1 2-2 40-40a 説得力ないんだけど?
「優梨愛の野郎……
私を置いてきぼりにして行きやがって……
この恨み晴らさずにおれようか? 否、はらさでおくべきか!」
とりあえず、五寸釘と藁人形を用意しよう。うん、そうしよう。
まあ、冗談なんですけどね。
なんか、先月にも同じように、呪詛を呟いていたような気もするけど、気にしない方向でお願いします。
それで、私が呪詛を呟いていた、件の人物はといいますと、現在、日本にはおりません。
けしからんことにソイツは、義務教育の義務を放棄し学校をサボっていやがるのです。
なんとソイツは、タイとマレーシアへの、バカンスに行ってしまったのです!
それも、二週間という長期にわたってのバカンスなのですよ。
つまり、学校をサボって遊びに行っているのです!
それも、二週間も学校をサボるだなんて、ソイツは義務教育中の身であるのにもかかわらず、実にけしからん行為だと思います。
三学期に入って、ニュージーランドに行ったのと合わせて五週間も、学校をサボる計算になるんですよ?
ただでさえ、三学期は短いのに、学期の半分近くも休むだなんて、なにを考えていやがりますかね?
休ませて、海外を連れ回す、ママもママだわ。
うん、一番悪いのは、諸悪の元凶は、庭野まどかで決まりだな!
まったくもって、けしからん。特に私を置き去りにしていったことが。
けして、私も一緒にタイやマレーシアに行きたかったから、けしからんと言っているわけではありませんよ?
ええ、これはけして、私が連れて行ってもらえなかったから、嫉妬や僻みで言っているわけではないのです。
ええ、ちょっと匿名で、教育委員会に苦情の電話をしたとか、そんな野暮な真似はしてませんので、それだけは安心して下さい。
ちくしょう、本当は私もタイやマレーシアに行きたかったんだよ!
「環希には学校があるでしょ」とか、ママのいけず。
なんか、先月も同じような、やり取りがあったような気もしますけど、気にしたら負けです。
ちなみに、とても優しい優しいたまきちゃんは、萌香ちゃんを今回の藁人形の刑からは、除外してあげました。
萌香ちゃんもタイには一緒に行ったのですけど、中学校の卒業式があるから、マレーシアには行かずにバンコクから日本へと戻って来たのです。
それで、けしからんソイツの名前は、里田優梨愛とか言うらしいのですよ?
優梨愛ちゃんは、涙を飲んだ昨年の代表選考から一年。今年は、ITFジュニアでの活躍もあってか、見事にワールドジュニア予選の代表に選ばれたのでした!
拍手ー! ぱちぱちぱち。
それで、三月の初めにタイで、ITFジュニアの大会があったので、私を置いてきぼりにしてバンコクに行ってしまったのです。
その大会の会場は、四月の初めに開催される、ワールドジュニア予選と同じ舞台で行われるため、会場の下見、予行演習を兼ねての出場ということですね。
次の週には、マレーシアのサラワクに飛んで、現在、優梨愛ちゃんはバカンスをエンジョイしているのですよ。
まあ、バカンスをエンジョイは冗談なんですけど、学校の勉強は大丈夫なのでしょうかね? 少し心配になります。
ワールドジュニア予選に関していいますと、話は先月の下旬にまで戻ります。
※※※※※※
「環希、残念だったね」
「べつに、残念じゃないよ」
昨年の優梨愛ちゃんに続いて、残念ながら私もワールドジュニア予選の代表には選ばれなかったのです。
おそらく、年齢がネックになったのでしょうね。本来であれば、13歳か14歳の子を選ぶのが普通だもんね。
私はまだ11歳だから、普通に考えたら最低でも二年は早いもんね。
しかし、私には公式戦無敗という実績があるのだ。RSKでは、今回代表に選ばれた子をストレートで負かしてもいるのだ。
私に足りてなかったのは、年齢からくるITFジュニアでの実績であろう。国際大会の舞台に立ったことがないという、経験の不足である。
選ばれた子は、優梨愛ちゃんを含めて、全員、ITFジュニアでポイントを獲得した実績があったのだ。
優梨愛ちゃん以外の、二人のポイントが微々たるモノだとしても、ポイントはポイントである。
それに引き換え、私はといいますと、当然ながら、ITFジュニアのポイントはゼロである。
でも、年齢制限で出場できないのだから、それは仕方ないじゃん!
