1 4-4 30-40 タマキは口が悪い子
前話後半に続いてガブリエラ視点
タマとは、名前と猫系の顔だけであって、中身はトラかライオンであったらしい。
いや、トラもライオンも猫系ではあるのだけどさ。
「Obstaculo!」
「Problemas!」
「Molestar!」
「No molestar!」
「Recede!」
……などなど。
なるほど、タマキは自分で協調性がないと言うだけあって、これは確かに、協調性のきょの字もない子でしたか。
しかし、なんで最後だけ英語なんだ? 咄嗟にはスペイン語が出てこなかったのかな?
というか、タマキはスペイン語しゃべれたのかよ!
まあ、単語だけなんだけどさ。それでもあたしにはちゃんと通じたのだから、英語で言われるよりかは素早く反応も出来るし助かったよ。
といいますか、「どけ!」「邪魔だ!」「引っ込め!」などなど、タマキは口が悪い子ですね。
そういえば、言葉が汚くなって攻撃的になるとか、タマキから最初に言われてたんだっけ?
でも、あたしに退けとか言うのは、タマキが自分で拾えると判断したからであって、それだけ、彼女の守備範囲が広いということの、裏返しでもあるんだよなぁ。
あれ? ダブルスなのに、あたしっていらなくね?
それにしても、タマキ一人だけで、面白いようにポーチを決めているのだから、後衛であるあたしの出番がほとんどないのだ。
相手のパッシングショットに反応して、ボレーで返せるだなんて、どんだけ反射神経が良いんだよ。
もしかしたら、先読みの勘が鋭いのか?
そう考えると、タマキの一見したら変に思える位置取りも、なんとなく納得が行く気がしてきた。
オーストラリアンフォーメーションかIフォーメーションを、タマキが一人で勝手にやっているとでも言えば良いのだろうか?
まったくもって無茶苦茶である。
これで、ダブルスの経験が少ないというのは本当なのか? ITFのジュニアサーキットのダブルスが初めてだとは、とても信じられないよ。
さすがは、ダブルスのレジェンドである、マドカ・ニワノの娘なだけのことはある。
でも、プレイスタイルは、全然母親に似ていないのね。
というか、このプレイスタイルは誰にも真似できない気がするわ。
まるで、後ろにも目が付いているように、あたしの動きも把握して動いているのだから、開いた口が塞がらない。
大人しくしているのは、自分がサーブをする時だけなのだ。
しかし、それすらも途中で、「ガビー! ポジションチェンジ!」とか言って、あたしを押しのけて前衛に躍り出てくるだなんて、この子はどんだけポーチを決めるのが好きなのよ?
相手がロビングで前衛のタマキを抜こうとしても、そのロブにすら、猛ダッシュして追い付いてしまい、変態的な技でリターンを返したら、また猛ダッシュで前衛に戻るだなんて……
ダブルスの試合なのに、前衛のタマキだけで試合をしているだなんて、完全にダブルスの趣旨に反しているのでは?
あたしが居なくても、タマキ一人だけでも勝てちゃう気がするわ。
まあ、さすがにそれは冗談なんだけどさ。
でも、それぐらい凄いプレーをしているように見えるのだ。
『ゲーム! ニワノ、カブレラ! 6-2、6-1』
ほとんど、あたしが活躍しないまま試合が終わってしまった気がするぞ。
「おっしゃーっ!! 勝ったどー!」
日本語は分からないけど、勝ったから喜んでいるのでしょうね。たぶん。
※※※※※※
『ジュニアサーキットで、初めてのダブルスで優勝した感想はどう?』
『楽しかった!』
『そう、楽しかったのなら良かったわ』
そりゃ、ようござんした。
でも、付き合わされたあたしの方は、ハラハラドキドキして気疲れしたよ。
『でも、私の体力では、シングルスとダブルスの掛け持ちはちょっとキツイかな?』
『そ、それはそうかもね……』
そりゃ、あれだけ後先考えずに動き回れば、さすがにタマキでも疲れるだろうよ。
『だから、ガビーには悪いけど、来週はシングルスだけに出場しようと思うんだ』
『シングルスに影響が出るのならば、残念だけど仕方がないわね』
テニスとは、あくまでもシングルスがメインの競技なのだから、シングルスに悪影響が出てまで、ダブルスをする必要はないのである。
『ごめんね?』
『いや、タマキは気にしなくてもいいよ』
タマキとペアを組んだのなら、ジュニアグランドスラムでも優勝することは可能だろうけど、その優勝する前に、あたしの胃が持たない気がする……
だから、この一回だけでペアを解消するのは、残念である反面、もうハラハラしなくても済んで助かるのかと、どこかホッとしたのも事実なのだ。
タマキは周りに合わせることが出来ない子なのだから、こっちが合わせるしかないのだけど、コレに付き合うのには、並大抵の精神力の持ち主では、精神が持たないのだろうなぁ。
良く言えば、タマキは子供なんでしょうね。悪く言ったら、幼稚ということだけど。
そういえば、天才は幼稚さがあるとか聞いた覚えがあるような気がする。なにかの才能に秀でている代償として、なにかが欠落しているのでしょうか?
そう考えると、あたしは凡人で良かったのかも知れない。
ほどほどにテニスを頑張って、ほどほどに活躍できれば、あたしはそれでいいや。
努力だけでは、絶対に届かない才能というのを、凡人であるあたしの目の前で見せつけられてしまうと、そんな風に思えてしまったのである。
『来週はシングルスで敵同士だけど、お互いに頑張ろうね!』
『あはは、お手柔らかに頼むよ』
来週はというか、今週もシングルスではSFでタマキと対戦して、またストレートで負けているのですけど?
あたしにSFで勝った勢いそのままに、タマキは決勝でも相手を虐殺しているのだから、これで、五大会連続での優勝とか、もう笑うしかないよね。
タマキがこのままの勢いで行けば、あたしは来週にもランキングでタマキに追い抜かれてしまいそうだ。
彼女の実力から言えば、それは、ほぼ確定した未来にすら思える。
しかし、そうはならなかった。
こういうのを、好事魔多しとか言うのでしょうかね?