171話 しょぼーん(´・ω・`)
「たまきちゃんの全豪オープンのドローは、コーチが予想していたとおりのドローになりましたね」
「初戦の相手が元世界ランク1位のクリスだから、トップグループのシード選手ではなかったとはいえ、まあ想定の範囲内ではあったわね」
「グランドスラム9勝している、クリスティーナ・ヨハンソンが相手だと、たまきちゃんでもさすがに厳しそうですね」
年間グランドスラム制覇の偉業はないけど、通算でのキャリアグランドスラムは二度記録しているし、苦手としているサーフェイスもなく、オールラウンドプレイヤーなのがクリスというテニス選手になります。
あと、クリスはウィンブルドンだけ3回優勝していますね。
「まあ、最近のクリスは出産と育児から復帰したばかりだし、本調子ではないとは思うけどな」
「そういえば、ヨハンソンはノーシードでしたね」
現在のヨハンソンのランキングは、確か55位ぐらいでしたか?
出産前でも、クリスティーナ・ヨハンソンが最後にグランドスラムで優勝したのは、もう4年以上は前の出来事でしたね。
つまり、クリスの全盛期はもう過ぎたとみてもいいのかも知れません。
まあ、それでも伊達では、グランドスラムを9回も優勝はできなかったのでしたね。
グランドスラムに一度だけ優勝するとかならば、運が良ければ可能かも知れないけど、それでも一定以上の強さは絶対に必要ですしね。
つまり、悔しいけど今のわたしの実力では、絶対に不可能ということです。
「それと、クリスは結婚して、ワイズマンになっていたはずだぞ?」
「クリスティーナ・ヨハンソン・ワイズマンでしたか」
もしかして旦那さんの名前は、バーナードなのかな?
うん、きっとそうだ。そうだと言ってよ、バーニィィ!
それで、息子の名前は、アルフレッドで決まりでしょう。
うん、きっとそうだ。そうだと言ってよ、バーニィィィ!!
まあ、わたしは中年の渋い髭の隊長のほうが好みなんですけどね。
「仮に環希がクリスに勝てたとしても、その次は間違いなくハイジが相手になるはずだわ」
「ハイジ?」
アルプスの少女でしょうかね?
「アーデルハイトの愛称がハイジよ。ほら、エリザベスをリズとか呼ぶでしょ?」
「そういえば、リズって呼びますね」
「ハイジもあれらの愛称と同じよ。まあ、愛称をそのまま名前に付ける人も多いけどね」
でも、ハイジのジって、どこから取ったのか謎ですよね?
気になります……
もしかしたら、ドイツ語では、Dがジィになるのでしょうか?
でも、ドイツ語だと、末尾のDはドがトになりGのグがクになるとかの発音だったよね?
そう考えると、やっぱハイジのジは謎ですね……
「第1シードで現在のランキング1位のアーデルハイト・シュタイナーですか? かなり厳しそうですね」
「環希とクリス、どちらが勝ち上がったとしても、二回戦のR64はシュタイナーとの対戦になるのだから、主催者にとっては喜ばしいドローの組み合わせになったわね」
「初戦のクリス戦はともかく、二回戦は偶然でしょうか?」
「いや、たぶん必然だろうね」
「ですよねー。一粒で二度おいしいみたいな感じがしますよ」
さすがに、偶然にしては出来すぎなドローでしたか。
「興行というのは、観客を喜ばせるのが仕事だからな」
「二回戦としては確かに盛り上がるでしょうね」
「ファーストウイークに観客を呼び込むには良いドローだと思うわ」
それにしても、たまきちゃんの話題になってから、まどかコーチの貧乏ゆすりが徐々に激しくなっていきてるのですが……
初戦の相手がクリスで、たとえクリスに勝てたとしても次がシュタイナーなのだから、なんだかんだといって、やっぱ娘が心配なんだろうなぁ。
「やっぱり、たまきちゃんのことが気になります?」
「そ、そわそわなんて別にしてないわよ」
いや、まどかコーチがソワソワしているだなんて、わたしは一言も口に出して喋ってはないのですけど?
