191話 同志うさみん
エミレーツのラウンジにお邪魔している庭野環希です。
「うわー、豪華なラウンジですねー。私には場違いな気がしますよ」
うん、うさみんのその気持ちは、私にも理解できるよ。
このラウンジは、一日たった一便のファーストクラスとビジネスクラスの乗客のためだけに、一日数時間だけオープンするという、ちょっと特別なラウンジなのですから、プレミアム感が半端ないと思いますので。
それに、日本にエミレーツのラウンジは、成田空港の此処一つだけしかありませんしね。
そう、残念なことに羽田や関空には、エミレーツのラウンジはないのですよ。
「私も成田のエミレーツラウンジは初めてだよ。麻生さんは?」
「私は何度かありますね」
「やっぱセレブは違いますね」
うさみん、そこは「くっ、ブルジョアめ!」と、そう言って欲しかったぞ。
これは、うさみんを同志ごっこの同志に洗脳教育するところから始めなければいけませんね。
普段のラウンジの営業時間は、本当だったら飛行機の出発の4時間ぐらい前である、18時か18時半からオープンする予定みたいなんですけど、今日は特別にイベントがあるから、私たちだけ早めにラウンジに入らせてもらっています。
イベントの出演者が私だから、ラウンジが控室代わりということですね。
つまり、今日の私はお客さんではなくて、関係者ということであります。
「うん? 環希さんは何をそんなにも、そわそわとしているのです?」
「な、なんでもないよ?」
「環希ちゃん、乞食するぞは禁止ですからね」
「さー、いえっさー」
くっ、麻生さんにはバレてーら。
「乞食? ああ、マイル修行僧がラウンジで食べる時に自虐的に使う言葉でしたっけ?」
「その乞食で正解ですね」
「うさみんって結構詳しいね。もしかして、うさみんもそっち系だったの?」
そうだとしたら、やはりうさみんは同志に相応しい素質の持ち主ということになります。
これは、是が非にでもオルグをして、うさみんを勧誘しなければいけません。
「以前、効率良くマイルを貯めるにはどうすればよいのか、ネットで調べたことがあるんですよ」
「あー、なるほどねぇ。それで、マイル修行僧のブログとかに行きついたというわけかぁ」
「そういうことですね」
ラウンジで乞食するぞなんて言葉は、マイル修行僧以外には言わないはずの言葉だもんね。
※※※※※※
エミレーツのラウンジは豪華で、食事も素晴らしくて大変に美味しかったのです。
特に結構なボリュームがあるステーキが最高に美味でしたね!
見た目と食べた感じでは、テンダーロイン。つまり、ヒレ肉のような気がしました。たぶん。
時間があれば、テンダーロインステーキのおかわりをしたかったよ。
それぐらい、最上級の美味しいステーキだと思いました。小並感。
しかし残念なことに、このラウンジには一つだけ足りないモノがあるのですよ。
「鶴さんのカレーが食べたい……」
そう、エミレーツラウンジでは、あの鶴さん謹製のカレーライスが食べられないのですよ!
日本で飛行機に搭乗する前には、鶴さんのカレーを食べたくなるという禁断症状が出ちゃうぐらいに、あの特製カレーには人を惹きつけてやまない、ナニかがあるのだと思われます。
「あー、それ、わかります。鶴さんのカレーって美味しいですもんねー」
「おおっ! うさみんも同志でしたか! サクララウンジのカレーって美味しいよね~」
やはり、私の目に狂いはありませんでしたね!
