152話 スタートライン
今回ドバイに行くにあたって搭乗する機体は、エミレーツの777-300ERです。
A380を期待していたのですけど、ドバイ線でA380が就航しているのは成田なんですよね。
なんか羽田には、A380の飛行できる時間帯に制限があるみたいなのです。
A380だと離陸時に機体後方で発生する乱気流が大きすぎるとかなんとかでしたっけ?
その昔、前方を飛ぶジャンボジェット機の後方乱気流に巻き込まれて、ニューヨーク近郊で墜落したとかあったような記憶がありますしね。メーデー脳。
でも、夜遅くに到着して深夜に離陸する便には関係なさそうな気がするので、単純に需要の問題なのかも知れないけど。
幸いにも、今回のフライトではファーストクラスの座席を奪い合う天敵の二人はいませんので、私はすんなりとファーストクラスに座ることができるのであります。
あの二人には、これから二年か三年はエコノミークラスで移動する呪いを掛けておいたのである。
くっくっく……
優梨愛ちゃんも萌香ちゃんも、ジュニア時代の移動の方が良かったと嘆くがよい!
つまり今回は、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんは日本でお留守番ということになります。まあ、学校にも行かなければなりませんので、シーズンオフは二人にとってもちょうどいい骨休みになったのではないでしょうか?
優梨愛ちゃんはテニスのシーズンオフ中に、纏めて勉強しないと授業に置いてきぼりになっちゃいそうですしね。萌香ちゃんは高校三年生だから、もうあまり授業自体はなさそうな気もしますが。
それと、ドバイの大会の主催者も、日本人の選手三人に纏めてワイルドカードを出すのは、公平性の観点から見てもさすがに憚られたのでしょう。
日本人が三人もワイルドカードで出場すれば、他の国の選手から不公平だとか言われかねませんしね。
それで、プロサーキットのドバイ100k大会ではなくて、同時期にフロリダのプランテーションでジュニアのGA大会も開催されてはいるのですけど、私は今年のジュニア大会の出場枠を既に使い切ってしまっているのですよ。
それに、私の場合はジュニアでは敵なしなんだから、たとえ出場枠があってGA大会といえども、いまさらジュニアの試合に出場するのも如何なものかと? そんな思いがありまして、今回のドバイ遠征となったわけなのでした。
まあ、ワイルドカードを出してくれたから、ついでに早めにプロに転向しちゃえとかの勢いもあったのですけどね。
ちなみに、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの二人は、九月の全米オープンジュニアが終わった時点で、ジュニアを卒業してプロに転向しております。
だから、世界スーパージュニアに出場しないで、牧之原と浜松の25k大会に出場していたというわけですな。
萌香ちゃんがジュニア選手のままだったら、全日本選手権で優勝した賞金も500万円じゃなくて、交通費や日当とかの30万円程度しか貰えなかっただろうしね。
まあ、仮にジュニア選手のままだったとしても、コメックスが補填としてボーナスを支給してはくれたかも知れないけど。
それで、プロのテニス選手というのは、日本人選手の場合は九割以上の選手が、どこかの企業に所属したりしているのですよ。
日華食品だったり、エステティシャンのJBCだったり、アパレルメーカーだったり、etc…
なぜか、コメックスやスリッグソン等のテニス用品メーカーに所属している選手が、ほぼ皆無なのは謎なのですがね。テニス用品メーカーの場合は、用具使用契約が大半のはずであります。
これはアレかな? プロの選手を所属させちゃうと、公平性に疑義が生じるとかなのかな? だから、所属選手以外の他の選手にラケットを使ってもらい難くなるとかでしょうかね?
詳しくは知らん。
プロの選手は、企業と所属契約を結んで、遠征費宿泊費+αの手当てを貰う代わりに、その契約した企業のテニスイベントとかに参加する義務が生じるということです。
あと、活躍すれば、契約した企業の広告に使われるとかでしょうか?
トッププロにでもなれば、数千万~億単位の契約料を貰えるのですけど、ぽっと出の新人プロである優梨愛ちゃんと萌香ちゃんの二人の場合は、おそらく数百万円程度の契約料なんだろうね。
それで、優梨愛ちゃんの所属、つまり、メインスポンサーに付いたのは、藤木薬品というドラッグストアでした。
優梨愛ちゃんのお父さんが藤木薬品に勤めるサラリーマンだったから、その縁でスポンサーになったのでしょうね。
おもっくそ縁故ですがな。
萌香ちゃんのメインスポンサーに付いたのは、湘南銀行です。
これまた、萌香ちゃんのお父さんが湘南銀行に勤める銀行員だったので、その縁で萌香ちゃんをサポートしようと思ったのでしょう。
おもっくそ縁故ですがな。
まあ、そういう私は今のところ、所属するスポンサーすらないフリーの立場なんですがね。
でも、フリーの立場が一概にも悪いとは言えないのですよ。所属するスポンサーのイベントの出演とかに最低でも年間で5,6日の日数は取られますもんね。
シーズン途中で日本に帰国した時に数日、シーズンオフに数日とか拘束されるのが嫌だから、あえてフリーの立場を選んでいる選手も少数だけどいたりもするのですよ。
まあこれは、日本人の場合では、テニスの選手よりもゴルフの選手に多い特徴のような気もしますが。
お金よりも、自分のペースを優先する選手ということなのかな?
