177話 全豪オープン試合後の記者会見その1
今話は環希がかなり毒を吐いてますので、体育会系を自認する人や体育会系が好きな人は、不快な思いをするかも知れないので、ブラウザバックをお勧めします。
ちゃんと忠告したからね? 後からの苦情は受け付けていませんのであしからず。
クリスとの全豪オープン一回戦の大激戦が終わって、試合後の記者会見に臨んでいる庭野環希です。
『ニワノ選手、初めてのグランドスラムでの試合、お疲れさまでした』
『試合時間が5時間11分でしたっけ? 普段の三試合分以上のプレーをしたような感じがするから、本当に疲れましたよ~。さっさとホテルに帰って横になりたいのが本音です』
ポンポンも減ったしね。鳥の唐揚げが食べたい。むね肉じゃなくて、もも肉で!
ニンニク醤油風味でお願いします。
『横になって休みたいところだとは思いますけど、インタビューに応じていただき、ありがとうございます』
『まあ、記者会見は選手の義務ですから』
『最近は記者会見を拒否する選手もいるので、ニワノ選手にそう言ってもらえるのは記者としてありがたいです』
その選手が記者会見を拒否する件に関しては、記者の側にも問題があるよなぁ。
嫌がらせのように、同じ質問を何度も繰り返したり、選手のメンタルをグサグサと抉ってくるような質問ばかりしていたら、そら嫌われますわな。
記者というのは、優等生的な模範解答である上辺だけの建前を並べた言葉じゃなくて、選手の本音が聞きたいのだから、ついつい遠慮なく突っ込んだ質問を投げ掛けてくるのでしょうね。
そら、質問される側の人間からは、煙たがられますわな。
しかしそれが、記者という職業に就く人の職業病なのかも知れませんね。
まあ、私は記者会見を拒否するなんてことは、余程のことがない限りは拒否しないつもりではありますけど。
記者会見もファンサービスの一環だと思いますので。
あと、試合に負けた時のインタビューこそ、選手の人間性が問われると思いますしね。
つまり、たまきちゃんは模範的なプロテニス選手ということであります。
ちゃんと理解しましたか?
ここ、テストで出ますからね? あんだすたん?
『さて、今日の試合を振り返ってみての感想をお願いします』
『もの凄く充実したテニスで疲れはしましたけど、楽しかったです』
『楽しかったですか?』
テニスが楽しくないわけがないじゃないですかー。
『まあ、負けちゃったんで、悔しくもありますけど、試合内容が充実していて、やっぱ楽しかったですね。観戦しているお客さんも試合を楽しめたのではないでしょうか?』
『確かにエキサイティングな試合展開で面白かったですね。それと、楽しかったそれ以外の感想もあるでしょうか?』
『そうですね…… 日本の諺に、サルも木から落ちるというのがあるのですけど、その心境ですね』
天狗の鼻を折る。こっちのほうがもっと相応しいのかも知れないけど、海外の人には解り難そうだったので、お猿さんで例えてみました。うっきー!
『あー、なんとなく意味は解りました』
『私はプロに転向してから二大会連続で優勝していますし、ジュニア時代を含めてこれまで実質的には無敗だったので、かなり自惚れていたんですよ』
『つまり、調子に乗っていたところを、クリスに打ちのめされたと?』
『そうなりますね』
増長して鼻たーか高になっていたのを、クリスにボキリとへし折られましたとも。
ええ、ものの見事に。
『自惚れていたのが敗因でしょうか?』
『第1セットの早い段階で、これはヤバいと思ってクリスの実力を上方修正し直して気を引き締めたので、敗因はちょっと違いますね』
『それでは、なにが敗因なのでしょうか?』
『そうですね、クリスの方が技術と体力に経験、そしてなによりも勝ちたいと思う強い気持ちが、私よりも少し上回っていたのだと思います』
つまり、火事場の馬鹿力というヤツですね。
『勝ちたいと思う強い気持ちですか?』
『二人ともあそこまでヘトヘトになれば、最後にモノを言うのは、なにがなんでも自分が勝つんだという、強い精神力ですよ』
この最後の火事場の馬鹿力が必要とされる場面が出てくる可能性があるから、非論理的で理不尽な精神論も一概には否定できないのですよね。
まあ、それでも私は、どちらかというと古臭い精神論には、否定的な立場ではあるのですけれども。
どうしても精神論って、根性! この一言で、思考停止している気がするんですよね。
根性を発揮しないでも勝てる試合というのが最上だと思うのですよ。
だから、もっと違う角度からアプローチする方法も色々とあるだろうし、もっと頭を使って考えて行動したほうが、結果的には楽に勝てるようになると思いませんか?
