210話 ママとの電話その1
「──そっかぁ。優梨愛ちゃんと萌香ちゃんも頑張ってるんだね」
『頑張ってはいると思うけど、環希が言うと嫌味に取られかねない言葉だわ』
「あはは、私は例外みたいだからノーカンということで」
『それもそうね』
「でも、二人はまだプロ一年目なんだから、頑張っているのは事実だと思うよ」
インディアンウェルズ1000大会の決勝を明日に控えて、オーストラリアに遠征中のママと電話で話をしているところです。
そう、私はR64のウィンストン戦に勝利した後も順調に勝ち進んで、インディアンウェルズの決勝まで進出することができたのです!
その試合の内容はといいますと……
三回戦のR32では、ランキング25位に位置するスペインのフランチェスカ・サバティーニを相手にして、6-3、6-2のストレートで完勝することができました。
四回戦のR16では、ランキング18位のアマンダ・フェルナンデスというアルゼンチンの選手が相手で、三回戦と同じスコアである、6-3、6-2で、これまた完勝しました。
というか、クリスは全豪オープンの決勝で、よくもまあフェルナンデスを相手にダブルベーグルを焼けましたね。
クリスとフェルナンデスは過去に何度も対戦していて、お互いに相手の手の内も知り尽くしているから、それでベーグルを焼けたのかな?
まあ、二人の実力差がありすぎたのが一番の原因ではありますけど。
あと、相性の問題もあるしね。
QF準々決勝では、イタリアのサラ・ベルナルディが勝ち上がってくると予想していたんだけど、ロシアのオリガ・アレンスカヤが相手でした。
そのアレンスカヤ選手を相手に、6-4、6-3のスコアで危なげなく勝つことができました。
そして、SFのセミファイナルでは、世界ランキング5位のアメリカのニコリーナ・モジッチと対戦しました。
○○ッチって名前はクロアチア人に多い名字のはずだから、モジッチ選手はクロアチア系かスロベニア系アメリカ人なのかな?
これがセルビア人だと、○○ビッチになるんだっけ?
クロアチアとセルビアでは、名字の作りが違う、言語、文化、宗教が違う。
そら、ユーゴスラビアも分裂しますわな。
チトーは偉大だった!
そのモジッチを相手に7-5、6-4で勝利して、私は決勝まで駒を進めたというわけです。
ちなみに、インディアンウェルズを欠場した、クリスティーナ・ヨハンソンのランキングは、8位に位置しています。
グランドスラムである全豪オープンで優勝しても、ランキング8位なのか……
まあ、全豪の前のクリスのランキングポイントは、1000Pぐらいしかポイントがなかったから、8位でも仕方ないのかな?
話がそれた、今はママと電話中でしたね。
優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのコーチングに忙しくて、ちっとも私に構ってくれないママですけど、ママも一応は私のコーチであることを思い出したようで、こうして私を気にして電話を掛けてきてくれたみたいです。
もっとも、会話の中身といえば、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんを話の肴にして、あーでもないこーでもないと、親子の雑談コミュニケーションになっちゃっているのですがね。
それでも、ママと会話をするのは私にとっても楽しいですし、緊張感が続く大会期間中の息抜きにもなるので、正直ママからの電話は助かってます。
知らない人やあまり親しくない人からの電話は、何を話せばいいのか悩んでしまって苦手だから、普段は電話嫌いの私だけど、両手の指で足りる程度の人数しかいない身内は別ということですな。
普段の私は若干コミュ障入ってるんよ。
そう、一応社交的に振る舞えているように見えるのは、演技をしているからということですな。
よそ行きの仮面を被って、女優たまきちゃんを発動しているのです。
『ダブルスとはいえクレーの60kでSF進出と準優勝だったから、まずまずの成績だったとは思うけど、対戦相手の実力を考えれば、二週のうちどっちかは優勝して欲しかったのが本音ではあるわね』
「優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのクレーコートの経験値を考えれば、現時点では上出来でしょ?」
クレーコートはハードコートと違って、また別の戦い方をしなければ勝つのが難しいサーフェイスなんですよね。
そうでなくては、クレーの得意な選手のことを指して、クレーコーターなどと呼ぶ言葉は生まれませんし。
『ヨーロッパ勢がいない大会だったから、チャンスだと思ったんだけどなぁ』
「オージーでもクレーコートが得意な選手もいるから、仕方ないよ」
『それもそうね。だけど、多少予定が狂ってしまったわ』
ほむほむ、予定が狂ったということは、ママのプランでは本気で優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのダブルスペアで、全仏オープンの出場を目指していたということでしたか。
