241話 みんな私よりも格下だよ?
千葉県柏市 テニス研修センター
「庭野選手、マイアミオープンでの優勝おめでとうございます」
「うん? ああ、ありがとうございます」
私がコートとコートの間にある通路の柵に、腕を掛けて両手の甲の上に顎を載せた状態で、優梨愛ちゃんと萌香ちゃん二人の決勝戦を観戦していたら、どこかのテニス会場で何度か見掛けたことがあるような、テニス関係の記者さんから声を掛けられました。
一瞬だけオッサンの何某記者を横目で見やって、おざなりな挨拶を返してから目線を試合中のコートに戻しました。
「あーあ、優梨愛ちゃんってば、そこはロブかループで返しておいて、体勢を立て直す時間を作るべきだったのになぁ」
ダブルスでポンポンポンとボレーの応酬をする癖が付いちゃってるから、その癖がシングルスにも出ちゃっている感じがしますね。
それと、まだ優梨愛ちゃんの技術では、萌香ちゃんレベルの選手が相手になると、咄嗟に時間を作り出す余裕がないのかな?
「少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あん? 今日の私はオフ、プライベートでTTCに来ているんだから、取材はダメでーす」
それに、今の私は二人の試合を観戦しているのだから、邪魔すんなよな。
だから、私がつっけんどんな受け答えになってしまったのも、仕方がないんですよ。
「一言だけでもダメでしょうかねぇ?」
「というか、私に対しての取材はママか麻生さんを通してしか受け付けてないというルールは、テニス関係の記者なら当然知っていますよね?」
「ええ、それに関しては承知していますけど、偶然にも庭野選手に出会えたので、つい記者の癖でといいますか……」
まあ、私という取材対象が現れたから、記者の本能で思わず私に声を掛けてしまったんだろうなぁ。
記者という職業は、空気を読まずに取材対象に突撃してネタを掴んで、記事を書けてナンボなのかも知れませんね。
でも、周囲にいる100人弱の観客のみなさんは、私が庭野環希だと知っているはずなのに、声を掛けるのを遠慮してお行儀よくしてくれているんだぞ。
日本人のテニスファンで、私を知らなかったらビビるけど。
私が「サインが欲しいなら、試合が終わったあとでサインしてあげるから、とりあえず観戦させて」そう言ったのも大きかったとは思いますが。
それで、プロのアスリートとマスコミの関係は、持ちつ持たれつの関係だと思いますので、助け舟を出してあげることにしますか。
たまきちゃんてっば、マジ優しいんだから!
「ほら、あそこにママと麻生さんがいるんだから、取材の許可貰ってきてくださいな」
私は横柄な態度で顎でしゃくって、ママのいる方向を教えてあげました。
でもまあ、取材する許可が下りたとしても、たぶん取材は後日改めてになるか、良くてもこの試合が終わった後になるでしょうね。
「お偉いさんと一緒にいるところに突っ込んでいくのはちょっと……」
「突っ込んでいく勇気はないってか」
ママと麻生さんの周りにいるジジイどもは、テニス協会のお偉いさん達であります。
見た感じでは、ママが優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの試合を、お偉いさん連中に解説してあげているのかな?
だから、一記者の立場では、あそこに首を突っ込むのは厳しいのかも知れませんね。
というか、ママがサービス精神を発揮して、無償で仕事をしているだなんて、今日は雪でも降るのかしらん?
ちなみに、テニスのプロ選手としての実績がなくても、経済界の重鎮とかの肩書きで協会のお偉いさんになっている人もいるので、テニスに関しては素人に毛が生えた程度のアマチュアのお偉いさんも多いんですよね。
つまり、ぶっちゃけて言うのであれば、名誉的な肩書きを差し上げますので、協会が活動する為のサポートをしてくれといった感じでしょうか?
そういえば、テニス協会の役員って世界のトップレベルを相手に戦っていた、世界レベルの元選手のお偉いさんのほうが少なかったような気がしましたね。
全日本選手権に出場したことがある程度の、指導者上りや審判上がりの人は大勢いるみたいだけど、役員になるのには派閥の力学とかいった感じの、怪しい政治力が必要になるのでしょうかね?
あと、権威的な後ろ盾になって欲しいとかかな?