あと、私が精神論を嫌うのは、大部分が理不尽極まりないクソみたいな体育会系のせいなんだろうなぁ。
私って体育会系のノリや先輩に絶対服従の精神とかって、生理的に受け付けないんですよね。
たかが一年や二年先に生まれただけなのに、社会人経験もない親に扶養されている同じ学生の立場で、なんであんなにも偉そうに振る舞えるのか疑問でなりません。
そのことに対して疑問すら抱けない人間は、エテ公並みの知能かと思えてくるぐらいですよ。
小学生までは、先輩後輩とかの上下関係ってほとんどないのに、中学に入学した途端に先輩後輩の世界ですからね。
もうね、バカかとアホかとしか思えてなりませんわ。
幸いにも私の周りでは、そんなバカな連中はいないので助かっているのですけど、ひなちゃんに聞いたところによると、山手女学院でも部活では多少はあるらしいのですよ。
お嬢様学校でもあるのだから、そりゃあ他ではもっとありますわな。
よく、体育会系の先輩は厳しいけど、面倒見が良いとか言いますけど、あれ半分以上というか大部分は嘘ですからね?
先輩が面倒見が良いのは、後輩が自分よりも劣っている場合のみ、ですから。
優秀な後輩が自分を追い抜こうとでもするならば、手のひらを返したように途端に冷淡になりますから。
そして、冷淡ならまだマシなほうで、指導と称して嫌がらせやシゴキとイジメをする輩も大勢いるのが、体育会系という人種なのです。
そう、後輩のほうが優秀な場合だと、自分のほうが優れているという優越感に浸れませんからね。
つまり、虚栄心が満たされないのですよ。
まさしく、出る杭は打たれるという、日本の伝統芸能といった感じでしょうか?
まあ、私から言わせれば、そんな悪しき伝統はクソ食らえなんですがね。
そして、個人的な嫉妬や僻み怒りの感情を後輩にぶつけることの、それのどこが指導なんでしょうかね?
きっと脳ミソまで筋肉が詰まっているから、知能指数が足りてないのかも知れません。
だから、補欠やベンチにも入れないような人間で、後輩に当たり散らさない優しい先輩というのは、よほど人格が優れているのでしょうね。
人格者というのは、とても貴重な人材ともいいます。
それと、社会人になっても体育会系のノリのままでいる方がもっとダメでしたね。
あー、でも、三つ子の魂百までとも言いますので、そのまま大人になってしまったのも多いんだろうなぁ。
それに、組織がそういった都合の良い人材を求めているという弊害があるから、助長されているのでしょうね。
まあ、戦前の軍国主義、軍国教育の名残りなんでしょう。
支配する側、管理監督する側にとっては、目上の者に対して絶対服従の精神を叩きこむのに、先輩後輩の上下関係は都合が良いですもんね。
でもこれって、完全に日本の悪しき伝統、因習なんだろうなぁ。
儒教と軍国主義のハイブリットだから手に負えないということなのか……
伝統で因習だから疑問に思う人が少なくて、たとえ疑問に思っていたとしても、空気を読んで周囲に合わせてサイレントマジョリティになるんだろうね。
部活動とかでも、生徒部員の熱心な保護者の一部には、体罰を容認している保護者もいるとか聞きますしね。
私にはちょっと意味が解らないですよ。
まあ、喧嘩とかで相手を殴る、そして自分も殴られるとかだったら、また別の話にはなってくるのですけど。
だから、体育会系の因習は少なくとも当分の間は、なくならないと思います。
そう、それを必要と思っている人がいる限りは、ね。
つまり、自己を高める精神論と、体育会系の絶対服従とかいう他人から強制されるような意味不明な精神論とは、まったくの別物であると分けて考えるべきということですね。
ちなみに、どちらかというと空気を読むの苦手なたまきちゃんは、空気を読むという言葉自体も本当は好きではありません。
