1 3-3 0-0 見慣れた光景
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい、忘れ物はない?」
「たぶん、ない!」
「たぶんって…… 環希、あなたねー。それに、髪もちゃんと梳かしてないわよ。直してあげるから、ちょっとこっち来なさい」
手櫛で梳かしたのだけど、ダメだったかな? どうやら、ママのお眼鏡には適わなかったみたいでしたね。
これでも一応は、身だしなみにも少しは気を遣うようにはなってきたんだけどなぁ。
まだまだ、女子力というのは、私の理解が及ばない謎ばかりの摩訶不思議な世界みたいです。
おっと、もう時間がないぞ。
「磯子行きに乗り遅れちゃうの嫌だから、もう行くよ!」
「はいはい、いってらっしゃい」
磯子行きは少ないから、それに乗り遅れたくないのですよね。
東神奈川止まりや桜木町止まりだと、乗り換えなきゃならないから面倒なんだよ。
その分、横浜や桜木町に通勤している人も私と同じ考えなのか、東神奈川止まりよりも混雑しているという噂を聞いたことがあるけど、東神奈川行きに乗った感じではあまり変わらない気がしますね。
まあ、東神奈川駅で乗り換えといっても、三分か四分も待てば電車は来るのだから、磯子行きに乗りたいのは気持ちの問題かな?
時刻は朝の7時40分、横浜線、小机駅。うぐいす色とグリーンのツートンカラーの帯を纏ったステンレス製の車体が、ホームに滑り込んできた。
ここ一年で、もう見慣れた光景だ。
物心ついた時から、ずっと見慣れているとも言えるのかも知れないけど。
まあ、比喩的な表現ってことで。
磯子行きの普通列車、8両編成の最後尾の車両、その一番端のドアから私は乗り込む。
通勤通学時間帯のため、車内はかなり混雑しています。それでも、品川や新宿に渋谷等、都心に向かう電車よりも、横浜線の混雑具合はこれでもマシな部類らしいのです。
そう、毎日、定位置を確保できるぐらいには、マシな部類みたいなのです。
あまり実感は湧かないけど。
これが、反対側の先頭車両だったら、菊名までは地獄なんですよね。
私も一度乗って、その地獄を経験してみて、もう二度と先頭車両には乗らないと心に誓いました。
新横浜で相鉄東急直通線に、菊名では東横線に乗り換える人が大勢降りるので、菊名を過ぎればある程度は空くのですけど、それまでに揉みくちゃにされて、ぐちゃぐちゃになってしまうんだよぉぉ!
せっかく梳かした髪も、これでは落ち武者の如くですよ。
ちなみに、横浜線では小机~新横浜~菊名が一番混雑が激しい区間らしいです。
おまえら、新横浜や菊名じゃなくて長津田でも町田でも、都心方面に行くのには乗り換えできるだろ。小田急は複々線化で混雑緩和したんだぞ。
こっちくんな、あっちいけ、あっち!
首都圏は人が多すぎる気がしますね。もっと地方に分散させないと、東京直下型地震でもくれば、それこそ日本は終わるぞ。
優梨愛ちゃんは、よくもまあ、こんな通勤通学ラッシュ時のおしくらまんじゅうを、三年近くも続けられていると感心しますね。
地元の公立中学にしておけば良かったと、少し後悔もしていたりします。
最後尾の一番端のドアが開くと、ドアの端に優梨愛ちゃんの顔が見えた。ここが、優梨愛ちゃんのいつもの定位置である。そこに私もお邪魔することにしたのだ。
うん、今日も相変わらず優梨愛ちゃんは可愛いですね。
やや垂れ目で伏し目がちだからなのか、アンニュイな雰囲気を醸し出している感じがして、年齢以上の色気まで出ている気がします。
性格は正反対のアグレッシブな子なのに、どうして、こんな雰囲気になったのでしょうかね? 不思議な感じがします。
「優梨愛先輩、ごきげんよう」
「ごきげんようっていうか、恥ずかしいから普通に喋ってくんない?」
なんでやねん。ごきげんようは、お嬢様学校のデフォルトですやん。
まあ、冗談で、ごきげんようと言うことはあっても、全部の挨拶がごきげんようは、都市伝説だったみたいでしたが。
でも私は、ごきげんようが都市伝説で逆に助かりましたよ。
素面で言うのには、私の経験値が全然足りませんので。
「あははは、優梨愛ちゃん、おはよーっす!」
「はいはい、おはようさん」
私も優梨愛ちゃんと同じく、山手女学院にコネで潜り…げふんげふん。山手女学院にスポーツ特待生として入学しました。
朝の通勤通学ラッシュが、こんなにも混雑しているのを知っていれば、山女に入るのを考え直したかも知れなかったのに。
世間では、お嬢様学校と呼ばれている、山手女学院の女学生が通勤通学ラッシュで、ヒイヒイ言っているだなんて、笑えない冗談だよ。
それに、本当のお嬢さまは電車通学なんかしないで、運転手付きの黒塗りの高級車で通学をしているのだから、私たちは、なんちゃってお嬢様ということです。
本当に高級外車とかで送り迎えしてもらっている生徒を見て、こんなお嬢さまが本当に居るんだなぁと思ってビックリしたよ。
というか、保護者や使用人等が送迎するのって普通にオッケーだったのね。
まったくもって、羨まけしからんことでございますわ。
わたくしは、満員電車に乗っての通学でございますのよ。
まあ、愚痴を言っても、現実は変わらないのでしたね。
つまり、現実と向き合わなくっちゃ!
でも、優梨愛ちゃんとお喋りして通学できるのも、あと僅かな期間しか…ん? 待てよ? そういえば、山女は高等部も同じ敷地だから、あと三年間は一緒に通えるのか。
なんだか、心配して損しちゃった気分だよ。
「ところで環希、アンタまた背伸びた?」
「どうだろ? まだ、160には届いてないと思うよ?」
「いや、160超えてるよ。ちゃんと測ってみな」
「あと三ヶ月で新学期だし、身体測定があるから、その時でいいよ」
新横浜で結構な数の乗客が降りる。だけど、乗ってくる人の数もそこそこ多かったりして、差し引きでは、多少混雑が緩和された程度かな?
「あたしはそろそろ伸びなくなるし、環希が羨ましいよ」
「優梨愛ちゃんは、165だっけ?」
「165はないと思うよ。あたしは伸びても、あと2、3センチが精々だろうね」
「女の子は高校生になったら、あんまり背が伸びないもんね」
そう言われてみると、前よりかは優梨愛ちゃんとの目線が、あまり変わらなくなっているような気がするな。
「170は欲しかったなー」
「テニスやっていると、どうしてもタッパは欲しくなるよね」
私の身長が中学一年生の三学期の時期で、160cmを越えているということは?
どうやら、私の身長は最低でも170cm弱ぐらいまでは、伸びてくれそうなので、一安心といったところです。
「来年の今頃には、あたし背でも環希に抜かれてそうで落ち込むわー」
「あはは、ドンマイ。でも、おっぱいでは優梨愛ちゃんの勝ちだよ」
もう既に、優梨愛ちゃんの胸部装甲は、75のD以上はありそうですしね。
つまり、トップは90以上ということです。
それでも、身長が165cmありますので、そこまで巨乳って感じには見えないのだけどね。
「電車の中で、おっぱい言うなし。胸と言え胸と」
なんでやねん。おっぱいええやん。
おっぱいは、哺乳類の母性溢れるふるさとなんやで。