名誉総裁なんて、権威中の権威だもんね。
「そうですね、はい」
「名誉総裁は来てないんだから、テニスのランキング的には、みんな私よりも格下だよ?」
「テニスのランキングというよりも、社会的な地位がある人たちなので」
日本人でATPマスターズ1000やWTAマンダトリー1000クラスの大会で優勝したことのある選手は、私と引退した小坂選手の二人しかいないのだからね。
そう、ダブルスの女王であったママですら、現在の非マンダトリー1000、旧プレミア5大会までしかシングルスでは優勝したことがないのですよ。
まあ、ママの場合、旧プレミア5はドバイとローマ、カナダにシンシナティを合わせて、合計で6回か7回ぐらい優勝しているけどさ。
そう考えると、ママってシングルスでもかなり強かったんだよね。
残念ながらも、グランドスラムではベスト8止まりだったけど。
でも、ママのシングルスのランキングは、最高8位で年間最終ランキング10位がキャリアハイだったはずだから、ランキング順位どおりのポジションではあるんだよね。
しかし、そのベスト8が全部で12回もあるというのが、庭野まどかの凄さでしょう。
プレミア5では優勝できても、グランドスラムではベスト8の壁を破れないから、ママのグランドスラムでの弱さを指摘する論調も、一部のマスコミが無責任に報道していましたけど、グランドスラムでのベスト8入りの凄さを理解していないのでしょう。
それに、ママの現役時代は、ウィンストンやメドベージェワの全盛期と被っていたこと、それがママの不運だったのだと思います。
つまり、ママの仇であるウィンストンを娘の私がコテンパに叩きのめしたのは、親の仇を子が討ったということになるのかな?
メドベージェワはとっくの昔に引退しているので、ママの仇は討てなかったけど、メドベージェワと同じロシア人であるアナスタシアをボコって留飲を下げさせてもらいましょう。
まあ、八つ当たりを食らう破目になる、アナスタシアにはいい迷惑だとは思うけどさ。
そういえば、1000クラスの大会の日本人選手の成績だと、ティアⅠ時代のパンパシでハム子様が優勝していたんだっけ?
ティアⅠのグレードは、現在のWTA1000と同等の大会になります。
確かパンパシが有明じゃなくて、東京体育館で開催されていた最後の時代だったと思います。
そう、グラスコートよりも球足が速いとか言われていた、超高速カーペットで開催されていた大会ですね。
時代を感じさせますよね?
ついでに、ハム子様の…げふんげふん。
……なんでもありません、失礼しました。
なにやら殺気のようなモノを感じてしまったよ。
というか、ハムちゃんも来ていたんだ。
でも、パンパシだから、マンダトリー大会とは言い難いよなぁ。
旧プレミア5、非マンダトリー1000と同等だったというのが妥当かな?
パンパシから開催権を奪った武漢も、プレミア5だったしね。
だけど、開催権を奪ったは多少語弊があるのかな?
パンパシを地上波で生放送しなかったことに対して、WTAが激怒してパンパシから開催権を取り上げて、パンパシの代わりに開催権を武漢に与えたとかいった話も小耳に挟みましたしね。
つまり、地上波で生放送をしなかった、テレビ局が悪いということにしておきましょう。
人間って何かプロジェクトとかが失敗した場合に、犯人を捜して生贄が必要になるんですよね。
そう、たとえそれが真実ではない冤罪だとしても、スケープゴートの生贄に選ばれることがあるのですよ。
ほら、よく言うじゃありませんが?
真実も正義も必要ない、必要なのは筋書きに沿った都合の良いドラマだ。とかなんとかさ。
人間のおぞましさ嫌らしさ醜さ、なりふり構わぬ保身を感じさせられる話ですよね?
うん、私もなにか都合の悪いことがあれば、人身御供の純ちゃんに全部押し付けて、政治家の答弁で切り抜けよう!
あーでも、政治家の答弁だったら、麻生さんが犠牲になるのか……
それは非常に不味いですね。
把握してませんでしたが、部下の監督不行き届きで申し訳ありませんでしたと、平謝りしておきましょうかね?
ゲスなたまきちゃんの発動?
いいえ、社会的にも立派な地位と名誉のある大人の真似でんがな。
だから、文句ないよね?
というか、今年のWTAのサーキットカレンダーに、武漢でのWTA1000大会の開催がないんだよね。
その代わり全米オープンの後に、メキシコでWTA1000が開催される予定になっているのですよ。
まあ、私はメキシコの1000大会には、残念ながらも出場するつもりはないのですが。
メキシコの翌週にはパンパシがあるし、私の場合は学校や年齢による出場制限もあるので、WTA1000大会とはいっても欠場は仕方ないよね?




