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1 2-3 0-0 テニスアカデミー


「フロリダのテニスアカデミー? まあ、英語は得意になるだろうね」



 時刻は夜の八時半を回ったあたり。夕食を済ませて、リビングのソファでゆったりと寛いでいるところです。

 ママは、クラッカーにチーズを載せたのをつまみにして、ワインをチビチビと飲んでいます。


 小学校を卒業して中学生になるにあたって、私の今後の進路についてママと話をしているところです。

 それで、選択肢の一つとして、フロリダのテニスアカデミーへの、テニス留学の話題が出てきたということである。


 しかし、ママから肯定的な意見が聞けると思っていた私の予想に反して、ママの答えは意外や意外、テニスアカデミーを扱き下ろす言葉が、ママの口から発せられたのでした。



「もちろん英語は得意になるだろうけど、テニスをする環境も整っているじゃん」


「でも、あそこの卒業生で活躍している日本人選手って、どれだけいるの?」



 うん? そう言われてみれば、西織が活躍したのに目を奪われがちだけど、西織に続いて大活躍した選手は、あんまりいないような……?

 ATPの250や、WTAのインターナショナルを勝った選手は数人いるけど、ランキング的には50位以下までしか上がって来れなかったはずだ。


 まあ、トップ100入りでも、十分凄いことは凄いのだけど。



「数えるぐらいしかいないじゃないのよ」


「ママの言うとおりかも」


「つまり、基本的には、日本人には合わないシステムなんだと思うわ」



 うん、西織以降、日本人で超一流の選手は生まれてなかったわ。

 まあそれでも、あそこの環境でモノになったからこそ、極々少数のテニスプレイヤーが、超一流の仲間入りができるのだとも言えるのだろうけど。



「でも、超一流のテニスプレイヤーになるには、もってこいの環境じゃないの?」


「あそこで、モノになるのはダイヤの原石だけだわ」


「ダイヤの原石だけ?」


「そう、ダイヤモンドの原石だけ。ルビーやサファイアでは、潰れてしまうってことよ。でも、考えてみれば、そんなの当たり前よね」



 ん? なにが当たり前なんだ? ダイヤは良くて、ルビーやサファイアがダメな理由が分からんぞ。

 いまいち、ママの言っていることが飲み込めないよ。



「あそこは、使い物になる連中だけに、集中して投資しているのですもの。あそこの方針は、切り捨てよ」



 あー、そういうことか。モノにならないと見切りを付けられた選手は、フェードアウトしていくのか。



「それに、ファンドの方針も切り捨て」


「ファンドも?」



 ママが言うファンドとは、フロリダのテニスアカデミーに留学しようとする、ジュニア選手を金銭的に援助する組織のことです。

 つまり、篤志家事業ですね。


 公募制で、基本的に応募資格は、全国大会でSF以上に進出した実績が目安になっているとか?

 当然ながら、私も応募する権利を保持する有資格者ではあるのだけれど、私の場合は必要ない制度でしたね。


 ファンドは、あまり裕福ではない一般家庭のジュニア選手でも、フロリダに留学できる仕組みを作ったモノなのだ。

 一年間で掛かる費用は、五百万とも六百万とも言われていますし、それが数年間も続くのだから、子供がプロになって稼ぐ前に、親が破産しかねません。


 だから、一般家庭にとってみれば、将来、ランキングでトップ100位に入らなければ、返済義務が生じないテニスファンドは、有難いシステムなのでしょう。



「そう、ファンドも。一年間で達成させようとする目標が厳しすぎるのよ」


「ふむふむ」


「目標を達成しようとする、子供たちのプレッシャーは相当のモノのはずだわ」



 その目標の達成とは、たとえば、今年はジュニアランキング300位に入れたから、来年は150位以内に入れとかいうヤツなのかな?

