1 4-4 0-40 スペイン人女子も姦しい
元の言語はスペイン語での会話のはず…
「ワイルドカードのスアレスが、日本人にダブルベーグルで負けたぞ!」
「ワイルドカードで出場した子なんて雑魚なんだから、そんなこともあるだろ」
「ワイルドカードは、地元の弱い子でも出場できるようにしたみたいなモノだしね」
「地元救済枠とも言えるな」
「でも、日本人のジュニアが、この時期にスペインに来るだなんて珍しいわね」
「タイとマレーシアでG1大会が開催されている時期だから、本来ならば日本人はそっちに出場するもんね」
「普通はそうだよなぁ」
「よくもまあ日本から、こんな遠いスペインに来ようと思ったよな」
「わたし達が、アジアやオセアニアに行くのと同じで、やっぱ遠く感じるよね」
「地球の裏側だからねー」
「そう考えると、イギリス人はよくもまあ、オーストラリアやニュージーランドに植民しようと思ったな」
「それって、大航海時代に私たちの祖先が既にやっていたやん」
「でもそれは、ラテンアメリカがメインだし」
「日本にも約五百年前に宣教師は行ってたらしいよ」
「それ知ってる。でも追い出されてますやん」
「ちゃんとした文明を自前で持っている国には、カトリックの教えは広まらなかったんだよ」
「まあ、所詮はコンキスタドールだしねぇ」
「ちょっと待って! この日本人って一月と二月にニュージーランドで開催された、G4とG3の大会を三連続で優勝しているじゃん!」
「マジで?」
「うん、ITFのサイト見てごらんよ」
「どれどれ……」
「ニュージーランドは、日本人にコンキスタドールされてしまったのか」
「誰が上手いこと言えと」
「マジかよ…… しかもこの娘、ジュニアサーキットにデビューしたてじゃないのよ!」
「どうやら、ニュージーランドがデビュー戦だったみたいだね」
「それに、まだ13歳になったばかりだよ」
「G4とG3とはいえ、13歳で三大会連続で優勝だなんて信じられない」
「ノーポイントから一気に238位とか、笑うしかないな」
「私たちの数年間のジュニアサーキットでの努力を、この日本人はたったの三週間でクリアかよ」
「わたし達の苦労をあざ笑われているみたいで、冗談じゃないよ」
「うんうん」
「天才って本当に居るんだねー」
「手強そうだね……」
「そうだね。実際に一回戦では、ダブルベーグルで相手を寄せ付けてないのだから、かなり強いと思うよ」
「でも、クレーコートは日本人って苦手な選手が多いのだから、付け入る隙もありそうじゃない?」
「一回戦をダブルベーグルで勝ったのに?」
「ワイルドカードのスアレスが弱すぎたのだと思っておこう……」
「それって、現実逃避だよ」
「でも、この大会のワイルドカードが弱いのは事実だけどな」
「スアレスに勝ったこの子、昨年のプティ・アスを優勝した子だったはずだよ」
「プティに優勝しているって、マジで!?」
「あー、そういえば、そうだったかも。日本人が優勝したってみんな驚いてたから」
「なるほどね。プティに優勝する実力があれば、このデビューからの快進撃も半分は納得がいくわ」
「あとの、半分は?」
「嫉妬で感情が納得しない」
「あはは、それなんとなく分かるわー」
「リアルチート使いとか、マジで勘弁して欲しいよ」
「それにしても、タマキ・ニワノって、どこかで聞いたことがある名前だな」
「マドカ・ニワノと姓が同じだからじゃないの?」
「ああ、そういうことか。日本人には、ニワノという姓が多いのかな?」
「日本人は、サトーやスズキが多いんだよ」
「知ってる知ってる! あと、タナカだね!」
「でも、そのタマキ・ニワノは、ダブルスのレジェンドである、マドカ・ニワノの娘とかITFのサイトに載ってたよ」
「マジで?」
「うん、真面目な話だよ」
「オオカミの娘は、やっぱりオオカミだったという訳か」
「DNA、恐るべし!」
「マドカ・ニワノって、選手としても脂がのっている二十代後半で、人気絶頂のまま突然引退したんだよね?」
「娘である、そのタマキって子を妊娠したから引退したんでしょ」
