234話 インド人を右に!
シュレジンガーリゾート マイアミ・コーラル・ゲーブルズ・ゴルフコース
「今日は絶好のゴルフ日和だね!」
「蒸し暑くなくて助かりました」
今日ここまでのスコアは、4オーバーとスコアもまずまず悪くないし、気分は上々!
「電動カートで風を切る空気が気持ちいい! ひゃっふー!」
「あまり飛ばさないでください!」
「無免許でも運転できるんだから、この機会に飛ばすぜぃぇぃ!」
電動カートとはいえ、ステアリングの付いた自動車であることには変わりはありません。
この無免許でも運転できるチャンスに、飛ばさないでどうする?
いや? ない!
うん、飛ばさない理由など、ドコにもない。
「アクセル全開! インド人を右に!」
私は、今、風になる!
「それ本当は、ハンドルを右にが正解らしいですよ。というか、なんで環希ちゃんが知っているんですか?」
「マハラジャパワーで知った!」
「なんですかソレ……」
「ノリと勢いで適当に言ってみた」
というか、元ネタを知ってる麻生さんも大概でっせ。
お元気ですか?
マイアミオープンが終わった翌々日、サナダさんの実家であるシュレジンガー家のみなさんと一緒に、親睦を深めるためにゴルフに興じている庭野環希です。
そう、サナダさんのお姉ちゃんであるエミリー伯母さんから、顔を出せないか?と、麻生さん経由で招待を受けたんですよね。
私も春休み期間中だから、直ぐに日本に帰国して学校に通わなければいけないといったこともないので、このお招きを受けたということです。
けして、将来に譲ってもらえる予定である、シュレジンガー家の35億ドルの資産に目が眩んだわけではないのであります。
ええ、断じて。
シュレジンガー家のみなさんとは、私が赤ちゃんの時に二度ほど会っているみたいなんですけど、私の記憶にはないので実質的には初対面となります。
カールお爺ちゃんとマチルダ・ヨーコお婆ちゃんには、「マイケルの馬鹿がごめんなさい」とか、サナダさんのやらかしを謝られたりもしました。
なぜか、サナダさんの頬は赤く腫れあがっていましたけど、見なかったことにしておきましょう。
それに、サナダさんがママにドピュってしなければ、私はこの世に生まれてこなかったのだから、「私は気にしてません」と笑って返しておきました。
べつに、私に実害があったわけでもないしね?
あー、でも、ててなし子というか、一応は我が家も母子家庭ではあるのか。
私が普通じゃないから、父親がいないのを一切気にしてなかったので、母子家庭というのも忘れているところだったよ。
それに、お爺ちゃんとお婆ちゃんが隣に住んでいて、実質的には同居しているようなモノなので、父親がいないことを寂しいとか思ったこともありませんしね。
普通の子だったら、「どうして、私にはパパがいないの?」とか、疑問に思うのが、もしかしたら普通なのかも知れませんが。
でも、世の中の子供のうち二割程度は、シングルマザーの家庭のような気がしないでもない。
それで、昨日の夜は、シュレジンガー家の豪邸で豪華な晩餐をご馳走になって、天蓋付きのベッドで就寝しました。
アメリカでも天蓋付きのベッドってあったんだね。
天蓋って欧州のお貴族様の専売特許だとばかり思っていたよ。
晩餐には、二週間前に食べに行った和食レストランのオマツリからテイクアウトした、お寿司やお刺身に唐揚げとかもテーブルを彩っていました。
私の好みに合わせてくれたのだと思っていたけど、それだけではなくて、シュレジンガー家の全員が日本人の血も入っているので、和食も好んで良く食べているとかエミリー伯母さんから聞きました。
そういえば、サナダさんがオマツリの常連とか言ってましたね。
それと、シュレジンガー家はセレブな家庭だけあってか、使用人が何人もいました。やっぱ執事さんの名前はセバスチャンなのかな?
あと、本物のメイドさんって初めて見ましたよ!
思わず自撮りで、メイドさんと一緒にツーショットを撮らせてもらっちゃいました!