本当に、本当に仕方なく、空気を読む努力を少しだけしているだけなのであります。
話がそれましたね。今は記者会見の途中でした。
『なるほど、クリスの方が勝ちたいと思う気持ちが強かったのですね』
『クリスに聞いてみないことには正確なところは分かりませんけど、私はそう感じましたね』
『そのクリスティーナ・ヨハンソン・ワイズマンと戦ってみて、どんな感じだったでしょうか?』
『クリスは強かったですね。さすがはグランドスラムを9度も制した実力なのだと、身をもって思い知らされました』
『具体的には?』
曖昧模糊で、なんとなく適当に誤魔化すのは得意なんですけど、具体的に説明するのって結構難しい注文ですね。
どうやら、私にはコーチとかの人に教える職業は向いてなさそうな気がしますね。
『そうですね…… テニスに必要なすべての要素が、クリスは高いレベルで纏まっているとでもいうのでしょうか? この説明だと、ちょっと解り難かったかな?』
『いえ、その説明でも大丈夫ですよ』
『私のライジングショットやバギーウィップに対して、クリスもライジングやバギーウィップで対応して返してきたんだけど、私にとって初めての経験だったのでちょっと驚きました』
ちょっとクリスは頭おかしいレベルだと思いました。小並感。
いや、割とマジで。
本当に世界は広いなぁと思い知らされましたよ。
つまり、私は井の中の蛙だったということですね。
しかし、次にクリスと対戦したら、半分以上の確率で勝てるような感じの手応えは掴んだけどね。
まあ、ハードコート限定ではありますが。
まだ対戦していない、クレーとグラスコートは微妙ですね。
クリスレベルの超一流の選手だったら、クレーならクレーコートの芝ならグラスコート専用の引き出しがあっても、なんらおかしくはないのですから。
ちなみに、胃の中の蛙だったら、フランス人になっちゃいます。
そう考えたら、腹が減ってきたな。
でも、さすがにカエルを食べたいとは思わないけど。
『白熱したラリーの応酬で、手に汗握るもの凄いストローク戦でしたね』
そう言ってもらえるのは、選手冥利に尽きますね。
まあ、負けちゃったんだけどさ。
『のど乾いたから、コレ飲んでもいい?』
私は、記者会見のテーブルの前方に置いてあった、ミネラルウォーターを手に取って、誰に訊ねるとなく訊いてみた。
フランスのカエルも愛飲しているはずの天然水になります。
まあ、ちゃんと濾過してあるんだけどさ。
『『『あっはっはっは!』』』
べつにウケを狙って言ったわけではないのに、なぜか記者連中にはウケてしまいましたよ。解せぬ。
『大会公式スポンサーの宣伝にもなるので、飲んだら喜ばれると思いますよ』
『じゃあ、遠慮なくいただきます』
ごくり……
『ぬるい……』
『『『はっはっはっはっは~』』』
「麻生さん、グラスと氷ってある?」
「今、用意させてます」
私はお助けマンの麻生さんに頼んでみたけど、打てば響くとは、このことを差していう言葉だと理解しましたよ。
さすがは有能な、THE・秘書といった感じの麻生さんだと思います。
ものの30秒足らずで持ってきてくれたので、ミネラルウォーターをグラスに移し替えてから、氷が水に馴染むようにと、カラカラと軽くグラスを回すことにしました。
この記者会見場の隣が飲食ブースで助かりましたね。
『それで続きですけど、クリスは復帰後やや低迷していましたけど、今日の試合で完全復活したと思います』
『完全復活ですか?』
『ええ、次のシュタイナーとの一戦に勝てれば、そのまま優勝まで突っ走っちゃうんじゃないかな?』
つまり、クリスは私が育てた!
記者会見が終わらなかった…
今日は勤労感謝の日ですね。試合の終わった環希と作者を労わりたまへ。
ご褒美は、ポイントでええで。