「主力でペアを組んでいた、マリア・シュレーダーが、マドカが引退したことによって、グランドスラムを10回は取り逃がしたとか、名言を残して有名になったよね」
「その後の、マリア・シュレーダーがグランドスラムで優勝出来なかったことを考えると、どうなんだろうね?」
「ペアの力関係で言ったら。マドカ・ニワノの方が上だったという事なんじゃないの?」
「シュレーダーはニワノに未だに文句を言ってそう」
「あはは、でもその文句を言いたくなる気持ちはわかるかも」
「10回は大袈裟だとしても、グランドスラムを数回は取り逃がしただろうしねぇ」
「母親はダブルスのスペシャリストだったけど、その娘はどうなんだろうね?」
「どうって、どういうこと?」
「この子ニュージーランドでは、シングルスにしか出場してなかったから」
「ああ、そういうことね」
「今大会でもシングルスのみの出場だよ」
「25%だけとはいえ、ダブルスでもポイントを稼げるのにもったいない」
「ライバルが減っていいことじゃん」
「まあ、そうとも言えるけどさぁ」
「サーキットデビューしたてだから、シングルスに集中したいのかな?」
「日本人はシャイだから、自分からはダブルス組みたいとか話し掛けてこないんじゃないの?」
「シャイというのか、イメージ的には、借りてきた猫みたいな感じ?」
「あはは、そうかも」
「おくゆかしいって言ってあげなよ」
「おくゆかしいヤツが、ダブルベーグルで虐殺なんかしないよ」
「それもそうだったか」
「見た目に騙されてはいけないってことだね」
「でもさ、ジュニアグランドスラムに出場するには、ダブルスでのポイントも馬鹿にできないポイントなんだよね」
「ランキング上位になればなるほど、ポイントの重みが違ってくるからねー」
「カットラインギリギリの位置にいると、特にそう思うよね」
「去年の全仏ジュニアで、ギリギリ予選に出場できなかったトラウマが……」
「ど、どんまい……」
「私もダブルスに真剣に取り組んだのは、それ以降だったからなぁ」
「まあ、言っちゃ悪いけど、ダブルスってどうしてもシングルスのオマケって扱いは拭えないから、それは仕方ないよ」
「試合を見ている分には、ダブルスのほうが面白い気もするけどね」
「それは言えてる」
「あたし、来週の大会で彼女とダブルス組んでもらおうかな?」
「ガビーはチャレンジャーだね」
「でも、ダブルスで色々な選手とペアを組んで試合をするのは、きっと良い経験になるはずだよ」
「それは確かに、ダブルスが融通が利くようになっているのは、そういった面を汲んでなんだろうなぁ」
「でもその前に、日本人と言葉が通じるのか?」
「うんうん、あたし達って英語下手だもんねー」
「心配ないぞ。日本人の英語は私たちよりも下手クソで有名だから大丈夫だ」
「それって、全然大丈夫じゃないような気がする」
「身振り手振りの世界になりそうだね」
「簡単な決め事を単語で言い合えばいいんだよ」
「わたしも非ラテン語圏の選手とは、そうしていたな」
※※※※※※
「どうだった?」
「どうって、なにが?」
「今大会第二シードで、ランキング68位のガブリエラ・カブレラさん。ランキング238位で、13歳の日本人にストレートで負けた気分はどう?って意味よ」
「嫌味かよ…… 気分は最悪だよ!」
「まあ、1ゲームしか取れなかったら、最悪な気分にもなるか」
「あの子、プロのサーキットでも25K大会程度なら、いま直ぐにでも勝てる実力があるわね」
「ということは、ジュニアでは上位五人の実力と互角なのかよ」
「たぶん、それ以上だと思うよ」
「マジかよ…… 私はドローが反対の山で助かったのかな?」
「あなたも決勝でタマキ・ニワノに虐殺されて、あたしと同じ気分を味わうがよろしくてよ」
「それは勘弁して欲しいぞ」
「嫌よ。不幸はみんなで共有しなくちゃ」
「ここに、悪魔がいたよ……」
「でも、いいこともあったんだ」
「へー、それは何かな?」
「来週の大会で、ダブルスのペアを組むのを彼女が了承してくれたのよ!」
「へー、それはそれは、おめっとうさん」
「これで、来週のダブルスの優勝は貰ったも同然だわ!」
「シングルスの優勝とは言わないんだね」
「やかましい!」