233話 いや、褒めてないから
「宇佐美さんもご苦労様でした」
「私もマッサージしただけで、インディアンウェルズで1万ドルにマイアミオープンで2万ドルも貰えちゃいましたけど、こんなにボーナスを貰ってもいいんですかぁ?」
サナダさんの報酬に続いて、麻生さんが今度はうさみんに小切手を手渡したら、うさみんがおずおずと遠慮がちに聞き返してきました。
うさみんはマッサージをしていただけとか謙遜して言っているけど、うさみんのしていた仕事はマッサージだけではないんだよね。
私がアップをする時や基礎トレーニングをする時の補助もしてくれているし、純ちゃんと一緒に雑用もこなしてくれているのだから、うさみんがチームに入ってくれて助かっているんだよね。
うさみんはマッサージをするトレーナーなのと同時に、運動科学のトレーナーでもあるのだから。
つまり、総合的なコンディショニングトレーナーと呼ぶのが相応しいのかな?
そう考えると、今までそれらをほぼ全部一人でこなしてくれていた、麻生さんって凄かったんだな……
さすあそさすあそ、でございます。
「アスリートの身体のケアは重要な仕事なんだから、うさみんは自分の仕事に誇りを持っていいんだよ」
「でも、こんなに貰っちゃったら、環希ちゃんの専属以外できなくなっちゃいそうで怖いですよぉ」
そう、最近になってようやく、うさみんが環希ちゃん呼びをしてくれるようになったのですよ。
うさみんもチームタマキに慣れてきたみたいで、善きことかな。
まだ、ボーナスの金額には慣れていないみたいだけど。
「セロリさえ食べさせなければ、私が引退するまでは、うさみんをクビにすることはないから安心してもいいよ」
「セロリネタ引っ張りますね」
セロリは私の一番の天敵だからね!
それで、うさみんのインセンティブで受け取れるボーナスはサナダさんの半分、私が稼いだ賞金の1%になります。
ちょっと少ないような気もしますけど、麻生さんはその金額で妥当とか言ってましたし、うさみんもサナダさんもそれで納得して契約してくれたので、平均的な報酬の水準にはあるのでしょう。たぶん。
「環希ちゃんの引退って15年後とか20年後ですよね?」
「怪我さえなければそうなるだろうね。だから、私が現役を長く続ければ続けるだけ、うさみんも一杯稼げれるんだし、私の身体のケアをちゃんとお願いしますね」
「わかりましたぁ! 環希ちゃんが怪我をして長期離脱でもしたら、私のボーナスもなくなっちゃいますしねぇ」
「そういうことだね」
うさみんの場合だと、毎年基本給を数万円づつ上げていったとしても、ボーナスがあるとないとでは、収入に大きな違いが出てくるもんね。
ボーナスに関しては、麻生さんとサナダさんも同じだったか。
「ジュンはボーナスいくら貰ったんだ?」
「拙者は給料もボーナスも無しでござるよ」
「無し? ボーナスだけじゃなくて、基本給も?」
「ゼロセントでござる」
「タマキ、正当な労働には正当な報酬を払わなければ、そのうち訴えられるぞ」
さすがに、訴訟大国であるアメリカに住んでいるサナダさんの視点は、そっちの方面に思考が向くんだね。
だが、しかーし!
「純ちゃんは、私のことを訴えるの?」
「拙者はそんなことしないでござるよ」
「だよねー」
よろしい。
私が確認の意味を込めて、純ちゃんに目で訴えると、純ちゃんはフルフルと首を振って否定してくれました。
自分から押し掛けてきておいて訴えるとか、それがまかり通るのであれば、詐欺師は笑いが止まらないだろうしね。
「ジュンはそれでいいのか?」
「拙者が好きで勝手にやっていることなのだから、無報酬でも別に構わないのでござるよ」
「純ちゃんはボランティアなんだよ」
サナダさんもしつこいな。
まあ、私と純ちゃんの関係を心配して言ってくれてはいるのだろうけど。
でも、最初に給料は払えないって、ちゃんと純ちゃんに言ってあるし、純ちゃんもそれで納得しているのだから、なにも問題ないよね?
「なんだ、ジュンはボランティアだったのか? 今まで知らなかったぞ」
「言ってなかったでござるからな」
「純ちゃんは半ば無理やり押し掛けてきて、雑用係の地位に納まった親切の押し売りだからね!」
私の知り合いで下僕じゃなかったら、純ちゃんは本当にただのストーカーでしかないんだよなぁ。
それにしても、ボランティアの言葉で、サナダさんは引き下がるのか。
まあ、欧米でのボランティア活動は、持てる者の義務みたいな文化だから、純ちゃんがそこそこ以上には裕福なのだと思って、サナダさんも引き下がったのかな?
ボランティア…… うん、良い響きの言葉ですね。
もっとも、私には縁のなさそうな言葉だとは思いますけど。
そういえば、日本で一時期、ボランティアを半ば強制するような風潮が蔓延っていた時期があったけど、あれって一体なんだったんでしょうかね?
ほら、災害ボランティアとかで、被災地の後片付けをしに行くツアーがあったりしたでしょ?
あれって本当に意味が解らなかったよ。
かと思えば、数年後の災害時には、ボランティア活動のボの字もニュースにならなくなっていたし……
流行、ファッションだったのかな?
「いや~、照れるでござるなぁ」
「いや、褒めてないから」
「今のタマキの言葉の何処をどう受け取ったら、照れる要素があるんだ?」
「照れる要素は皆無ですね」
純ちゃんの脳内では、私に褒められたことになっているとか、都合の良い思考回路をしているんだな。
まあ、人間とは多かれ少なかれ、自分の都合の良いように解釈をする生き物だとは思いますけど。
「でもそれだったら、長谷川さんはどうやって生活費を稼いでいるんですかぁ?」
「これでも純ちゃんは、億り人なんだよ」
「億り人!? へーそうだったんですねぇ。長谷川さん、」
「な、なんでござろう?」
億り人と聞いた瞬間に、うさみんが純ちゃんをロックオンして、肉食動物が獲物を見る眼に変わった感じがしたけど、私の気のせいでしょうか?
「私って長谷川さんよりも年上だけど、見た目は若いから、私なんてどうですかぁ?」
「う、宇佐美さん、ち、近いでござるよ」
どうやら、私の気のせいではなかったみたいでしたね。
純ちゃんは、頑張って生き延びるんだ。
こういう男女の問題は、私では助けてあげることはできないからね。
「では、あとはお若い二人に任せるということで、麻生さんあっちに行こっか?」
「お見合いの仲人みたいなセリフをドコで覚えたんですか?」
「映画やドラマとかでも、たまに出てくるセリフじゃん」
でも、そんなセリフが出てくる映画やドラマとか、見た記憶は一切ないのですけどね。
前世の記憶で、それを知識として覚えているからなのかな?
そもそもの話、ドラマなんて全然見ないから、学校に行ってもクラスの女子の話に全然付いていけないんだよぉぉ!
おまえら、お嬢様学校の生徒なんだったら、もう少し庶民とは違った浮世離れをした話に花を咲かせろよとか、そう思った私は悪くありません。
まあ、「この香りが素敵ではありませんこと?」とか、「この雅さが風流でございますわね」とか、聞かれても、こっちが返答に困るんだけどな!
それと、私も映画だったら、たまには見ることもあるんだよね。
もっとも、主に飛行機の中で、暇つぶしに見ているだけなんだけどさ。
肉食系うさぎ、うさみん!