ああ、そうかい、わかったよ。
そういう仕打ちをしてくるのですね。
ふーん……
……いいよ、べつに。
私は団体戦なんて嫌いなんだから、元々無理して出る必要性は感じてなかったんだし。
よし、決めた! 金輪際、団体戦には出場しないと、今、決めた!
それに私は、元々協調性もないのだし、初めから団体戦ってガラじゃなかったんだよ。
協会は、その私の適性を見抜いていただけなんだから、協会は悪くはない。
選出された子は、既にITFジュニアで海外を経験していて、外国の選手と対戦もして勝ったこともある。私にはその経験がない。
うん。だから、協会は悪くないったら、悪くない。
すべては、私の不徳の致すところであって、私以外は悪くありません。
「優梨愛ちゃんは、私に気兼ねしないでタイに行っておいでよ」
「そうは言っても……」
「優梨愛ちゃんは、私に一度も勝ったことないけど、優梨愛ちゃんが強いのは、優梨愛ちゃんに何度も何度も勝ったことがある、この私が保証するよ!」
「アンタ、それ、あたしを褒めてないでしょ?」
てへぺろ♪
「そんなことないよ? 優梨愛ちゃんは、世界の同世代を相手にしても通用するよ」
これは本当のことだよ。間違いなく同世代相手なら、勝ち負けができる実力を優梨愛ちゃんは持っているのだから。
「あたしは…… アメリカやチェコ、ロシアとかテニス大国の、国を代表する同世代の強豪選手と対戦してみたい」
「だから、バンコクに行っておいで!」
そして、予選を勝って、ついでに本戦のチェコにも行っておいで!
本戦にまで行かないと、アメリカやチェコの強豪選手とは戦えないしね。
「もしかして、環希も選ばれなくて悔しかったの?」
「そんなこと全然ないよ」
なんで、そんな無粋なことを、わざわざ聞くのかな?
この私が、たかがワールドジュニアの予選に選出されなかったぐらいで、悔しいなんて思うわけないのにね?
「それ、説得力ないんだけど?」
「え、なんで?」
「だって、アンタ泣いてるんだもん」
「え? 私が泣いている……?」
この私が泣いている? 精神年齢は大人のはずである、この私が?
嘘でしょ?
あれ? でも、汗がしょっぱく感じるのは何故?
「うん、環希は泣いているんだよ」
これは、汗ではなくて、涙だったの?
どうりでしょっぱい訳だ。
いや? 汗もしょっぱかったのかも知れない。
そんなこと、今はどうでもいいや。
「あはは、おかしいよね。私は団体戦に出なくなって、逆に良かったと思っていたのに、泣くなんておかしいよね?」
「でも、選ばれなかったことが、環希のプライドを傷つけていたんだよ」
そうか……
私はプライドを傷つけられて、悔しかったから、泣いていたのか。
私は選ばれるのを当然と思っていて、それに慢心していたのか。
だから、きっと罰が当たったんだな。
「わだしは、べづに悔しくなんか、悔ゃしくなんか、ぐやじぐにゃんか……」
「泣きたい時は、我慢しないで泣けばいいって、誰かが言ってたよ」
「でも……」
「あたしの胸で良かったら貸すから、泣いていいよ」
なに、その男前な発言は? 惚れてまうやん。
でも、優梨愛ちゃんのその行為に、今だけは甘えてもいいよね?
どうやら、私も我慢の限界みたいで、ダムが決壊寸前なのですから。
「うわーん! ぐやじい、ぐやじい、ぐやじいよー!」
「うん、今は一杯泣いて、嫌なことは忘れてしまおう」
優梨愛ちゃん、ありがとうね。
今だけは、泣かせておいて下さい。
どうやら、私は自分が思っていたよりも、精神年齢が低かったみたいでしたね。
こういうのを、魂は肉体に引きずられるとか言うのでしたっけ?
当初の予定では環希もワールドジュニア予選に出場する予定だったのに、どうしてこうなった?