1 1-1 40-40 イモる
「神奈川って全国屈指の激戦区の一つなんだよ? それ解ってる?」
「そっか、ドローしだいでは、コケるかも知れないのか」
「そういうこと。神奈川は厳しいんだからね!」
うん、それはさっき理解したよ。逆に言えば、いままでは理解してなかったとも言えるのだけどね。
「出場するのは、シングルスだけなの?」
「まあね。入学してからまだ日が浅いし、ダブルスは先輩にお任せってことで」
テニス部の子たちとは一緒に練習しないのだから、ダブルスも呼吸を合わせ難いわな。
ペアを組むであろう相手の子も、呼吸が合った相手とダブルスを組みたいだろうしね。
「当然だけど、一年生で出場する選手は少ないんでしょ?」
「本当の一年生は、早い子でも夏の新人戦からが本番だからね」
本当の一年生って…… まあ、優梨愛ちゃんの実力は別枠という意味なんだろうけど。
神奈川県中学生テニス大会は、ゴールデンウイークの期間に開催されるので、参加の締め切りというのは、遅くとも四月の前半のはずである。
その締め切り時に、海の物とも山の物とも判断がつかない新一年生を出場登録すること自体が、普通ならば無謀なのだ。
しかし、優梨愛ちゃんには小学生時代における実績があったので、強引に捻じ込んだのであろう。
県の中学校の学生大会とはいえ、神奈川県中学生テニス大会は、れっきとした関東ジュニアトーナメントの公認大会なのである。グレードはG3-Aだけど。
つまり、関東ジュニアランキングで15才までを含めたランキングでも18位。神奈川県だけに限っていえば、5位という上位に位置してシードされるランキングの優梨愛ちゃんを、参加させないという道理はないということです。
さすがは、特待生枠で入学しただけのことはある。「特待生としての実力を証明してみせろ」とかなんとかでしょうか?
つまり、優梨愛ちゃんは入学して早々に、扱き使われているということですね。
しかし、中学三年生までを含めたら、神奈川県でランキングが5位だから、優梨愛ちゃんは厳しいと言っていたのですね。
ランキングどおりなら、順調に行ってQF進出は可能だけど、R32やR16でコケる可能性もあるのか。
それで、関東ジュニアトーナメントのスケジュールを、ネットで見ていて思ったのですけど、締め切りが前年度の三月に出場登録を締め切っちゃう県では、やはり、新一年生は県大会に出場できないのかな?
まあ、そんな県は一つしかないようなのですが。
でも、その県の中学校に在籍している新一年生は、ご愁傷さまですとしか言いようがありません……
どうも、登録時期や参加料の値段とかに統一性がなくて、各都県でバラバラなんですよね。
ちなみに、神奈川県の個人戦の参加料は、500円です。お得ですよね! さすがは、学生大会ですね、安いです。義務教育における部活動の一環だと思い、感激した次第であります。
それで、他の県はどうなのだろうと、他県の開催要項を調べてみたら、300円と激安な県もあったけど、3千円とかの県もありました。
この違いは、各県の中学校テニス連盟の違いの問題なのでしょうかね?
「あたしは基本的にダブルスも免除で、団体戦には参加すらしないなんちゃってテニス部員だぜぃ」
「まあ、私らの環境ではそうなるよね」
団体戦には参加しなくても構わないという条件で、山手女学院に入学しているからね。
といいますか、特待生なのにその条件をよく山女が呑んだよなぁとか思わなくもない。
個人戦でも選手が活躍をすれば、それが学校のステータスになると考えたのかな?
ママがあれこれと優梨愛ちゃんの実力を吹聴して、言い包めたのかも知れないけどさ。
「練習をする場所も目指す場所も違うからね」
「というか、結局はテニス部に所属したんだ」
「テニス部に所属しないと、全中には出れないんだよ」
まあ、よくよく考えてもみれば、それも当たり前の話だったのかも知れない。
学生の大会というのは、「教育の一環として日頃の部活動の成果を発表する場」とか、云々かんぬんと長ったらしく、教育なんちゃらとかに書いてありそうだしね。
つまり、部活動の発表の場であるのだから、当然ながら、その活動をしている部に所属していなければならないという事である。
昨今の少子化や学生の運動部離れで、チームで戦う競技とかでは部員の数が足りなくて、合同校での参加や臨時のヘルプを頼むなんてことも耳に挟むし、日頃の部活動の成果を発表するというのは、建前のような気もするけどね。
あと、主に私立の学校の勝利至上主義も、教育の一環とは、とても言い難いよなぁ。
こんな風潮だから、テニスでも芋ジャッジが増えて、それがトラブルの原因にもなっている気がするよ。
ちなみに、テニスでの俗語である"イモる"は、自分に有利なセルフジャッジをする卑怯な行為のことを言います。その芋ジャッジをする選手は、イモラーと蔑まれて呼ばれるのです。
テニスのセルフジャッジでは、自分が見て判定が微妙だなと思った時には、常に相手に有利なジャッジを心掛けなくてはならないのです。そう、本来であれば。
ネトゲのFPSでの芋虫スナイパーや、関西弁のイモるは、ビビり、チキン、臆病とかのニュアンスなので、テニスの俗語である方の、イモるとは微妙にニュアンスが違うので、似て非なるものになるのかな?
近年、イモラーと呼ばれる行為をする選手が増えている、このセルフジャッジに関する問題は、はっきりと言って、選手の親、指導者、大会関係者等、大人の責任だと思います。
対戦相手の良心、マナーを信じて行われる、セルフジャッジというルールが本当に正しくて素晴らしいものであれば、グランドスラムやATPにWTAのツアーでも採用すればよいのですよ。
一度試しに、セルフジャッジで行われるグランドスラムを見てみたい気がしますね。どうなるのかワクワクして楽しそうではありませんか?
話がそれた。
「個人戦でも?」
「おふこーす!」
なるほど。つまり、なんちゃってテニス部員が全国中学生テニス大会の個人戦で、上位をほぼ独占しているのか。
野球に例えると、部活として活動しているアマチュアの中学野球の大会に、甲子園常連校へ特待生で進学する選手やプロ予備軍の選手を大勢抱える、シニアリーグやボーイズリーグのチームが、混ざって参加しているようなモノなのだ。
そら、プロ予備軍の方が勝つのは当たり前である。
それはそうと、話は先ほどの、他県の開催要項に戻るのだけど、他の県ではテニス部に所属していなくても、個人戦には出場できるように書いてあったりもするのですよね。
神奈川県では、テニス部に所属するのが必須条件なのに、他県では違うとか、本当に各都道府県や各種テニス連盟とかで、基準がバラバラなのがテニス界なのだと思わされましたよ。
そりゃあ、ジュニアランキングも統一されないわな。