242話 解説者、庭野環希
千葉県柏市 テニス研修センター
「テニスのランキングというよりも、社会的な地位がある人たちなので」
「どうせ私は社会的な地位もない子供ですよ」
「いえ、そこまでは言ってないのですが……」
言葉に出して言ってないだけで、私が子供だから与しやすいとか思って、声を掛けてきたと暗に認めているようなモノでしょーが。
目は口程に物を言うとかって言葉もあるぐらいだし、記者の態度に私が子供だからと舐めた雰囲気が出ているんですよ。
こちとら、世界ランキング17位だぞ、ごらぁ!
少しは敬いたまえ。
「それにさ、記者さんも柏25kの取材で此処に来てたんでしょ? たまたま私がTTCに遊びに来ていたというだけで」
「そういえば、そうでしたね」
「その25kに出場している主役の選手を差し置いて、私に取材するという行為は、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんに対して失礼な行為だと思うんだけど、そこんとこ記者さんはどう思われますか?」
「そう言われると、返す言葉もありません」
だったら、ちゃんと試合を見て記事に書く内容のプレーを目に焼き付けておけよな。
いまの時代、ネットで試合のリプレイ動画を直ぐに見直せるものだから、記者の生で試合を見る目も適当になりがちになるんだろうなぁ。
酷い記者の場合だと、試合を見ないで試合後の記者会見で負けた選手に対して、「おめでとうございます」とか、ふざけた言葉で質問を投げ掛けてきた記者もいるんですよね。
こういった記者は、仕事で配属されたからテニスの記者をやっているだけであって、本当に自分がテニスが好きとかではないんだろうね。
その点では、まだこの記者はテニスに興味があるだけマシな部類なのでしょう。
「それに、今は決勝戦の真っ最中なんで、私は二人の試合を観戦したいんですよ」
「え? あ、はい、そうでしたね。失礼しました!」
「うむ」
理解できたのならばよろしい。無礼な行為は許してしんぜよう。
たまきちゃんは、無慈悲な女王とかじゃないからね!
「あちゃー、優梨愛ちゃんは勝ちが見えてきた途端に守りに入っちゃったかー。こりゃ負けたな」
「負けた? 里田選手がですか?」
「うん、この試合は萌香ちゃんの勝ちで決まりだね」
「庭野選手の目から見た、そう断言できる根拠を教えてください」
まあ、私に対してのインタビューとかではないのだから、試合の解説ぐらいはしてあげましょうかね?
たまたま隣同士になったので、試合の感想を言い合ってるだけという体ならセーフだしね。
「勘というか、二人のプレーを見たまんまの感想なんだけどなぁ」
「里田選手のほうが4-2とリードしているのに、ここから坂巻選手が逆転で勝てるのでしょうか?」
「精神的にタフな選手が相手だったら、ワンブレイクアップなんて無いに等しいリードなんだよね」
「つまり、坂巻選手のほうが精神的にタフということですか?」
いぐざくとりー、そのとおりでございます。
ああ見えても、萌香ちゃんってしたたかだし、打たれ強くもあるんだよね。
まあ、優梨愛ちゃんもタフだとは思うけど、まだ萌香ちゃんと比べたら、踏んだ場数の違いで差があるんだよね。
「スコアの差以上に、リードを許している萌香ちゃんには余裕があるのに対して、現状では勝っている優梨愛ちゃんには、精神的な余裕がないんだよ」
「なるほど、素人の私が見ただけでは判断が付かない何かがあるのですね」
「そうなるのかな? だけど、素人でも長年テニスの試合を見慣れていてセンスのある人だったら、萌香ちゃんのほうが有利だと判断すると思うよ?」
「どうやら、私にはそのセンスというモノがないようでして……」
それは、ご愁傷様ですとしか言いようがありませんわな。
私ではどうすることもできない難問ですわ。
「まあ、そればかりは本人の資質にも左右されるからねー」
「庭野選手から見て、ランキング上位の選手と、長年ランキング下位に甘んじている選手との差は、一体何が違うのでしょうか?」
「違いですか? ランキングの差がそのまんまレベルの差じゃないんですかね?」
怪我をして戦列を離れている強豪選手や、才能は有るけどまだデビューしたてとかの選手は当て嵌まらないけど、基本的に選手のランキングに極端な差がある場合は、実力にも差があるということです。
「もう少し具体的にお願いします」
「とは言ってもなぁ。私ってプロデビューしてから、ランキング200位以下の選手との試合をしたことがないので、答えようにも答えられませんよ」
「そういえば、庭野選手は15kや25kといった、下部ツアーへの出場の経験がありませんでしたね」
「あはは、ワイルドカードで出場したドバイ100kで、いきなり優勝しちゃいましたからね」
だから、私はドサ廻りらしいドサ廻りを一切経験してないのですよね。
「その次はオークランドのWTA250で、ツアー初出場で初優勝でしたか」
「そうですね。それから、全豪オープンとドバイ500にサンシャインダブルの二大会へと続きましたから、下位の選手と対戦する機会がないまま、私のランキングが上がっちゃったんですよねぇ」
「そこでちゃんと実績を残して、ランキングを上げて下部ツアーのドサ廻りに落ちないのは凄いことですよ」
うむ、そうと分かっているのであれば、もっと私を敬いたまえ。
しかし、私の口からは謙虚な言葉を吐き出しておきましょう。
傲慢が過ぎると、買わなくてもいい反感まで買ってしまうことに繋がりかねないもんね。
「まあ、私も自分のことながら、この結果は出来すぎのような気もしますが」
「実戦でのランキング下位の選手との対戦がないとはいえ、練習では対戦していますよね?」
「まあ、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんだったら、ジュニア時代から一緒に練習しているから、そうなるのかな?」
「その、里田選手や坂巻選手と庭野選手との違い、現状のランキングで差が付いている違いって、一体なんでしょうか?」
私と優梨愛ちゃんや萌香ちゃんとの違いかぁ。
レベルが違うでは説明になってないんだよね?
具体的に人に説明するのって結構難しい注文ですね。
「うーん、そうですね…… 私の少ない経験から言えることは、初動の速さの違い、相手を動かす配球の違い、そしてなによりも球の質が違うんだと思います」
「動き出しのスピード、オープンスペースの作り方、そしてボールの回転や重さでしょうか?」
「だいたい、そんな感じですね」
「なるほど……」
「それらが、相手よりも少しでも上回っていれば、試合中にその積み重ねがボディブローのように、じわじわと効いてくるんですよね」
「ボディブローですか? ふーむ、なんとなく解ったような気がします」
優梨愛ちゃんたち二人の試合からチラッと記者さんに目を向けてみると、彼は遠い目をしてドコか別の場所に意識を飛ばしているように見えました。
もしかして、過去に本物のボディブローでも打たれた経験があるのかな?
もし本当にあったら、ビビるけど……
チンピラに殴られたとかではないと思いたい。
でも、この記者さんがテニス記者になる前に、ボクシングか格闘技の記者でもやっていたなら、取材でボディブローを打たれるような経験があったのかも知れませんね。
まあ、そんな身体を張った体験取材は、罰ゲームのような気がしないでもないけどさ。
おめでとうの話は、ナダルの試合後の記者会見で本当にあったんだよ…




