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1 4-5 0-0 知らない天井だ


「知らない天井だ……」



 いや? 一応は知っている天井だとは思うのだけど、麻酔から目が覚めたばかりだし、自分の記憶が手術前でプツリと途切れている状態だったから、その後がどうなったのか自分では分からないのですよ。

 そう、私は入院をして手術まで受けてしまったのだ。



「あら、目が覚めたのね。環希、気分はどう?」


「可もなく不可もなくって感じ。痛みはないかな」


「そう、それなら一安心みたいね」



 うん? といいますか、なんで私は、ママと普通に喋っているのだろう?

 なんで、日本に居るはずのママが、スペインに居るのでしょうかね?



「えっと、此処ってビリェナの病院だよね?」


「そうよ。もしかして日本だと思ってたの?」


「なんで、ママが此処に居るのかが理解できなかったもので」


「そりゃあ、環希が入院したって百合子から聞いたから、取るものも取らずに急いで駆け付けたわよ」



 そっか、ママにも心配掛けちゃったんだな。

 こんな捻くれた娘だけど、ちゃんとママには愛されていたんだなぁ。


 テニスで稼いで、ちゃんと親孝行しないとね!

 私には、それぐらいしか出来ないのだから。


 でも、ママは優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのコーチングを放り出したりまでして、スペインに来ても良かったのでしょうかね?

 あの二人は、ITFプロサーキットである甲府の25K大会に出場しているはずなのだから。



「でも、まだ怪我や事故じゃなくて良かったわ」


「まあ、盲腸なのか虫垂炎なのか詳しくは知らないけど、そうなるのかな?」



 それは確かにママの言うとおりであって、試合中の怪我や交通事故の方が、テニス選手にとっては虫垂炎よりも怖い気がする。

 いや、虫垂炎は虫垂炎で怖い病気だとは思いますよ?


 CTが普及するまでは、虫垂炎は診断がし難かった病気みたいなので、昔は命を落とす人も大勢いたとか聞いていますしね。

 でも、食物繊維はたくさん取っていたつもりだったんだけどなぁ。お通じも良くて、便秘になることなんて皆無だったのに、虫垂炎だなんてね。


 食物繊維の摂取と虫垂炎になる確率の因果関係は、あまり関係なかったのかな?

 どんなに健康に気を遣っていたとしても、病気になる時はなるということなのでしょう。



 私はビリェナのG1大会の二回戦R32の試合を、腹痛が酷すぎて我慢できずに、途中で棄権してしまったのです。

 前日から、お腹周りの調子が少しおかしいなぁ?とは思ってはいたのですけど、試合の途中から痛みが酷くなってきて脂汗まで出てきてしまったので、テニスの試合どころではなくなってしまったのだ。


 これは尋常ではない事態だと理解したので、試合をリタイアして、慌てて麻生さんに病院に連れて行ってもらって、血液検査やCTを撮ったりしたら、即入院させられてしまったのである。


 ちなみに、試合は、6-0、2-0RETという結果でした。

 勝利までは、あと4ゲームだったのだけど、痛みに我慢できませんでした。


 しかし、こんな事で、私に初めて敗北の二文字が刻まれるとは思いもしなかったよ!

 虫垂炎、恐るべし!



「ママ、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの二人は良かったの?」


「ええ、里田はQ3で負けたし、予選を通過した坂巻も本戦は初戦で敗退してしまったから、そっちは心配しなくても大丈夫よ」



 そういえば、優梨愛ちゃんから、『甲府の25kQ3で負けたー! むきーっ!!』とかってメールが着てたな。

 それに対して私は、『どんまい♪』って適当に返信しておいたけど。


 15Kと違って25K大会は、実力のある選手も結構出場してくるので、優梨愛ちゃんがQ3で負けることもあるのでしょう。

 元ランキングトップ100位以内の強豪選手が、調子を落として現在は25Kを回っているとか、そんな例がゴロゴロありますし、これから伸びる若手の実力者もひしめき合っているのが、25K大会なのである。


 だから、横浜の25Kでは運良く予選を通過できたけど、ぽっと出の優梨愛ちゃんには、まだ少し25K大会は荷が重かったのかも知れませんね。

 でも、優梨愛ちゃんの実力ならば、一年か二年も25Kで揉まれたら、そのうち優勝しちゃいそうな気もするのですが。


 彼女は伊達に、四年以上も私に苛め抜かれている訳ではないのだ。

 ……萌香ちゃんはもっと長い間だったよ。


 あー、だからなのか。二人の現時点での差は、年齢もあるのだろうけど、私に虐げられた期間の長さもあったみたいでしたね。



「二人が敗退したから、スペインに来れたということ?」


「そうよ。二人が甲府の本戦を勝ち進んでいたのであれば、ママは此処には来れなかったわね」



 どうやら私は、あまりママに愛されてはいなかったみたいでした。

 でも、私の虫垂炎での入院程度で、二人のコーチングを放り出していては、指導者としては失格の気もしますので、きっとママの判断は正しいのでしょう。


 ママの娘としては、それは多少、寂しくも感じますけど。

 まあ結果的には、ママは慌ててスペインに飛んできてくれたのだし、それが嬉しくもありますので、結果オーライということで。



 コンコン



 おっと、誰か来たみたいですね。看護婦さんならノックなんてしないで入ってくるしね。



「Por favor」


『タマ、調子はどうだい?』


『あ、ガビーお見舞いにきてくれたんだ。手術も終わったから、経過が良かったら明後日には退院できるみたい』


『そう、それは良かったわ』



 入ってきたのは、ガブリエラちゃんでしたか。今日の試合は終わったということですね。



「環希、この子は?」


「ガブリエラ・ガブレラといって、先週、私と一緒にダブルスを組んで優勝した子だよ」


『そう、タマキの母でマドカ・ニワノといいます。よろしくね』


『こ、こちらこそ、ダブルスのレジェンドであるニワノ選手に会えて光栄です!』



 なにをガビーは緊張しているのでしょうか?

 ママに会えたのが、そんなにもサプライズだったのかな?


 ガビーはママのことをレジェンドとか言っているし、もしかしたら、私が思っている以上に、マドカ・ニワノという名前はテニス関係者にとって、ネームバリューがあるのかも知れませんね。

 普段のママを知っていると、どうしても私の母親として見てしまうからなのか、テニスでの実績や威厳とかが吹っ飛んでしまいますので。



『ガブレラさん、娘の面倒は大変だったでしょ?』


『あはは、疲れましたけど、タマのおかげで優勝できました』



 むぅ、面倒とか疲れただとか、失礼しちゃいますね。


 まあ、ダブルスは面白いけど、私も疲れたのは事実なのだから、今週のダブルスはキャンセルしたんだけどさ。

 それに、シングルスは途中棄権してしまったし、ダブルスのペアを組む予定だった、ガビーに迷惑を掛けずに済んだので、キャンセルの判断は結果としては良かったのかな?


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