173話 全豪オープンR128タイブレークその1
一日前倒して更新します。
メルボルン 全豪オープン 一回戦
「坂巻に感謝しなくてはいけないな」
「なにをですか?」
「この場に来ることに対して、背中を押してくれたことだよ」
「こんなにも凄い試合を生で見るチャンスを逃すところでしたもんね」
「ああ、メルボルンに来なければ、間違いなく後悔していただろうなぁ」
「なんだかんだといって、わたしもこの場に居られるのは良かったですから、気にしないでください」
「そうか、強行軍の練習にもなるしな」
「でも、優梨愛ちゃんからビックリマークの連打で、非難めいたラインが届きましたよ……」
「あー、テレビに映っている場面を、里田に見られたということかぁ」
「そうなりますね」
「シンガポールにいないで、なんでメルボルンいるんだってか?」
「そんな感じです」
「そうは言ってもなぁ。メルボルン行きは、里田と別れてから坂巻が思い付いたことだから、不可抗力だよな?」
「優梨愛ちゃんに言い訳するのを、コーチも一緒にしてくださいよ」
「わ、私もか!?」
「一蓮托生と言ったのは、まどかコーチですからね!」
「試合中ですので、二人とも静かにしてください」
「ごめん……」
「すみません……」
※※※※※※
「36-35」
はぁはぁはぁ…… 息が苦しい……
もう脚が動かないよ…… これはもう完全にガス欠だな……
サーティシックス、サーティファイブって一体なんの冗談だよ。
36-35だなんて、完全にテニスのポイントじゃないな。まったくリアリティを無視した数字だよ!
熱血スポコン漫画でも、もう少し現実味のあるマシな数字を書くだろうに。
まったくもって、笑えない冗談だよ。
身体から熱が逃げてくれなくて、全身が火照って熱中症寸前のような気もするし、この無敗のたまきちゃんがここまで大苦戦をするとは、屈辱の極みだわ。
私がフォア、バック、ボディと打ち分けても、クリスはちゃんと対処してくるのだから、イヤになっちゃうよなぁ。
ストロークの途中で、スライスやドロップショットにムーンボールを混ぜても、それらも半分以上は返球されちゃったし……
ライジングにはライジングで、バギーウィップにはバギーウィップで返されるだなんて、初めての経験だったよ。
あと、クリスのほうが戦術の組み立て方が、私よりも確実に一枚上手ですね。
私がオープンコートを作ろうにもクリスに対処されて、逆にクリスの戦術に嵌ってしまい、私がスペースを開けさせられるだなんてね。
こんなにも強制的に、コートを右に左へと走らされる経験は初めてのことです。
まあ、だからこそ、ここまで苦戦しているとも言えるわけなんだけれども……
そして、なによりも、クリスの球質が重い。
フォアハンドも片手だと、気を抜いたら力負けしそうになるぐらいには重く感じますね。
バックハンドの片手なんて、クリス相手には絶対に無理な注文ですわ。
ボールが明後日の方向にしか、飛んで行かない自信がありますよ。
シングルバックハンドで、クロスのリターンやダウンザラインを決めれたら格好良いのでしょうけど、私の場合だとシングルバックハンドは、球が遅くて球質も軽い弱い相手にしかできませんってば。
そう、弱い相手だったら私でも一応は、シングルバックハンドを打てたりもするのですよ。
まあ、練習代わりの舐めたプレーともいいますけど。
さすがに、男性のサナダさんほどではないにしろ、クリスの球質の重さは男性のそれに近い感じがするし、いままで私が対戦してきた選手の中では、ダントツで一番重く感じる球質です。
サナダさんをヒッティングパートナーにして練習を積み重ねていなければ、もっと早い段階で私の敗北が決まっていたでしょうね。
そうか、世界の超一流が相手だと私でも苦戦するということが、ママには初めから分かっていたということですね。
さすがは、世界を知っているダブルスの女王であった、庭野まどかといったところでしょうか? 慧眼の至りだと思います。
だから、サナダさんを雇うことを決めた、ママと麻生さんに感謝しなくっちゃね!
もちろん、ヒッティングパートナーを務めてくれている、サナダさんにも感謝していますよ?
