200話 怪しい宗教
あ、明けまして… おめでとうございます?(汗
WTA500ドバイ大会 決勝
ズムズム実況
「おや? 安達さん、庭野は攻め方を変えてきましたか?」
「そうですね、緩急の緩の方を重点的に使い始めましたね」
「その意図はどうしてでしょうか?」
「あえてシュタイナー選手に攻めさせるということですね」
「わざとシュタイナーに攻めさせるですか?」
「はい、庭野選手は後の先といいますか、バックハンドブローとでも言えばいいのでしょうか? とにかく相手に強く打たせて、自分はそれにカウンターを当てていく戦法に切り替えたみたいですね」
「シュタイナーに攻めさせることによって、庭野にはどんなメリットがあるのでしょうか?」
「速く力強いボールを打ち込むというのは、それだけミスをする確率も高くなりますし、速いボールのほうが合わせやすかったりもするのですよ」
「遅いボールじゃなくて、速いボールのほうが合わせやすいですか?」
「意外に思えるかも知れませんけど、ループ系の遅いボールって結構合わせ難いんですよね」
「草トーナメントで1回勝てるか勝てないかレベルのアマチュアの私からすれば、速いボールのほうが反応できなくて苦手なんですけど、プロは違うのですね」
「まあ、当然ながら選手によって個人差はあるとは思いますけど」
「あ、言ってる傍から、シュタイナーがネットに引っ掛けましたね」
「これは、その前に庭野選手が返したエッグボールが効いている証拠ですね」
「ベースライン手前で急激に落ちてくるのだから、シュタイナーも対処するのが難しそうでしたね」
「そういうことです。あのエッグボールはエグいですよ」
「エグいですか? 確かにそうかも知れません」
「私ではあそこまでのボールを打つのは無理でしたし、庭野選手は余程体幹が強くてバランスも良いのでしょう」
「安達さんでも打てなかったのですか?」
「ええ、打てませんでしたね。女子選手の中で、あそこまでエグいエッグボールはシュタイナー選手もそうですけど、クリスやキム・ウィンストン選手でも打てないのではないでしょうか」
「確かに、ここまで変化するエッグボールを女子選手が打つのは見たことないような気がしますね」
「ふふ、まるで男子選手並みに変化するボールですよ」
「パワーでは圧倒的に男子プロに及ばないはずの庭野選手が、男子プロ並みのエッグボールを打てる理由は何故でしょうか?」
「庭野選手は身体の使い方が上手いんですよ」
「身体の使い方が上手いですか? それはつまり、無駄が少ないということでしょうか?」
「そうなりますね。平均的な男子選手のパワーを10と仮定したら、庭野選手のパワーは6か良くても6.5ぐらいだと思いますけど、環希ちゃんの場合は身体の動かし方が上手いから、ラケットからボールに伝える力のパワーロスが少ないんですよ」
「なるほど、仮に無駄が多い男子選手のパワーが4割のダウンだとすれば、10が6になってしまいますから、無駄がない庭野選手と同じぐらいになってしまうということでしたか」
「そういうことですね。だから、庭野選手が男子選手並みのエッグボールが打てているということですね」
「まだ身体も出来上がっていない成長途上の14歳である、庭野選手の強さの秘密の一端が垣間見れたような気がします」
「本当であれば、才能の一言で片付けたくはないのですけど、やっぱ庭野選手の才能なんでしょうねぇ」
「母親が庭野まどかさんですし、優秀な遺伝子を受け継いだのでしょうね」
「それもあるでしょうけど、才能を開花させる努力をした環希ちゃん本人の頑張りも大きいと思いますよ」
「そうでしたね。練習を積み重ねなければ一流の才能も花開かないでしょうしね」
「その選手の才能をいかに伸ばせるのかがコーチの腕の見せ所でもあり、またコーチの力量が問われることになります」
「安達さんが主宰しているジュニア選手育成プロジェクトも、そうした一環でしょうか?」
「私の場合は一人の選手だけをコーチングするのではなくて、プロジェクトに選出したジュニア選手全員の底上げがメインになりますけど、将来はみんな揃ってグランドスラムの本戦に出場して欲しいですね」
「そういえば、過去には10人以上の日本人女子選手がグランドスラムに出場した年もありましたね」
「その中には私とまどかちゃんも入っていましたけど、懐かしいですね」
「日本女子テニス界が輝いていた時代だったと思います」
「そんな時代もありましたけど、自分の年齢を感じさせます……」