ママも庭野まどかコーチとして、かなり強気だったということだね。
「二人はローランギャロスに間に合いそうなの?」
『現在のポイントでは、ローランギャロスは厳しいわね』
「それじゃあ、目標は全米オープンあたり?」
『あと200ポイントちょっとを上積みできれば、ダブルスではグランドスラムに出場できるはずだから、全仏はダメでもウィンブルドンには間に合うかも知れないわね』
そっか、日本に戻って、柏と大阪の25kに岐阜の80k大会とかで好成績を収められたら、ギリギリだけどウィンブルドンにも間に合う可能性が残っているのか。
たとえ岐阜の80kで優勝できたとしても、全仏オープンに出場できるランキング順位の締め切りの後になっちゃうのが悩ましいよね。
だからこそ、ママはキャンベラの二週で優勝しておきたかったと言ってたのか。
うん、納得したわ。
「いっそのこと、250に挑戦させてみたら?」
『それも一応考えてはみたんだけどね』
「優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの二人なら、案外いいところまで行けるんじゃないの?」
相手関係とドロー運にもよるけど、現時点の実力でも250なら勝ち負けできそうな気がするんだよね。
『もう裏開催や大きな大会の谷間の250なら、空きがあれば出場できる可能性はあるけど、シングルスとの兼ね合いもあるから、まだ暫くの間はITFサーキットを回ることになると思うわ』
「あー、そっか、優梨愛ちゃんのシングルスランキングが足を引っ張る形になっちゃってるのかぁ」
キャンベラの大会が始まる前の、優梨愛ちゃんのシングルスのランキングポイントは94ポイントで、ランキング順位は492位でした。
そして、優梨愛ちゃんはキャンベラ60k大会では、二週ともにR16で敗退していますので、予選通過ポイントと合わせて13P×二週で、26ポイントを稼ぎました。
そこに、一年前に横浜と日の出で稼いだ、3ポイントが失効となりますので、再計算すると合計で117ポイントになります。
優梨愛ちゃんのランキングは、438位ぐらいでしょうか?
うん、438位では、WTA250の予選に出場するのも厳しいランキング順位でしたね。
ちなみに、萌香ちゃんはキャンベラの二週で、SFとQF敗退という成績を残して、合計で44Pを稼いでいます。
失効した分を差し引いたポイントの合計は264Pで、ランキングも同じく264位となっています。
グランドスラムの予選に出場するには、あと40Pぐらいポイントの上積みが必要な感じでしょうか?
というか、萌香ちゃんは一年でもう264位までランキングを上げてきたのか。
私みたいな例外も偶にはいるけど、普通に考えても萌香ちゃんのランキングが上昇するスピードは、十分以上に凄いことなんですよね。
もしかしたら、萌香ちゃんは結構いいところまで上がってこれる気がしてきたぞ。
もっとも、200位の壁や100位の壁とかも聞き及びますし、これからポイントをディフェンドする大会も増えてくるので、ここから先はランキングを上げるのが大変だとは思うけどね。
まあ、そんな壁も私には一切関係なかったですけど。
『ダブルスは面白いけど、やっぱりテニスはシングルスがメインのスポーツだから、二人にはシングルスでも行けるところまでは頑張ってもらいたいのよ』
「シングルスとダブルスでは、賞金も雲泥の差だしね」
『そうね。テニスをやってる限り、シングルスでグランドスラムの本戦に出場させてあげたいじゃないの』
「ほぼ全てのテニス選手の夢のはずだからねー」
『それに、ダブ専になるのは十年後とか、シングルスで頭打ちになってからでも遅くはないわ』
若い頃からシングルスで戦うのを諦めて、ダブルス一本で勝負する選手は少ないでしょうしね。
まあ、いないこともないんだけどさ。
だから、人それぞれということなのかも知れません。
「案外ママみたいに、引退するまで掛け持ちするかもしれないしね」
『できれば、それが理想よね。それはそうと、環希あなたのことなんだけどさ』
「私のこと?」
なんじゃらほい?
雑談は終わりで、私に関するテニスの真面目な話かな?
『うん、インディアンウェルズでいきなりファイナルまで勝ち上がったのは、さすがは環希だと褒めてあげるけど……』
「けど?」
ママの言葉を濁した続きが気になりますね。
まあ、こういう時って大抵の場合、良くないことを言う前触れだとは思いますが。
『うーん…… でも、環希が自分で気が付くのも必要だしなぁ』
「気になるから寝られなくなって明日の決勝にも響くから、さっさと言ってよ」
普段は、はっきりとモノを言う性格のはずのママにしては、歯切れが悪いですね。
『じゃあ言うけど、怒らないで聞いてちょうだい』
「なに? もしかしてママは、私がシュタイナーに負けるとでも言うの?」
『そうよ、あなたはこのままだと明日の決勝で、シュタイナーに負けるわよ』
ぱーどぅん?




