197話 WTA500ドバイ大会 準決勝後の記者会見
毎度おなじみの試合後に行われる、記者会見の時間がやってまいりました。
『ニワノ選手、今日の試合お疲れさまでした。そして、ウィンストン選手を破っての決勝進出おめでとうございます』
『ありがとうございます』
私の目の前にあるブツは、ミネラルウォーターのペットボトルであります。
メーカーは全豪オープンの時と同じく、フランスの飲料水メーカーですね。
そして、今回のミネラルウォーターは、ペットボトルの表面に結露が現れていることからみても、ちゃんと冷えているモノのが置いてあるのだと分かります。
きっと、また私に飲んで欲しくて、メーカーの担当者が冷えたのを用意してくれたのでしょう。
そこまで、御膳立てをしてくれたのであれば、私も期待に応えてあげなければ、プロフェッショナルとは名乗れまい。
ということで、いただきます。
ぐびり……
『さて、今日の試合を振り返ってみての感想をお願いします』
『そうですね、今日の試合は上手くハマった感じでしょうか?』
『上手く嵌ったですか?』
上手く嵌ったというのか、本当は私がウィンストンを上手くハメたが正解なんだけどね。
嵌ったと嵌めたでは、たとえ結果が同じであろうとも、そこに至るまでの過程は別モノなのですから。
でも、相手を嵌めただと、私が相手を陥れたとか受け取られてしまうので、私の印象が悪くなるから、謙遜して嵌ったにしておきましょう。
勝った時こそ負けた相手を称えて、謙虚になることが生きながらえるコツだと思いますしね。
そう、たとえ、そこに私の本心が1ミリグラムも入っていなかったとしても、ね?
大人になるということは、公共の場で嘘の塗り壁でコーティングした笑顔の仮面を張り付けれるかどうか? それで大人と子供の境界線が決まるとか、偉い学者さんも言っていたような気がしないでもない。
それに、猫とは被ることに意味があるのだから。にゃ~ん。
『ええ、データを見てもらえれば分かると思いますけど、ウィンストンのバック側を重点的に攻め続けたのが、良い結果に繋がったのだと思います』
『確かに80%を超える数字で、ウィンストンのバックにボールを集めていましたね。なるほど、それが上手く嵌ったということでしたか』
私の感覚では70%程度だと思っていたのですけど、80%を超えていたとは、この数字には自分でも驚いたよ。
『そうなりますね。ウィンストン選手のフォアは強烈で対処し難いので、まだバックのほうがマシかなと判断しました』
ウィンストンのバックはガバガバとか、正直に言ってしまったら、さすがにキムおばさんに失礼ですもんね。
口が悪いと自覚しているたまきちゃんでも、オブラートに包んで発言するとかの気配りぐらいはできるのですよ。
私も成長して大人になったものだよ。
『しかしそれでも、ウィンストンのバックを愚直に攻め続けられる、ニワノ選手の精神力は凄いですね』
よせやい、照れるじゃないですか。
『日本には、こういった格言があります。人の嫌がることを率先してやりましょう』
『うん? なにやら、悪事を勧める良くない格言に聞こえますが?』
『そうですね、この言葉を額面通りに受け取って行動すれば、性格の悪い人間の行動になるのでしょうけど、本当の意味は言葉とは真逆で、人がやりたがらない嫌なことを率先してやりましょう。という意味になるんですよね』
『なるほど。日本語というのが、ややこしいというのは分かりました』
まあ、日本語は世界のどの言語形態からも外れた、ちょっと特殊な言語みたいなので、日本人以外の人からすれば、ややこしい側面はあるのでしょうね。
だけど英語にだって、真逆の意味で使われている言葉が結構あるじゃないですか。
そう主に、ふぁっく&ふぁっく系の言葉とかさぁ。
あと、クレイジーも気軽な言葉に変化しちゃってますし。
『しかし今日の試合では、私は言葉を額面通りに受け取って人の嫌がることを率先してやり続けたから、ウィンストンに勝てたということですね』
『『『はっはっは』』』
『つまり、ニワノ選手のバック攻めを、ウィンストン選手は嫌がっていたということですね?』
『そうなりますね』
テニスとは、相手の弱点を嫌らしくネチネチと攻める競技ですからね。
だから、テニスで性格が悪いは、褒め言葉とも言えるわけでして。
といいますか、相手のウイークポイントを攻めるのは、相手と対戦する競技全般に言えることだと思います。
そうすれば、勝ち筋が見えやすいですから、相手の弱点を突くのは当然の行為ではあるんだよね。
つまり、対戦競技のアスリートは、みんな性格が悪かったんだよ!
『試合が終わった直後に、ウィンストン選手と言い合いをして険悪な雰囲気になっていましたけど、差し支えなければ、その事情を聞いてもよろしいでしょうか?』
お? これは先手必勝のチャンスですね。
キムおばさんが、あーだこーだと言い訳をする前に、私が既成事実を作ってしまいましょう。
というか、私は事実を述べるだけなんですけどね。
『あー、あれはですね…… 私がナイスゲームと挨拶をしたのにも関わらず、キム・ウィンストンは挨拶を返してくるどころか、私を侮辱してきたんですよね』
『具体的には?』
『私が若いのに、ねちっこく嫌らしいプレーをするから、性格が歪んでいる。とかでしたね』
『ねちっこくて嫌らしく性格が歪んでいる…… あー、うん、まあ……』
なんですかね? その間は?
もしかしなくても、記者さんも私のことをそう思っているとでもいうのでしょうか?
そうであったのならば、記者会見打ち切ってやんぞ!
いや、まあ、余程のことがない限り、打ち切ったりはしないけどさ。
マスコミとは敵に回すモノではなくて、味方につけて利用するモノだと思いますしね。
ほら、水心あれば魚心とか言うでしょ?
逆だったかも知れないけど、詳しくは知らん。
詳しく知りたければ、ググれ。
『もしかして、フロリダやシカゴでは、性格が歪んでいる。この言葉は、気軽に挨拶をする時に使う言葉か、褒め言葉なんでしょうか?』
ラップ調で、「ヘイ! ユーは性格が歪んでいてイカしてんな!」みたいな?
ラッパーなら、あり得そうで、怖いですね……
ちなみに、シカゴはキム・ウィンストンの出身地で、フロリダが現在住んでいる場所ということですね。
そう、テニス選手はフロリダに居を構えて活動している人が結構多いのですよ。
これは、ジュニア時代にフロリダのテニスアガデミーで練習していたから、大人になってからも慣れ親しんだフロリダに家を持つ選手が多いということなんだろうなぁ。
私のパパンでもある、サナダさんもフロリダ在住だしね。
『冗談を言い合える気心の知れた相手であったとしても、たぶんそれはないですね』
『そうなんですか? ラッパーなら、ヘイ! ユー! その歪んだ性格が最高にイカしてんぜ、ちぇけら! とか言いそうじゃありませんか?』
『『『あっはっはっは!』』』
うん、記者連中にウケてしまったよ。
どうやら、たまきちゃんには、ラップ歌手の素質もあったみたいでしたね。
まあ、ラップは私の好きなジャンルからは外れているので、ラッパーにはならないけどさ。
レンジでチンする時に必要な、ラップは好きなんだけどね。
長ったらしくなるのもアレなので、今回の記者会見は一話でお終い。