1 2-2 40-40 呪詛
「萌香の野郎……
優梨愛の野郎……
私を置いてきぼりにして行きやがって……
この恨み晴らさずにおれようか? 否、はらさでおくべきか!」
とりあえず、五寸釘と藁人形を用意しよう。うん、そうしよう。
まあ、冗談なんですけどね。
寒風吹きすさぶ新横浜公園テニスコートから、みなさんこんにちは!
庭野環希です。私もようやく11歳になりました。
秋から冬にかけてのこの間に、とうとう私にも来るべきものが来ました。
そう、お月様からの使者であります。
今世での私の性別は、やはり女なんだなぁと、つくづく実感させられる事となりました。
もう既に、真ん中の相棒を失ってから相当経ちますし、胸も育ち始めていますので、頭では解ってはいたのですけど、実際に体験してみるまでは頭の隅に押しやっていたのですよ。
それで、お赤飯を炊いてお祝いするのって、どうやら都市伝説ではなかったようでした。
はっきり言って、祝われる本人からすれば、これはかなり恥ずかしいイベントの気がするぞ。
しかし、想像していたような、鈍痛や倦怠感にイライラするようなこともなくて、ちょっと拍子抜けしました。
どうやら、私は軽いタイプだったようで、運動競技をしている身としては助かりましたね。
もしかしたら、前世の魂が何らかの影響を及ぼしているのかも知れません。
まあ、それを調べる術はないので、私の想像でしかないのですがね。
それにしても、寒いです。
ズズゥ~…
寒すぎて鼻水が垂れてくるよ。
立春も過ぎたのに、ちっとも春めいて来てはくれません。
二十四節季って適当すぎるだろ。
それで、私が呪詛を呟いていた、件の二人は現在、日本にはおりません。
けしからんことに二人は、義務教育の義務を放棄し学校をサボっていやがるのです。
なんと二人は、ニュージーランドへバカンスに行ってしまったのです!
それも、三週間という長期にわたってのバカンスなのですよ。
つまり、学校をサボって遊びに行っているのです!
それも、三週間も学校をサボるだなんて、二人は義務教育中の身であるのにもかかわらず、実にけしからん行為だと思います。
まったくもって、けしからん。特に私を置き去りにしていったことが。
けして、私も一緒にニュージーランドに行きたかったから、けしからんと言っているわけではありませんよ?
ええ、これはけして、私が連れて行ってもらえなかったから、嫉妬や僻みで言っているわけではないのです。
ええ、ちょっと匿名で、教育委員会に苦情の電話をしたとか、そんな野暮な真似はしてませんので、それだけは安心して下さい。
ちくしょう、本当は私もニュージーランドに行きたかったんだよ!
「環希には学校があるでしょ」とか、ママのいけず。
昨秋に行く予定だった海外遠征の代わりなのか、一月半ばから二月前半に掛けてニュージーランドで三週連続で開催される、ITFジュニアの大会に出場するために、ママたち三人は旅立って行ったのです。
この時ほど、自分の年齢が恨めしく思った時はありません。私はあと二年もITFジュニアには出場できないのだから。
それで、ニュージーランドの大会のグレードはそれほど高くなくて、最初の週のウェリントンがG4、翌週のクライストチャーチもG4、最後のオークランドがG3となっています。
既にITFジュニアで、そこそこの実績を残している、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんにとっては、手頃なグレードの大会といえるでしょう。上手く行けば、優勝すら望めるかも知れません。
ちなみに昨秋に大阪で開催された、世界スーパージュニアでの二人の成績はといいますと、予選は無事に突破できたのですけど、本戦は鬼門でした。
本戦では、優梨愛ちゃんが初戦で敗退して、萌香ちゃんは二回戦で敗退してしまいました。
まだ二人にとっては、世界の壁は分厚かったみたいでしたね。ドローの振り分けが、最初にシード選手と当たる組み合わせになりやすいから、これは仕方がなかったのだとも言えるのですが。
二人で組んだダブルスは、QFまで進出したけど。
ダブルスとはいえ、ITFジュニアサーキットに参加して、まだ数ヶ月の新人が、グレードAの大会でQFまで勝ち上がったのは立派だと思います。
いつの間にやら、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの二人は、ダブルスでもいいコンビを組んでいたようですね。
……私を置いてきぼりにして。
それで、一人寂しく日本に取り残されて、お留守番をしている私はといいますと、今日はU-14全国選抜ジュニアの神奈川県予選の一回戦を戦うために、新横のコートへと足を運んだ次第であります。
いくらU-14の大会とはいえ、本来であれば、私が出るような大会ではない気もするのですけど、この時期には、私が出場できる適当な大会がこれしかなかったのですよ。
ママたち三人が不在の間に、私の練習が疎かになってはいけないと半ば強制的に、この大会への出場をぶち込まれたともいいますけど。
そして、全国選抜ジュニアの14歳以下の本戦は、ワールドジュニア本戦の代表選考も兼ねているのです。
私は昨秋にRSKを優勝していますので、ワールドジュニア予選の代表は当確であります。
しかし、ワールドジュニア予選の代表に選出されたからといって、仮に日本が本戦に出場できた場合でも、その予選で戦った三人がそのまま本戦の代表になるとは限らないということです。
ちょっと分かり難かったかな?
つまり、ワールドジュニアの本戦は本戦で、予選とはまた別に、もう一度代表を選び直しましょうということですね。
予選で頑張ったとしても、落選する可能性があるだなんて、無体な気がしないでもない。
でもまあ、協会としては、予選の選考から後の半年の間で、成長した選手もいるだろうから、それを見て判断したいというところでしょうか?
でもなぁ~。私がここで優勝したところで、これ以上はポイントも増えないし、あまり気乗りがしない大会なんですよね。
それに、お外は寒すぎますし。
私のランキングポイントは、昨秋のRSK関東予選と本戦の優勝により、1340ポイントまで増えているのです。ぶっちぎりで12才以下のランキング一位ですね。
それで、この大会で優勝した場合に得られるポイントというのが、125ポイントなのですよ。
しかし、私の場合は、ここで優勝して125ポイントを獲得しても、ランキングには加算されないのである。
つまり、125ポイント以上を獲得している大会が、もう既に五大会以上あるからですね。
べつに、一回戦はまだ出てもいいんだよ。新横でやるのだから、歩いても行けるし、それにハードだし。問題は二回戦以降なんだよね。
東俣野? それってドコですか?
戸塚の原宿の先? ほとんど大船か藤沢じゃないですかやだー。
ぶっちしてもいいですか?
え、ダメ? さいですか。
こうなったら、このやり場のない怒りを、対戦相手にぶつけるしかない!
多少、理不尽な気もしないでもないけど、相手の子は中学一年生で私よりも年上なんだから、きっと許してくれるでしょう。たぶん。
※※※※※※
「ずどーん!」
「ぐ、ぐっど……」
「ゲームセット! マッチウォンバーイ、私、庭野! 8-0!」
八つ当たりして、ごめんね? でも、仕方なかったんや。
だって、寒いんだもん。
寒い時期の試合は、怪我もしやすくなるから、なるべくなら試合をしたくないですしね。
さっさとお家に帰って、コタツでぬくぬくと猫みたいに丸くなろう。
試合描写? なんですかソレ?