 そうだとしたら、子供が受ける精神的な圧力は、確かに厳しいものがあるのだろうなぁ。


 そら、潰れるのか潰されるのか知らないけど、落伍者は出てくるわな。



「だから、モノにならないと分かった時点で、早々に見切りを付けられて日本に召還されてしまうのよ」


「厳しいんだね」


「ええ、厳しいわね。それで、日本に召還されてしまった子は、テニスが嫌になってラケットを握らなくなってしまうの」



 あー、でもそれって、なんとなく分かるかも知れない。

 日本では、同世代でトップレベルの実力を誇っていて、本人にもそれなりにプライドがあるはずなのだ。


 それなのに、「おまえはクビだ!」と宣告されるようなモノなのだから、ショックは大きいのだろう。思春期の子には酷な話だと思うわ。

 こんな仕打ちを受けたら、たぶん、私でもテニスが嫌いになってしまうかも知れないよ。



「挫折を味わった子で、再び這い上がって来れる強い精神力を持っている子なんて、極々少数しかいないのよ。子供には酷なシステムよねぇ」


「だから、ママはお薦めはしないと?」



 エリートほど、挫折には弱いとかとも聞くしね。自信満々だった鼻をボッキリとへし折られたら、立ち直るのも容易ではないのでしょう。

 そう考えると、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんって、小学生の私に負けてばかりなのに、平気の平左でテニスを楽しんでいるよね?


 つまり、あの二人は、テニスエリートではなかったんや!

 雑草魂を持っているから、図太い神経をしていたのでしたか。


 うん、納得した気がしますね。



「もちろん、行く行かないは個人の自由なのだから、どうしても環希が行きたいって言ったら、ママは最終的には反対はできないのだけど」


「うーん、私はどっちでもいいかな?」



 ママのその言い方だと、私にフロリダには行って欲しくないように聞こえるしね。

 親バカで子離れできないママのことだから、私がフロリダに留学してしまったら、毎晩、枕を濡らして寝る破目になりそうだしね。


 そうして、悲しみを忘れるために、寝れるようにと、お酒の量も増えて、アル中になってしまうのだ。



「どっちでもいいなら、此処に残りなさい」


「いえすまむ!」


「そう、環希ちゃんは良い子だね」


「ママの娘ですから」



 孝行娘は親の言うことを、ちゃんと聞くのです。

 けして、ママの圧力に屈したわけではないのだ。

 けして、ママの目が座っていて怖かったとかではないのだ。



「でも、日本でぬるま湯に浸かっている方が良いとは、ママも思わないから、こうして日本からでも、積極的に海外遠征をして経験を積ませようとしているのよ」


「優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのこと?」


「そうよ。彼女たちは見所があるわよ。フロリダに行かなくても、日本での育成でも世界に通用するところを見せたいじゃない」



 なるほど。だから、ママは日本にいながら、ファンドと似たような真似をして、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの金銭的援助を始めたのでしたか。

 世界で通用する日本人テニスプレイヤーを育てるとか言いつつ、育てる先がフロリダでは活躍したとしても、結果的には意味がないということなのかも知れない。



「ママは日本での育成に拘っているの?」


「海外にテニス留学をさせないと、日本人選手は強くなれないと思っている風潮があるわね」


「日本人には舶来信仰があるからね」


「でもこれって、裏を返せば、自分たちでは育てられません。そう公言しているようなモノでしょ? こういうのを本末転倒って言うのかしら?」


「そ、そうなのかな……?」



 なんか、ママの毒舌が鋭くなってきているような気がするのですけど?

 ワインのせいでしょうかね?



「それに、ママだってフロリダに留学してないのに、ダブルスでは世界を取れたのよ?」


「庭野まどかは凄かったんだね!」



 でも、それはたぶん、ママが庭野まどかだったから可能だったんだよ。

 なんだか、ママからブラック臭が漂ってきている感じがするのですが。


「私にも出来たのだから、君たちにも出来るはずだ」


 そうして、こうなる気がする。


「私に出来たことが、なぜ、君たちには出来ない?」


 でもこれって、時代錯誤の精神論を振りかざす、ワンマン創業者やブラック企業の発想と、まったく同じような気がするのですけど?

 人は自分の物差しでしか人を測れないとは、言い得て妙な気がしてきたぞ。



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