うさみんのことはこれから、タバリッシュ、ウサミジール・カチューシャと呼ばせてもらうことにしましょう。
──今はまだ心の中で、だけだけど。
「というか、この航空券で鶴さんのラウンジに入れるのでしょうか?」
「EK319便は鶴さんとの共同運航便だから、入れるんじゃないのかな?」
私と麻生さんはファーストクラスだし、うさみんと純ちゃんはビジネスクラスだけど、ビジネスクラスのチケットであれば提携先のラウンジなら、大抵は使用する条件をクリアしているはずであります。
それに、たとえ入店を断られたとしても、プライオリティパスを使えば、サクララウンジに入れちゃいますしね。
「イベントの後でしたら、サクララウンジに行っても構いませんよ」
「あ、入れるんだ。取り越し苦労でよかったわ」
そう、被雇用者であるうさみんと純ちゃんの二人には、雇用主である私が面倒をみる義務があるということで、福利厚生の意味も兼ねて、ビジネスクラスに搭乗してもらうことにしたというわけです。
まあ、純ちゃんとは正式な雇用契約を結んではいないけどさ。
ぶっちゃけ、私がファーストクラスで寛いでいるのに、うさみんを狭いエコノミークラスの座席に座らせでもしたら、ムズムズと私の尻の座りが悪くなるというか、落ち着かなくなるんですよね。
たぶん、私の根っこの部分は小市民のままなんだろうなぁ。
純ちゃんは私の下僕だから、本来であればエコノミーで十分なんだけど、一人だけ差別するのも可哀想だったので、仕方なく純ちゃんもビジネスクラスにしてあげました。
たまきちゃんってば、マジ天使じゃん?
ビジネスクラス二人分のチケット代で100万オーバーしちゃったけど、まあ必要経費ということで。
くっ、スリランカやフィリピン経由だったら、ビジネスクラスでも半額でドバイまで行けたのに……
関空経由であったとしても、二人で30万は安くなったのに……
まあ、同じチーム・タマキの一員で目的地も同じなのに、「お前たちはスリランカ経由な」とか、そんな無体なことは、さすがに言えませんので、泣く泣く100万払いましたよ。くっ……
私も鬼ではありませんので、ひ、必要経費ということで…… くっ……
ちなみに、サナダさんは相も変わらずふざけた値段のチケットを提示してきたので、麻生さんに電凸されて怒られていました。
それも、アメリカ東海岸時間で真夜中の3時に…… ガクブル。
私も夜中に叩き起こされるのはごめんですから、麻生さんを怒らせないように気を付けねば。
その麻生さんを怒らせた原因である、マイアミからドバイまでの直行便のビジネスクラスだと、日本円で130万ぐらいするんですよね。
お財布が私だからといって、なめとんかー!
だから、サナダさんのドバイまでの飛行機は、ターキッシュのイスタンブール経由の便に変更となりました。
それでも、45万円はしたけど。
まあ、ツアーで世界中を飛び回るテニス関係者というのは、試合の勝ち負けで日程がどうしても不規則になりがちだから、予約変更不可の安い往復チケットは買えないので、飛行機のチケット代がお高くなるのは仕方ないのですけどね。
もしかして、サナダさんはママや麻生さんに構ってもらいたくて、わざと値段の高いチケットを選んで提示しているのではないのかと、最近になって思うようになってきたよ。
サナダさんは子供か!
精神面では子供と大して変わらないような気がしないでもなかったわ。
それはそうと、そろそろ今日のメインイベントの時間でしたね。
「純ちゃん、ライブ配信の準備はおっけー?」
「準備万端、大丈夫でござるよ」
こういう場合には、純ちゃんがIT系に強くて助かりますね。
私が幼女の頃に、ヘタレな純ちゃんの尻を叩いて、多少強引にでも横浜国大を受験させた甲斐があったというものであります。
まあ、合格できたのは、本人が頑張ったおかげなんですけどね。
あと、べつにITに強くなくても生配信ぐらいだったら、普通の女の子でも結構簡単にできましたね。
ということは、純ちゃんがいなくても、べつに困らないということになるのか?
でも、麻生さんの負担を減らしてあげたかったので、純ちゃんはちょうど都合の良い人材ではあったのだから、無問題ということで。
まあなんにせよ、気持ちを切り替えていきましょう。
現実世界ではプライオリティパスで、サクララウンジには入れません。