私の場合は…… 金額次第としておきましょう。
それで、テニスでいえば、外国の選手はフリーの場合が多い気がしますね。
外国人のテニス選手の場合は、中堅クラスの選手であったとしても、一切スポンサーが付かない選手とかも大勢いたりもするのですよね。
この点に関していえば、日本人選手は恵まれていると思います。日本人選手だったら、ランキング400位台の選手とかでもスポンサーが付いてくれるもんね。まあ、金額は安いのでしょうけど。
でもこれは、日本と海外の企業とのプロの選手をスポンサードする方針の違いなのかも知れません。
海外の企業はトッププロに一点集中投資みたいな感じになりやすいのです。
つまり、スポンサーになって欲しければ、己の実力を証明してみせろということですな。
もしかしたら、プロ選手を企業に所属させるという概念が日本的なのかな?
詳しくは知らん。
でも、そう考えると、日本人のランキング下位の選手は、プロというよりも、社会人の実業団スポーツの延長のように思えてきたぞ。
なるほど、日本的と思ったのがストンと腑に落ちたような気がしますね。
※※※※※※
羽田を飛び立ってから、およそ12時間。アラブ首長国連邦のドバイへとやってきました。
到着ロビーに出ると、【Tamaki Niwano's party】とか書いた紙を持った人が待ち受けていました。
準備がいいですね。
麻生さんが一言二言、会話を交わしてから振り向きました。
「ホテルまでの迎えの車が来ていますので、行きますよ」
「はーい」
まあ、おそらくはそうなんだろうなぁとは思っていましたけど。
でも、エミレーツの送迎サービスもあるのに、わざわざ迎えにくるだなんて。
「うわっ! リムジン……」
「環希ちゃんはワイルドカード、本当の意味での招待選手ですから、主催者側からしたら接待の意味もあるのでしょう」
差し向けてきた車も、ベンツのリムジンという大盤振る舞い。
WTAのプレミア以上の大会でもない、たかだかITFの100k大会なのに、このホスピタリティ。
さすがは、アラブのお金持ちが主催する大会だと思いました。小並感。
「でも、まだプロサーキットでは実績を上げてないペイペイなのに、普通ここまで接待する?」
「環希ちゃんのジュニアでの実績が段違いでしたので、来年以降ドバイのプレミアに来てもらうためのサービスも含まれているのでしょうね」
なるほどね。来年以降を見据えてということでしたか。
※※※※※※
「ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニ…… お金持ちの国だけあって、さすがに高級車が多いね~。でも、なんで路肩に止めてあるんだろ?」
「あの路肩に止まっている車は、故障して乗り捨てられている車だと思いますよ」
「高級スポーツカーを乗り捨て?」
「スポーツカーは繊細ですから、砂漠の国では相性が悪いでしょうし故障もしやすいのでしょうね」
あー、故障の原因は砂でしたか……
「でも、故障したからといって、放置したままとかもったいない」
「アラブのお金持ちは、日本のお金持ちと比べてゼロの桁が二つ三つ違いますから、高級車も気軽に捨てられるのですよ」
庭野家なんて、アラブのお金持ちから見れば、小金持ち程度ということでしたか。
それで、ドバイ国際空港からリムジンを走らせること30分あまり。バブトゥールグランドリゾートに到着しました。
上空から見たら、海に丸い団扇椰子みたいな模様で描いてある人工島が在る場所ですね。
ここから、私のプロとしての第一歩が始まるのです。
これからの戦いでは、当然だけど負けることもあるでしょう。また、怪我をすることもあるのかも知れません。
だけど、それらの障害を乗り越えた先に、グランドスラムでの頂点というモノがあるのだと思います。
そう、私はまだプロのスタートラインに立ったばかりなのだから、最初の一歩を踏み出してすらいないのです。
だから、これからも頑張らないとね!
あれ? なんだかデジャヴ感を覚えたのだけど、気のせいだよね?
とある魔球のダウンザライン! 番外編なのか第二部なのか fin
環希がプロのスタートラインに立ったということで、もう一度〆させてもらいます。
次話があるとすれば、感想にあったように、番外編が第二部や中編とかになって、次からが第三部や後編やプロ偏とかになるのかな?
でも、確実に次話があるとは言ってないw