて、サービスエースが決まった。
「はっ」
お次は、アドサイドから左腕で、また同じく角度の付いたワイドから外に逃げるサーブを入れる。
『30ラブ』
ネットを越えてからサイドライン手前で急激に落ちて、サービスエースが決まった。
相手は何も出来ないまま、ただ立ち尽くすのみである。
しかし、このワイドに逃げるサーブだけ決めているのも芸がないので、もう少しバリエーションを増やして遊んでみましょうかね。
今度はデュースサイドからのサービスだけど、お次も左腕で行きますよっと。
「はっ」
私の左腕から放たれたサーブは、センターライン上に落ちてから、相手アドサイド側に逃げるように跳ねた。
『くっ』
相手は体勢を崩しながらも必死に喰らい付いて、なんとかボールをラケットに当てたまではいいけど、そのレシーブはややロブ気味の死んだ球も同然のリターンとなってしまった。
まあ、残念ではあるけど、それ以外の方法では返しようがないよね。
「でりゃ」
私は前方に走り込んで、相手のリターンしたボールを空中で捉えて、相手のデュースサイド、フォア側のコートにボールを叩きつけけた。
相手選手は体勢を崩されたまま、アドサイド、バック側に流れているので、当然ながら、この打球には追い付けない。
『40ラブ』
サーブ&ボレーが決まった瞬間である。
くー、気持ちいいね!
あと1ポイントで、サービスゲームをキープです。
最後の〆は何をしようかな?
そうだ! 久しぶりにアレをやってみよう!
「……」
スカッ
『なっ!?』
空振りである。
そこから、空振りをしたラケットを下から上へと切り返して、下手でチョコンとドロップサーブを軽く入れてみた。
強くて速い打球のサーブが打ち込まれると思っていた相手は、この意表を突いたトリッキーなサーブに反応できないでいる。
低めに柔らかく放物線を描いたボールは、ベースライン上で待ち構えていた相手選手を嘲笑うかのように、サービスコートの浅めの位置で軽くポンポンと二回跳ねた。
『ゲ、ゲーム、ニワノ』
よっしゃ、ラブゲームでサービスゲームをキープだぜ!
まず出だしは順調といったところだね!
『ちょっと、あなた! 最後のサーブはなんなのよ!』
サイドチェンジでコートを入れ代わる時に、すれ違いざまに対戦相手の子に呼び止められた。
なんか怒っているみたいで、文句を言われてしまったよ。
『トリックプレーですけど?』
それがなにか?
『ふざけないで真面目にやりなさいよ!』
『そうですよ、ニワノさん。エキシビションではないのだから、対戦相手に失礼な行為ですよ』
なんてこったい! 審判からも注意されてしまったよ。
えー、でも、プロの試合でも極稀に空振りをやって、笑いを取っているじゃないですかー。
素人には一見して単調に見えるテニスの試合にとっては、エンターテイメント性は必要不可欠だと思うのだけどなぁ。
テニスファンを増やすのには、まずはテニスに興味を持ってもらわなければならないのだからね。
そのためには、観客が見ていて面白いと感じるプレーというのは必要なんだけどなぁ。
誰も彼もが目の肥えた玄人のファンとは限らないのだから。
プレーに遊び心がない試合というのは、素人さんが見ていたら、どうしても退屈というのか、つまらないと感じてしまう気がするのですよね。
プロというのは、観客を楽しませてナンボ。わざわざお金を払ってまでして、試合会場に足を運んでプレーを見に来てくれた観客が、
「楽しかった!」「面白かった!」「また見に来たい!」
こんな感じで、満足してもらってから家路についてもらうのが、プロの仕事だと思うのですよ。
私の個人的な見解ではありますけど。
でもまあ、私はまだジュニア選手ではあるのですがね!
それも、今年に入ってからITFジュニアサーキットにデビューしたばかりの、ぽっと出の新人選手だったよ。
しかし、審判に逆らうのは、私の主義ではありませんので、ここは大人しく従っておきましょう。
『わかりました。この試合では、さっきのはもう使いません』
『アレをやりたければ、エキシビションでやりなさい』
私の庭野圓明流の秘技である百八の奥義のうちの一つが、禁じ手として封じられてしまうとは!
トホホな気分とはこのことだよ……
ですが、こればかりは仕方がありません。
こうなったら、ここは一つ、真面目にテニスのプレーをするとしますか!