1 1-1 40a-40 シコる
爽やかな風が初夏の薫りを運んでくれる五月晴れの黄金週間。
みなさまは日々いかがお過ごしでしょうか?
風薫る素肌きらめく少女かな。
私は元気でやっております。一応ですが。
「優梨愛ちゃん、がんばれー!」
「あいよー!」
ゴールデンウイーク、子供の日、快晴。
近所にある、新横浜公園テニスコートにやってきました。
多少は心配もしましたけど、優梨愛ちゃんは無事にQF、クォーターファイナル、つまり、準々決勝に勝ち進むことができました。
今日の私は、自分が試合に出場するのではなくて、優梨愛ちゃんの応援ですから、ちょっと近所に買い物に行く感じの普段着の格好をしてのお出掛けとなります。
薄いうぐいす色に花柄のシフォンワンピースが今日の装いになります。薄いスカイブルーのやや太めのリボンベルトを後ろの腰で結んでいます。
また、薄紫色をしたスミレのコサージュをやや高めの左胸に付けて、ワンポイントのアクセントになっています。
……ババ臭いとか、センスがないとか思ったヤツ、ちょっと前に出ろ。
私にはコーディネイトの決定権はないんだよぉぉ!
ごほん、失礼いたしました。
まあ、私もコサージュはいらないと思ったのですけど、自称スタイリストなのかコーディネーターなのか知らないけど、あまりママには逆らえませんので、私はママのされるがままの玩具になって、心を凍らせ嵐が過ぎるのをじっと耐えるだけなのだ。
お外の空気が美味しいなぁ。
こんなにも太陽って暖かかったんだね。
初夏の日差しを浴びて、私も少し早めの成長期に入ったのか、胸筋が発達し始めてきました。
うん、まあ、いわゆる、成長すれば母性愛が溢れるであろう、人類の故郷というヤツでございます。
それに、最近では胸の先端がシコってムズ痛いのですよ。もうそろそろ、スポーツブラという名の下の外付け胸部装甲を装着しなければ、いけない時期に差し掛かっているのかも知れません。
ちなみに、テニスでのシコるとは、相手のサーブやリターンの球をひたすら泥臭くシコシコと拾って返球し、相手のミスを待つ戦術です。
ラリーの応酬になって、相手が根負けをすればイージーミスが発生しやすくなるのだ。つまり、アンフォーストエラーですね。
シコシコと球を拾うからシコラーなのですかね? セコセコかもしれないけど。
私が前世でテニスをしていた時には、もう既にシコラーとかそう呼ばれていましたので、その語源についてまでは知りません。
シコるテニスとは、つまり、シコラーとは、積極的なプレイスタイルとは真逆の、待ちのテニスと言えるでしょう。
積極的なテニスは、バコる、バコラーとか呼ばれています。
私の頭の中では、テニスのシコるとは、雑巾がけのイメージでしょうか?
相棒をシコるはピーなので、割愛させていただきます。
相棒がなになのか? ……それは、自分の心が決める。
胸がシコる、ラケットでシコる、相棒でシコる。
まさか、三つある言葉の定義のうちの一つを失うとは、前世では思ってもいませんでした。しかし、もう既にそれにも慣れました。
今日は白目になることばっかりだよ……
それはそうと、萌香ちゃん発見!
萌香ちゃんとは、現在、中学三年生のお姉さんで、私が小学二年生の時から、月に二、三度ウチに来てもらって、私の練習相手になってもらっている女の子のことです。
名字は坂巻とかいいましたね。坂巻萌香ちゃんです。普段は下の名前でしか呼ばないから、たまに名字を度忘れしそうになるよ。
だから、萌香ちゃんとは三年の付き合いになって、優梨愛ちゃんよりも長い付き合いなのです。
その萌香ちゃんもQFに進出していたんだね。まあ、萌香ちゃんのランキングでいったら順当でしたか。
彼女の関東ジュニアランキングは15才以下の部で、堂々の第12位であります。神奈川県だけでいったら、4位になります。
ランキングでいったら、優梨愛ちゃんよりも上ですね。二歳の差がありますので、一概には比べられませんが。
ちなみに、私をここに混ぜるとなると、私の関東ジュニアランキングは、20位になり、神奈川県だけでは、6位になったりします。
この時点で、私は優梨愛ちゃんに負けたことすらないのに、ランキングでは優梨愛ちゃんに追い抜かれてしまっているのです。
12才以下のポイントと、14、15才とかで貰えるポイントとの差が大きいから生まれる、数字のマジックとでもいいましょうか?
私が出場してなくて、優梨愛ちゃんが出場した大会のポイントが高かったということですね。
その内訳はといいますと、全小SF、160P。全日本ジュニアF、200P。RSK関東予選F、210P。RSK本戦F、300P。U14選抜関東予選F、281P。
ランキング対象ポイントの合計は、1151ポイントになります。
私は1120ポイントから増えてませんので、逆転されたということです。
それでも、12才以下に限っていえば、二位だった優梨愛ちゃんが抜けた分、ぶっちぎりに近い差で堂々一位なんですけどね。
話がそれた。
それで、萌香ちゃんの周りにいるのが、他にQFまで勝ち進んだ面子みたいですね。
どこかの大会ですれ違っていたとか、テニス雑誌やネットのテニス関連のサイトに載っていたりして、どこかで見たことあるような顔ばかりですので、おそらくはそうなんでしょう。
実力がなければ、雑誌にもネットにも取り上げられないもんね。
ジュニアテニスの世界は狭いものでして、上位に進出する選手の顔ぶれというのは、あまり変わり映えがしないのである。
ドローで大会の結果を見ても、それは一目瞭然ですしね。ほぼ毎回同じ名前が上位を占めているのですから。
神奈川県でいいますと、色々な大会の予選のベスト16に残る選手の中で、16人中13、14人は、毎回ほぼ同じ面子になるほどなのです。
その13人か14人の中で、QF進出の座を争っているのが現状というところでしょうか。
対戦する選手の年齢が、同学年と一学年上に一学年下までが殆どの対戦相手なのだから、顔ぶれが似たり寄ったりになるのも、当然といえば当然でしたね。
優梨愛ちゃんはその輪の中には入れなくて、一人寂しく軽めのウォーミングアップをしています。
これは、いままで同学年でわちゃわちゃしていた所に、中学一年生という異物が混ざってきたので、どう接したら良いのか距離を測って様子を探っているのでしょう。
萌香ちゃんは、私を通じて優梨愛ちゃんとは顔見知りなんだから、声を掛けても良さそうな気もしますけど、年頃の女の子は空気を読むのが上手いから、あえて遠慮したのかな?
空気を読めないと、そのサークルといいますか、友達の輪からはじき出されてしまうのが、女の厳しい世界なのですから。
あ、でもこれは、日本の社会においては、どのコミュニティでも同じような気がしますね。イジメられる原因の一つには、間違いなく空気を読めないからハブにされたというのがあると思いますので。
つまり、優梨愛ちゃんは友達が少ないどころか、ボッチだったんや。