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1 4-3 0-0 不純な動機だな


 ウェリントンG4大会の決勝戦も、既に第二セットの大詰めを迎えています。



「でやっ」


「15-40」



 そんな、フラットでイージーなリターンでは、鴨が葱を背負って、さらに鍋とガスコンロまで一緒に持ってきてくれたようなモノだよ?



「ら、ライジング……」


「ふふっ」



 よくぞ見破った!


 まあ、スイングの軌道、フォロースルー、素早く返ってくるリターンで、直ぐにバレちゃうのですがね。

 だから、よくぞ見破ったは、お遊びということです。


 しかし、あと、1ポイントで私の勝ちなのだから、もう時すでに遅し!



「くっ」



 チャンピオンシップポイントを握った私は、相手がサーブで入れてきたボールの跳ね際を素早く捉えて、右のフォアハンドで相手のバック側にリターンを返した。



「ちょんわ!」



 このリターンは、いわゆる、ライジングショットとか呼ばれているヤツです。


 バウンドしたボールが、自分の一番打ちやすい場所に来るのを待ってからリターンするのは、ごく普通のリターンですよね?

 その点、ライジングショットは、バウンドしたボールを自分から手前まで迎えに行って素早くリターンをするという、一見簡単そうに見えて、実は高度なテクニックを必要とする技術が、ライジングショットなのであります。


 ライジングショットは、リターンをするタイミングが早いので、相手から見ればタイミングをズラされてしまうのだ。

 だから、相手は自分の想定よりも早くボールが返ってくるので、ちゃんとした構えでレシーブをするのが難しくなるということです。


 その分、自分のリターンするタイミングも早くなるので、ボールをコントロールするのが難しくなるのだが。

 さらに、レシーブする姿勢も普通にリターンするのに比べて、打つ前の姿勢を変えすぎると相手に分かりやすくなるので、普段のフォームに近い形でレシーブしなければならないのである。


 スイングをコンパクトに振り抜かなければならないので、スイングの軌道が違うし、普段のフォームに完全に近づけて打つのは無理なんだけれども。

 また、相手がリターンしてきたボールの勢いを利用して打つため、コンパクトなスイングの割には、打球も速くなるのである。その分、コントロールがし難いショットといえるだろう。


 私だって、ライジングを打つ時は、多少浅めを狙って打ってちょうどいい具合になるのだからね。


 野球で例えるならば、打つポイントが早くなると、ファールになりやすいのだけど、打つポイントが早くてもセンター、レフト、ライトと打ち分けなければならないのと、少し似ているのかも知れない。

 なんとなく、打つのが難しいのが分かったでしょうか?


 これが、ライジングショットが難しい理由の一つだったりもするのです。

 簡単にライジングショットが打てるようになるのであれば、大半の選手が使うだろうし、ライジングなんて大袈裟な名前で呼ばれたりもしないよね?


 それだけに、高度な技術が必要なだけあって、その効果も大きくて、相手のアンフォーストエラーとかを誘発しやすくなるのが、ライジングショットなのである。

 ハム子様の得意技でもありましたね。彼女はライジングという武器があったから、世界のトップクラスを相手にしても、互角に戦えたというわけです。



「くっ」



 相手はタイミングをズラされながらも、なんとかレシーブの形を取ってリターンを返した。しかし、ボールは無情にも、ネットへと吸い込まれて行った。

 これで、ジ・エンドである。


 ライジングショットのリターンを、アンフォーストエラーというのは、少し可哀想な気もしますけど、ネットにこんにちは! これでは、アンフォーストエラーと言われても仕方がありません。



「ゲームセット、マッチウォンバイ、ニワノ! 6-0、6-0」



 おっしゃー! 勝ったどー!



「ナイスゲームでした!」


「ナイスゲーム、おめでとう。また、完敗だったわ」


「ありがとうございます!」



 また完敗とは、昨年の全日本ジュニアに続いてということなのかな?