なるほど…… これが、スウェーデンの妖精。グランドスラムを何度も勝てる、クリスティーナ・ヨハンソンの実力ということですか。
だけど、妖精という割りには、もう既にクリスは三十路に差し掛かっているから、げふんげふん。
まあ、クリスが完全には対処しきれてないのと、私も同じようにクリスからのボールに対して、なんとか対処できているから、負けていないと言えるのかも知れないけど、お互いにあと一手決め手に欠けているのが現状なのだ。
だからこそ、この長いタイブレークでの泥試合になっているのでしょう。
この私がフラフラになるまで追い詰められるとは、ちょっと試合開始前の見通しが甘かったですね。
私には熱血スポコン漫画みたいなノリは似合わないはずなのに、それに近い真似をさせられる破目になるとは……
まさか、この私がシコラープレイを強要されることになるとはね。
シコラープレイは私の対戦相手に強要するものであって、断じて私が強要されるモノではなかったはずなのに、このザマだよ、ちくしょーめ!
シコシコする真ん中の相棒も失って久しいのに、まったくもって不本意極まりないことだわ。
真ん中の相棒は関係なかったか…… ふぁっきん!
さすがは、元世界ランキング1位で、グランドスラムで9度の優勝を誇る、クリスティーナ・ヨハンソンといったところでしょうか?
ジュニアでは楽勝で世界を獲れたし、ドバイ100kとオークランド250で優勝したことによって、私自身かなり自惚れていたけど、冷や水を浴びさせられた気分とは、まったくもってこのことだよ。
つまり、超一流が相手となると、プロの世界も甘くなかったということでした。
認めよう。クリスティーナ・ヨハンソン・ワイズマンは強い。
そう、たぶん今の私よりも。
ふふ、これだからテニスは面白い。
いや、面白いのは当たり前なんだから、さらにもっと面白くなったが正解かな?
クリスはスウェーデン人だから、きっとシュールストレミングがクリスの強さの秘密なんだと思います。
飯が不味い国出身の人間はスポーツと戦争に強いという、都市伝説もあるぐらいですしね。
というか、さっきからずっと気になっていたんだけど、なんで麻生さんの隣の席にママと萌香ちゃんがいるの?
なんで、二人がメルボルンにいるんだ?
萌香ちゃんは、シンガポールで25kの大会に出場しているはずだよね?
まさかとは思うけど、私の試合が見たいがために、シンガポールの試合を棄権してきたとでもいうのでしょうか?
まあ、考えても埒が明かないから、二人のことは試合後にでも問いただすことにして、今は試合に集中しましょう。
でも、一人だけ仲間はずれにされた優梨愛ちゃんが、プリプリと日本で怒っていそうな気もしますね。
それよりも、さっきからずっと足がプルプルと震えているし、こりゃ痙攣寸前だな。
いや? プルプルと震えていたら足が攣ってないだけで、もう既に痙攣しているのと同じなのか?
これはもう、疲労困憊で頭も上手く回ってない感じがしますね。
私の可愛くて綺麗な両足さん、どうか最後まで攣らずに持ってくれよ。
あとでちゃんとスキンケアしてあげるから、頼むよ相棒。
でも、相棒というよりも、足が棒なんだよね……
足が攣ってしまったら、さすがにプレー続行は不可能で、リタイアする破目になるのだから。
だけど、ここまで来たら決着が付くまで、最後までプレーしたいと思うのが、アスリートとしての心情というモノでしょう。
普段、横着でナマケモノのたまきちゃんでも、少しは頑張ろうという気になることも、稀にはあるのですよ。
さて、次は私のサービスですね。エースが取れたらいいのですが……
「フォルト!」
私の打ち込んだサーブは、惜しくもサイドラインを越えてしまった。
くそっ! 抑えが効かなくなってる!
疲労からコントロールが悪くなって、フォルトが増えてきちゃったよ。
フォルトなんて普段は滅多にしないのに、今日は本当に無様だな。
それにしても、もう何度、相手のマッチポイントを防いだのか? もう何度、私のマッチポイントを相手に防がれたのか? それが分からないほど、数多くのポイントを積み重ねてきたよ。
なんか、サーティシックスとか聞こえてきたけど、もうね、いつまで試合やってんの? さっさと終わらせろよ? バカなの? アホなの? 死ぬの? そういった気分になったとしても、私は悪くありません。
これじゃあ、10ポイントタイブレークの意味がないよ!
まあ、タイブレークは2ポイント差が付くまで、決着が付かないルールなのだから、今の現状みたいに、延々と続く場合も理論上はあるのだけどさぁ。
しかし、それはあくまでも理論上であって、私が経験する破目になるとは思わなんだわ。
この試合ってもしかしたら、タイブレークの最長記録なんじゃね?
今話、1ポイントとフォルト1球のみ…
前話の感想が多かったけど、もしかしてみんな試合描写に飢えていたということなのかな?
というか、試合はしているけど、試合描写? だったわw