メイドさんにはお返しに、私のサイン入りのテニスボールをプレゼントしてあげたら、喜んでもらえました。
我が家でも近所のおばちゃんを、お手伝いさんとして一人だけ週に五日、昼間の数時間だけ雇ってはいるけど、完全にレベルが違いましたよ。
もっとも、我が家で雇っているのは、ママの同級生で純ちゃんのお姉さんなんだけどね。
おもっくそ、縁故ですがな。
まあ、縁故採用のほうが身元がしっかりとしているので、安心できるというのが大きいのでしょうね。
ちなみに、マチルダ・ヨーコお婆ちゃんとエミリー伯母さんは、日本語をネイティブの日本人並みに完璧に使いこなしています。
カールお爺ちゃんも、アクセントに癖はあるけど、普通に日本語も喋れます。
カールお爺ちゃんも日本にルーツを持っているから、それで日本語を覚えたのかな?
あと、ビジネスをする上でも、日本語を喋れたら取引で有利になるとかでしょうか?
日本人って外人さんが日本語を話してくれるだけで、その人の好感度が上がっちゃうという、安上がりな民族性をしていますしね。たぶんだけど。
※※※※※※
「このホール、タマキがオナーだぞ」
「そっか、前のホールでパーは私だけだったね」
今日ここまでのスコア、16番ホールまでのスコアは、3バーディー、5ボギー、1ダブルボギーで、トータル4オーバーの69になります。
あと残りは2ホールなので、ボギーボギーで上がったとしても78だから、80切りも見えてきましたね。
残りの2ホールで、なにもトラブルが発生しなければですけれども。
しかし、アマチュアの素人が初めてコースに出て80を切れたら、それは自慢してもいいのではないでしょうか?
シングルということだもんね。
ちなみに、バーディーを取ったうちの二つはパー3のショートホールで、一つはワンピン以内にドンピシャと落とせたから、運良くバーディーが取れたんですよね。
もう一つは、ティーショットはグリーンを外したんだけど、寄せのアプローチが運良くカップに入った、チップインバーディーになります。
あと一つのバーディーはロングのパー5で、3打目のアプローチがこれまたピン傍に落とせたから、お先にパットという楽なバーディーだったのでした。
つまり、全部のバーディーが、ビギナーズラックのラッキーバーディーみたいなモノになるのかな?
ゴルフ初心者の素人がパー4でバーディーを取るのは難しいんや……
ボギーとダボ、その全部をパー4で叩いているのが、パー4が難しいホールだという証明になるでしょう。
それで、17番ホールは、132ヤードのパー3。ティーグラウンドよりもグリーンのほうが2メートルほど低くなった、やや打ち下ろしのホールになります。
まあ、132ヤードのショートホールとはいっても、私はゴルフ初心者なので女性用のレディースティーから打つので、実際の長さは120ヤード前後になるんだけどね。
私は9番アイアンを手に取り素振りをしてから、一度ピンの方向へと体の軸を合わせてから構えに入り、ワンピンの範囲内に落とすイメージで少し軽めにクラブを振り抜いた。
パシッ!
アイアンの番手どおりに高く舞い上がった打球の行方を、私はフォロースルーの構えのままジッと見守る。
風はほぼ無風に近いけど、上の方はややアゲンストの風が吹いている感じなのかな?
「おーっ! ナイスショット!」
「ちょっとだけ短いんじゃない?」
「良い感じじゃないですか?」
「5フィートほどフロントに落ちたネ」
「本当は奥に付けたかったんだけどなぁ」
奥に付けたほうがカップまで上りのラインになるから、パットがしやすくなるんだよね。
ピンから約1.5メートルほど手前で落ちたボールは、ピンに向かって下りのラインを一直線にコロコロと転がっていきます。
「お? おおっ!?」
「これは…… もしかして、入っちゃう?」
「入りそうですね」
「行けっ!」
「カモン、カモン、カモン……」
そして、みんなが見守る中、ボールはそのままラインに乗って──
ゴルフの小説を書いてみたくなってきたw