「いえ、安達さんも庭野まどかさんも十分にお若いですよ」
「話が脱線しまくりですから、そろそろ実況と解説に戻りましょうよ」
「そうでしたね。失礼しました」
「それで、これは庭野選手がシュタイナー選手を上手く嵌めましたね」
「嵌めたですか?」
「環希ちゃんがシュタイナーを誘導して嵌めたんですよ。たぶん次はオープンスペースにダウンザラインがきますよ。ほら」
「庭野の見事なダウンザラインが決まって、このゲーム庭野がブレイクしました!」
「お手本のような綺麗なダウンザラインでしたね」
「安達さんの予測もお見事でした」
「本来であれば断言してはいけないのでしょうけど、この試合はもう庭野選手の勝ちで決まりでしょう」
「ゲームカウントが5-3で次は庭野のサービスゲームですから、確かに庭野が有利だとは思いますけど、安達さんが庭野選手の勝利と断定する根拠を教えてください」
「そうですね…… テニスに限らず対戦競技には試合の中で、目に見えない不確かな流れというモノがあります」
「流れですか? 確かによく耳にする言葉だとは思いますが」
「シュタイナー選手は第2セットでマッチポイントを握った時に、そこで確実に庭野選手を仕留めきれなかったので、環希ちゃんが息を吹き返してしまったということですね」
「なるほど、それで試合の流れが庭野選手のほうに傾いてしまったということでしたか」
「勝利の女神には、前髪しかないということです」
「幸運の女神…… いや、なんでもありません」
※※※※※※
「ゲームセット! 4-6、7-5、6-3、マッチウォンバーイ、ニワノ!」
よしっ! 多少は苦戦したけど、なんとか逆転で勝ったどー!
ループボールでシュタイナー選手をイライラさせちゃう作戦、大成功といったところでしょうか?
ファイナルセットは2セット目までとは戦術をガラリと変更してみたけど、どうやらソレが上手く嵌ってくれましたね。
そして優勝したことによって、優勝賞金の57万ドルとボーナスの200万ドルをゲットです!
ぐふ、ぐふふふふ。
いやー、笑いが止まりまへんな。
ボーナスの200万ドルは美味しすぎますね!
スポンサーの石油王様々ですよ。
ランキングポイントもWTA500の優勝ポイントである470Pを稼げましたので、前週までに獲得していた440Pと合わせて910Pになり、ランキングも63位ぐらいまでジャンプアップすることでしょう。
あと400P程のポイントを上積み出来れば、ローランギャロスのシードにも入れそうな感じだから、後々のことを考えても今大会で優勝できたことは大きかったと思います。
現世界ランキング1位であるシュタイナーに勝てたというこの事実は、私がプロツアーを戦って行く上での自信にもなりましたし、近い将来に私がグランドスラムの頂点に立てるという目安にもなった勝利だったと思います。
え? 傲慢だって?
グランドスラムで優勝するのは、そんな甘いモノではないって?
えー、でもさぁ、大抵のテニス選手はテニスを始めたばかりの子供の頃は、グランドスラムで優勝することを目標にしているでしょ?
ほら、「将来の夢はグランドスラムで優勝することです!」とか、みんなキラキラとした目で無邪気に語っているじゃん。
つまり、言うだけならタダ。
まあ、努力目標とも言うのかも知れないけど。
でも、私の場合は小学校の卒業文集の将来の夢にも、グランドスラムで優勝すると、ちゃんと書いているのである。
そして、私の場合は現実的な手応えを掴めたのだから、多少は傲慢になっても構わないと思いますし。
それと、優勝できないと思うよりも、私は優勝できる、グランドスラムで絶対に優勝する! そう自己暗示を掛けたほうが良い結果に繋がるんだよ。
メンタルトレーニングでも、「俺は出来る! 俺はやれる! 俺は勝てるぞぉぉ!!」とか、そういう気持ちを持つのが大切だとか教えていますしね。
なんか怪しい宗教のような気がしないでもないけどさ。
でも、戦う前から負け犬根性だったら、勝てるモノも勝てなくなっちゃいそうだしね。
勝利の女神とは、戦う者に微笑むモノだと思いますので。
さて、シュタイナーさんに試合後の挨拶をしに行かなければね!
そういえばさ、今年に入ってから、もの凄い勢いでなろうのPV減ってない?
私がチェックしているのは、週間ユニークユーザーのランキングがメインなんだけど、最盛期から半減しているような気がします。
みんなハーメルンやカクヨムとかに移住しちゃったのかな?
あと、更新は不定期になります。