これは、重症ですね。
「そんなに気になるなら、メルボルンに行ってきたらどうです?」
「でも、私は萌香ちゃんのコーチだから……」
気になるは、否定しないんですね。
普段のまどかコーチは、わたしのことを坂巻って呼ぶのに、萌香ちゃん呼びとは……
これは、相当に重症ですね。
「ビジネスでもLCCなら、メルボルンまで往復で3千ドル程度でチケットありますよね?」
駆け出しのプロで、ドサ廻り中のわたしにとっては、3千ドルという金額は大金ですけど、まどかコーチにとっての3千ドルは、はした金でしょうしね。
「当日だともっと高くないか?」
当日だから、LCCでもその金額なんですよ。
前もって予約していれば、往復で5~6万は安くなるでしょうしね。
「といいますか、このままだと、わたしも落ち着きませんので、メルボルンまでのチケットをさっさと取っちゃってください」
「む? それは済まない」
なんだかんだといって、庭野まどかも人の子だったというか、娘を心配する普通の母親だったということですね。
少し安心しました。
「たまきちゃんのグランドスラムでの初プレーを見逃すと、たぶん後悔しますよ」
「後悔か…… 後悔はしたくないなぁ」
後悔したくないと呟いたまどかコーチは、スマホで航空券比較サイトのページを開いて、航空券を探し始めました。
「あーもうっ、深夜便は日付が変わって紛らわしい! それでも、夕方以降に出発する便は、SQが二便にカンタス、ジェットスター、スクートが一便づつあるのか」
「多いですね。だから、さっさとメルボルンに行って、ちゃっちゃと戻ってきてください」
「なんだったら、坂巻も一緒に行くか? 飛行機のチケット代は私が出すし、移動の疲労も考えて当然ビジネスクラスで」
それは、ちょっと心惹かれるモノがありますね。
わたしも、たまきちゃんの試合を見たくないと言えば嘘になりますから。
でも……
「わたしは翌日に試合ですから、遠慮しておきますよ」
「移動して即試合という、強行日程の予行演習だと思ったらいいのよ」
それって、普通は今週と来週の大会開催地が北米なら北米、欧州ならば欧州と同じ地域内同士での開催で、飛行機で1~2時間の距離とかでの話ですよね?
シンガポールからメルボルンまでは、7時間ぐらい掛かるんじゃなかったっけ?
それに、片道だけではなくて往復での強行軍になりますし、かなりキツいだろうなぁ。
「わたしの試合は火曜日の一番最後ですし、たまきちゃんの試合が終わってから、シンガポールにトンボ返りしても間に合いますよ」
今日は日曜日になります。たまきちゃんの初戦は月曜日の夕方からの試合になるので、試合が終わってから深夜の飛行機に乗れば、翌日の早朝にはシンガポールに戻って来られるという寸法です。
「タイムスケジュール的には、大丈夫なんだろうけど」
「仮にまどかコーチが、わたしの試合に間に合わなかったとしても、一回戦ぐらいはコーチが不在でも勝ってみせますので、わたしの方は心配しないでも大丈夫ですよ」
「それは頼もしいな。だけど、坂巻は一つ見落としているぞ?」
「なにをですか?」
なにか見落としていたかな?
「環希がクリスに勝った場合は、水曜日か木曜日にシュタイナー戦があるから、それも見たくなるだろう?」
「……それは、テレビ観戦で我慢してください」
それを言ってしまえば、たまきちゃんが勝ち進んだ場合には、最大で二週間に渡ってメルボルンに居続ける破目になるじゃないですかー。
まどかコーチは、わたしのコーチなんですよ?
「しょぼーん」
いい歳した、おばさんの(´・ω・`)しょぼーん顔なんて、可愛くなんかありま──
──ちょっとだけ、可愛かったのは内緒です。
でも、クリスが相手なのだから、たまきちゃんが初戦で負ける可能性もあるか。
「こうなれば、坂巻も一蓮托生だ。一緒にメルボルンに行くわよ!」
「ちょ、わたしはいいですってば」
「ツアーを廻っていれば、そのうち経験することになるのだから、余裕のある今のうちに練習しておくのよ」
「お、横暴ですよ~」
まどかコーチの言っていることは間違ってはないのですけど、半分以上は八つ当たりしていますよね?
でも、タダでメルボルン往復ができて、グランドスラムでたまきちゃんの試合が見られるのであれば、強行軍の価値は十分にあるというのが、なんともはや……
でも、たまきちゃんとクリスとの試合を生で見たら、「萌香さんだけズルい! あたしも生で観戦したかった!」とか、優梨愛ちゃんに嫉妬されそうですね。
ポケ戦は名作!