1 40-40 グッドです!
「グッドです!」
「入ってた?」
「ギリギリ入ってました!」
まあ、本当はアウトなんだけどね。でも、セルフジャッジの場合で判定が微妙だなと思う時には、常に相手に有利な判定を下すのがマナーなのです。
そうしないと、判定を巡って険悪なムードになってしまい、今度は仕返しとばかりに自分も不利な判定をされたりして、あとはその繰り返しでテニスの試合どころではなくなってしまうからね。
「15ラブ」
私の場合は、私が接待テニスをしていることもあって、オマケで甘い判定をしてあげるのも含めて、常に対戦相手に有利な判定を下しているので、トラブルとはほぼ無縁なんだけどね。
でも、ここまでやっていても、完全にトラブルがなかった訳ではないんだよね。
さすがに私でも、これはグッドと言うのは無理があるなっていう判定に対してアウトやフォルトと言ったのに、その判定に文句を言ってくる対戦相手の母親とかもいたのです。
本来であれば、子供同士の試合のセルフジャッジに母親が文句を言ってくること、それ自体がマナー違反ではあるのだ。
でも、昨今のジュニアテニス界の事情では、ままよくある事なんですよ。
マナーの低下といいますか、モラルの低下でしょうか?
おそらくは、「うちの子に不利な判定をするなんて許せない!」とか「可愛い我が子に勝たせたい」とか、そういった親バカの心理状態なのでしょう。
要するに、モンスターペアレンツみたいなモノだな。
いくら、協会や主催者がマナーの向上を呼び掛ける啓発をしても、一定の割合で発生する事案になっているのです。
まあ、協会や主催者も本気でマナーの向上を図っているのかは、疑問を挟む余地もあるのだけどね。
本気でマナーの向上を図りたいのであれば、セルフジャッジを廃止するなり、それが無理だとしてもロービングアンパイアの数を増やすなりして、対策することは可能なはずなのだから。
それでも目に余るほどマナーの悪い選手と親は、選手としての資格をはく奪して追放してしまえばいいのですよ。
まあ、余程のことがない限り、追放なんて無理なんだろうけどさ。
主催者も選手が参加してくれてこそだからね。選手=お客さんでもあるわけだし。
その、選手が保護者も含めてお客さんであるという事実は、ジュニアの下部大会では、特に顕著なんだと思う。
特に都市部から離れた遠隔地で開催される大会の場合は、ホテル等に宿泊もしなければならず、テニスコートの経営者と宿泊施設の経営者は同じだったりもするのだ。
ホテル兼テニスコートも商売でやっているのだから、それが悪いとは思わないけど、せめて青色のデコターフと赤土のアンツーカーのコートは整備して欲しいですね。
ええ、切実なお願いです。
愚痴になって、話がそれてしまった。
「アウト!」
「15オール」
それで、文句を言ってくる対戦相手の母親のことでしたね。
その対処は、ママが睨みを利かせているのもあってか、ママが一言、「うちの娘の判定になにか不服が?」と言えば、モンペ親はスゴスゴと引き下がって行きましたとさ♪
つまり、水戸黄門の印籠並みに御利益があるのが、庭野まどかのネームバリューなのです。
持ってて良かった、庭野まどか印の印籠。
そうじゃなくて、子供でテニスをやっていて持つべきものは、テニス界の実力者だよね!
その出来事を教訓としてなのか、説明する煩わしさを省くためなのか、ママはその後の私の試合では、ベースラインの後方斜め上からの映像を撮り始めたのだ。それも両方のサイドから。
それからは、たとえ相手の親が文句を言ってきたとしても、ビデオカメラで撮った直前の映像をノートパソコンに繋いで見せつければ、その映像を見た相手は何も言えなくなるのだ。
ぐうの音も出なくなるとは、このことを指して言う言葉なのだろう。
まさしく文明の利器の勝利である。
たかがキッズ大会なのに、大袈裟な気がしないでもないのだけど。
一歩間違えれば、ママの方こそモンスターペア…… この話は止めておきましょう。
それで、この映像の副産物として、マナーの良かった対戦相手には、試合後に映像データのコピーを渡したりして、相手の親御さんに喜ばれたりもしたりするのです。
こういうのを、怪我の功名って言うのかな?
「グッド!」
「30-15」
川崎ジュニアテニス選手権大会の本戦も、順調に勝ち進んで、無事に決勝にまでやってきました。
決勝の相手は、五年生の里田優梨愛ちゃん。微妙にキラキラネームっすね。でも、将来は美人になるのが確定しているほど可愛い女の子です。
うん、食べちゃいたいぐらい可愛いわ。
でも、今世での私には真ん中の相棒が不在だった! しょぼーん。
この川崎ジュニアは12月の大会だし、実力のある六年生は、一つ上の14才以下のクラスで腕を磨いているのだから、五年生でも優梨愛ちゃんみたいに強い子だったら、決勝にまで進んでくることもあるのだろう。
私なんて、まだ三年生なんだしね。
そう考えたら、私の方がよっぽど異常だったわ。あはは。
「アウトです!」
優梨愛ちゃんのリターンが、サイドラインを20cmほど越えて跳ねた。
「30オール」
それにつけても、決勝戦なんだから主審ぐらい付けてくれても、罰は当たらない気がするのですけど?
こちとら、参加費として5千円も払ってるんだぞ。まあ、払ったのはママなんですけどね。
スコアを数えるのに点数を覚えておくのとか、ジャッジするのって結構面倒なんだぞ。
でも、いくら決勝とはいえ、所詮はジュニアのG-4大会なんだから、愚痴を言っても仕方がないのかも知れないけどさ。
といいますか、大会の参加費としては、5千円は安い方の部類で、まだ良心的な価格だったよ。
「グッド!」
まだ第1ゲームだから、私が様子見ってのもあるけど、この子、凄く上手いわ。
そら、五年生で決勝にまで勝ち上がってこれるわけだ。
「40-30」
でも、もの凄く上手いとも、強いとも思わない。
しかし、この子ならば、将来は確実に100位の壁は突破できる気がするわ。
まあ、そこからがより厳しいともいうのだけれど。でも、男子と女子とでは、ランキングによる実力差が違うとも聞くしな。
女子の方がランキングによる実力差は少ないとか言う人も多いしね。
つまり、女子の方がジャイアントキリングがしやすいという事でもある。
でも、私は前世での男子の経験しかないのだから、実際のところはどうなんでしょうかね?
だから、この子には接待テニスは必要ないかな? というか手を抜いたら、たぶん私でも負ける。
ということで、少しは本気を出させていただきますよっと!
ギアを一段上げてリターンしたボールは、優梨愛ちゃんのボディ目掛けて深く打ち込まれた。
試合の描写って難しい…