1 4-3 30-40 お母さんは死にたい気持ちです
前話に続いてまた母親視点w
「時限式のインサイダーを仕込みます!」
「はぁ!? インサイダー取引は違法で、ばれたら捕まるのよ?」
このすっとこどっこいのアホ娘は、一体なにを言っているのだ?
インサイダー取引が違法なことぐらい、今どきは中学生でも知っている常識ではないのか?
「ちっちっち、それが大丈夫なんですよねー」
「全然大丈夫じゃないわよ」
ああ、そうか。そういえばそうでしたね……
このアホの子には、世間の一般常識は通用しなかったのでしたね。
お母さん、死にたい気持ちにさせられたよ。
「なにを隠そう、この私自身が、インサイダーの種なんだよ!」
「はぁ? なにを言っているのよ? 環希、頭大丈夫?」
死にたい気持ちを通り越して、このアホを道づれにして今すぐ死にたい……
そう、世間様に迷惑を掛ける前に、母親である私が、製造者責任を取らなければ。
「失礼だよママ。私の頭脳は、いたって明晰だよ」
「じゃあ、その種を明かしなさいよ」
結局、ママ呼ばわりに逆戻りしているし。
頭脳明晰というよりも、脳味噌のシワが無くなってツルツルになっているのでは?
「単純なことだよ。私がテニスで活躍すれば、ズムズムの加入者が大幅に増えるから、業績も伸びて株価も上がるという寸法なんだよ!」
「そ、そう…… 随分と大胆な業績予想の気がするわね」
なんというのか、穴だらけの計画だこと。真面目に聞いた私が馬鹿だったみたいでしたね。
しかし、この娘だったら、テニスで活躍するのは確定した未来も同然なのだから、穴だらけの計画とは一概には言えないのかも知れない。
「だから、仕込むのなら私が活躍する前の、今がチャンスなんだよ」
「ま、まあ、不確定要素が多すぎるから、インサイダーには当て嵌まらないわね」
環希が言うとおりであって、ZoomZoomの株価が底値なのは確かなのだ。
来期は業績回復の目処もある程度は立っている。それならば、娘が活躍し始めるまでの数年の間、塩漬けにしておくのも悪くはない選択なのかも知れない。
ZoomZoomの発行済み株式数は、約二千万株。このうち市場で常に流通しているの株が三割と仮定して、六百万株。一株平均の取得額を450円と仮定して、百万株買い漁ったとして四億五千万か。
二期連続での赤字なのだから、空売りを入れても多少は下がってくれそうな気配もするな。
娘の話を半分に割り引いたとしても、五年で十倍には化ける計算か……
1/3に割り引いたとしても六倍か、悪くはないわね。
よし、仕込むか!
「ママ、それにね。私は最終的に、ズムズムの一つのチャンネルを、テニス専用チャンネルにしたいと思っているんだよね」
「随分と大それた野望じゃないのよ」
「テニスの普及には、専用のチャンネルは絶対に必要なんだよ」
「それはそうかも知れないけど」
でも、その専用チャンネルは、特定のコアなテニスファンだけしか見ないのでは?
しかしそれも、環希を始めとして日本人選手が活躍をすれば、おのずとファンは増えていくのだから、専用チャンネルを見る人も増えるのかも知れないのか。
「ほう? 面白そうな話をしているじゃないか」
「あ、お爺ちゃん! お爺ちゃんも、ズムズムの株を買ってくれる?」
「環希はテニス専用でテレビのチャンネルを作りたいのじゃな?」
「うん、そうだよ! グランドスラムにWTAやATPとかだけではなくて、ITFの下部サーキットやジュニアの試合も放送したら、テニスに興味を持ってくれる人も、もっと増えると思うんだよね」
下部サーキットやジュニアの試合なんか、その選手の身内や関係者など、それに一部のマニアしか見ないような気もするのだけど?
それでも、その一部の人間だけでもかなりの数の人数の上るのか?
しかし、結局のところ、テニスファンを増やすのには、スター選手の活躍如何に掛かっているのか。
そう考えると、日本には真の意味での、テニス文化というのは根付いていないような気がする。
野球やサッカーと違って、テニスって地味な印象が先行しているのかも知れない。
目の肥えたテニスファンにとっては、十分に楽しめるスポーツだとは思うのだけれど、一般の素人さんにとっては、テニス観戦というのは、ストロークが単調でつまらなく見えるし、多少取っつき難い面があるのは否めないのだ。
それで、いままでテニスに興味を持ってなかった層を取り込もうとすれば、結局のところ、スター選手の活躍の話に戻ってしまうのである。
ループ、ループ、ループ……
「うんうん、そうかそうか。よし、お爺ちゃんも環希に協力して、物言う株主になろうかのぉ」
「ありがとー! お爺ちゃん大好き!」
「お父さん! そうやっていつも環希を甘やかさないでちょうだい!」
「なに、どうせ墓の下にまで、お金は持っていけないのだから、可愛い孫娘の願いを聞いたほうが得というもんじゃ」
「まったくもう、環希には甘いんだから」
それにしても、仮想通貨バブルもそろそろ限界の気がするので、いつバブルが弾けてもいいように、そろそろ手仕舞いにして、勝ち逃げする予定にはしていたのだ。
まだ比較的安全そうに見える、手堅い企業の底値の株に資産を移すのは、リスクヘッジの観点からも必要ではあったのだから、娘のお願いは渡りに船とも言えるのである。
しかし本気で、テニス専用チャンネルを作りたいのであれば、経営に口を出せるぐらいの大株主に成る必要があるのか。
ZoomZoomの現在の筆頭株主は、地上波民放二社が15%弱ずつなのか。そうであれば、10%程度を握れば、ある程度の口出しは可能になりそうですね。
それ以上は、会社の乗っ取りとか警戒されてしまうので、やめておきましょう。出る杭は打たれるとも言いますしね。
それに、さすがにそこまでは私の懐にも余裕はないことだし。
でも、10%まで株を買い占めることになれば、預貯金の半分近くを突っ込むことになるのだから、これは完全に博打だよなぁ。
まあそれでも、かなりの確率で勝算が見込める博打ではあるのだけど。
なんといっても、私の娘が仕掛けの種なのだから。
つまり、その娘を産んだ、私が一番偉いという訳である。