1 2-1 15-0 またその反応かい!
「うえーん! また負けたー! 環希ちゃん慰めて」
「負け犬には用はありません。しっし」
「またその反応かい!」
優梨愛ちゃんが、神奈川県中学生テニス大会の決勝で負けました。また準優勝です。
これはもう既に、彼女にシルバーコレクターやブロンズコレクターの異名を授けても問題ないレベルで、準優勝やSF止まりに愛されていますよね?
それで、優勝したのは、三年生の松中恵玲那さん。松中さんは、優梨愛ちゃんが昨年まで在籍していた、STCに所属していますので、松中恵玲那さんは優梨愛ちゃんの元先輩に当たります。
両者ともに、相手のゲームをワンゲームづつブレイクした互角の勝負は、6-6からタイブレークに突入して、最後は松中さんの意表を突いたドロップショットが決まって、ゲーム終了となりました。
松中さんのテイクバックのモーションで、ドロップショットを打つと分かった瞬間に思わず、「ドロップ!」そう声を出しそうになってしまったので、慌てて手で口を塞ぎましたよ。
よほど上手い人でもなければ、ドロップショットを打つ時の動作というのは、どうしても身体の動きがぎこちなくなるので、相手からすれば、ドロップショットが来ると分かることは分かるのです。
まあ、それでも、瞬時に反応してドロップショットのボールに対応できるのか? それは、べつの問題なのですがね。
ドロップショットに対応するには、前方に突進する瞬発力が必要になってきますので。
それで、基本的にテニスでは、外野から声を掛けてのアドバイスやコーチングは禁止されているのです。
応援もプレー中は禁止なのです。本来であれば、「頑張れ!」とか言うだけでも、ダメなんだよね。
まあ、あまり厳格には守られてはいない気もするのですが。
しかし、ルール上はそうなっているのですよ。
もちろん、ジェスチャーやパントマイムで選手に指示を送ることもいけません。
だけど、これには例外もあって、WTAツアーでは、エンドチェンジのインターバルの間に、コーチを呼んでのアドバイスは認められているのです。
しかし、ITFが統括するグランドスラムや下部サーキットでは認められていません。
これは、主催者と統括する団体の違いによるものですね。
それにしても、バコってパワーテニスをしていた松中さんが、最後には自分のテニスを曲げて勝ちに来たということですね。
ベースライン深くに押し込まれてレシーブをさせられていた優梨愛ちゃんは、この意表を突いたドロップに対応できなかったという訳です。
自分のプレースタイルを捨ててまでセコく勝ちを拾いにきた、松中さんの執念の勝利とでも言えるでしょう。
しかし、ドロップショット、それ自体がセコいとまでは思わないですけどね。私もドロップは多用しますし。
といいますか、テニスでは前後左右に揺さぶるのは、普通に当たり前であり、それは戦術の範疇ともいえるのです。
つまり、優梨愛ちゃんよりも松中さんの方が、一枚上手だったということである。これが、二年の経験の差なんだろうなぁとか思ってもみたりして。
まあ、あのドロップショットはバレバレだったので、私には通用しないのですがね。
松中さんはバコバコガンガン打つタイプの選手なので、小技はあまり得意なタイプではありませんしね。今回は優梨愛ちゃんの意表を突けたから、ドロップが成功したとも言えるのでしょう。
でも、バコバコ打つバコラーとまでは言わないけど、パワーテニスの方が今のテニスでは世界の主流なんだよね。
だから、松中さんも結構いい線まで行くのかも知れません。
ちなみに、萌香ちゃんもSFで松中恵玲那さんに、6-4で敗れていたりします。
「優梨愛ちゃんが、同じセリフばかり言うからなんだよ」
「はぁ~… あたしなんだか、祟られている気がするわ。こうなったら、お祓いに行こうかな?」
「いや、祟られているというよりも、善戦の女神に優梨愛ちゃんは愛されているんだよ」
私には見えるのだ。優梨愛ちゃんの背後で微笑んでいる妙齢の女性の姿が。
背後霊とか守護霊とかではないと思いたい。
ましてや、憑りつかれているだなんて、 ……ないよね?
「善戦の女神?」
「だって、優梨愛ちゃんは準優勝とか準決勝敗退が好きでしょ?」
「好きで準優勝ばっかじゃないんだよぉぉ!」
「そうだったの? 知らなかったよ」
まあ、本当は知っているのだけど。誰も好き好んで優勝を逃すだなんて、酔狂な真似をしたがるアスリートなんていませんしね。
そう、それが八百長でもない限りは。
「アンタねー、負けたのは三年生相手であって、同学年と二年生には勝っているわよ」
「でも、準優勝だったのだから、やっぱ愛されてるんだよ」
「それって祟られてるんだよ!」
「そう優梨愛ちゃんは仰ってますけど?」
私はぴょこんと顔をずらして、優梨愛ちゃんの背後にいる女神さまに話し掛けてみた。
「女神さまは、腕を組んでおかんむりの様子でありました」
「アンタは一体、誰と喋っているのよ?」
「善戦の女神さま」
「環希ちゃん…… 病院行こうか?」
うん、そんな幻覚が見えたんだよ。