 あの時は確か、6-1、6-1のスコアだった記憶がしますね。今日はそれよりも酷いスコアでボロ負けしたのだから、昨年の敗戦よりもショックは大きそうだね。


 でも、このITFジュニアの舞台に立っているのだから、同情はしないけど。あなたが勝ち上がってきた、その後ろにも、国内から海外まで大勢の敗者がいるのだから。


 しかしこれで、ITFジュニアサーキット初出場、初優勝だぜぃ!

 それに、60ポイントげっちゅだぜ! いぇい!


 ランキングもノーポイントから、一気に740位ぐらいまでジャンプアップだぜ!

 やったね!


 ジュニアグランドスラムに出場するためには、最低でもあと、500ポイントぐらいは、頑張ってポイントを稼がなければならないのか。

 ダブルスにも出場したほうが、多少なりともポイントは稼げるけど、うーん、どうしようかなぁ。


 私って協調性がないから、ダブルスって苦手なんだよね。見ている分には、ダブルスも面白いのだけどさ。

 もしかしたら、ダブルスでは、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのペアにも負ける気がするぞ。この二人は、ジュニアと言えども、グランドスラムのファイナリストだもんなぁ。


 なんだかんだで、里田、坂巻ペアは、良いコンビに成長したよね。さすがは、ダブルスの女王だったママだけあって、二人のダブルス適性を見抜いた相馬眼は凄いと思う。だから、引き抜きに近い形で、二人をウチに入れたのかも知れませんね。

 それに比べて、ママが私にダブルスを奨めないのは、たぶん、そういうことなのだろうね。


 いま考えても埒が明かないから、この問題は一時棚上げにしておきましょう。


 さっさとシャワーを浴びて着替えをして、次の目的地である、クライストチャーチに向かわなければ。

 私にはやらなければならないこと、達成しなければならない目標があるのだから。


 でも、その前に一応は、表彰式があるのかな?






 ※※※※※※






「麻生さん、飛行機の時間って何時?」


「一応余裕をもって、三時半の飛行機を予約しましたけど、今から空港に行けば、前の便にも楽に間に合いますね」


「空席があれば良いけどなぁ」



 クライストチャーチの大会は、予選に空きがあるからとかで、今日の予選は行われておりません。予選は明日の一日のみとなります。

 だから、SE、スペシャルイグザンプト。つまり予選免除は、認められなかったのですよね。とほほ…


 通常ならば、前の週の大会でSF以上に進出した選手は、翌週の大会の予選には間に合わなかったりするので、SEが適用されたりするのですよ。

 前の週の決勝と翌週の予選が同じ日に行われる場合が多いので、物理的に予選出場が不可能なために、それを回避させる救済措置ですね。


 翌週の大会の方がグレードが上の場合は、基本的にはダメですけど。






 ※※※※※※






「庭野との決勝は、どうだった?」


「全日本ジュニアの時よりも、確実に強くなっているわね」


「うーん、それもあるかも知れないけど、全日本ジュニアでの庭野は、本気を出してなかったんじゃないのかなぁ」


「あたいは庭野に遊ばれてたというわけか……」


「あなただけじゃないよ。みんなも遊ばれてたんだよ。それに、今日の決勝だって、どこまで庭野が本気だったのか微妙だよね」


「それでも、今日はデュースにさえ、持ち込ませてもらえなかったよ」


「あはは、それ私も同じだったよ」


「最後のほうで、ライジングを打ってきたんだけど、早すぎて対処できなかったわ」


「普通のライジングショットと違うの?」


「とにかく、リターンが返ってくるのが早いのよ。そう、並みの選手が使うライジングが、おままごとに見えるぐらいには」


「それはキツそうだね」


「まったく次元が違いすぎるわ」


「異次元ってヤツだね!」


「はぁ~、テニスやめようかなぁ」


「私は続けるけどね」


「ポジティブで羨ましいよ」


「だって、テニスやっていると、いい男を捕まえられそうじゃん!」


「不純な動機だな。でも、その考えもありっちゃありか?」


「うん、ありあり!」


「少しでも、いい男を捕まえるためにも、もう少し頑張るか」


「うんうん、その意気だよ!」


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